以下は、日本機関紙出版センター『宣伝研究』第517号、2008年6月号、22ページに掲載されたものです。
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全大阪生活と健康を守る会連合会編『この国に生まれてよかったか』(日本機関紙出版センター、2008年)を読み終える。
副題は「生活保護利用者438人 命の叫び」である。
多くのページが、次の7つの項目によるアンケートへの回答からなっている。
①保護基準の削減、老齢加算の廃止、母子加算の削減、大阪府・大阪市の夏期・歳末一時金が廃止され、何を節約しているか。
②生活保護を利用するようになった理由。
③生活保護を利用していることでの悩みや日常的につらいこと。
④改善されようとしている保護基準の引下げや医療費の有料化についてどう思うか。
⑤大阪市が水道料減免と市営交通割引制度から生活保護世帯を適用除外したことへの意見。
⑥ケースワーカーや民生委員についての意見。
⑦福祉事務所へ行って感じること。
①④⑤の質問にあらわれているように、実際の生活保護基準は急速に引き下げられており、それによって「守られる」生活の最低基準は、ますます低いものとなっている。
満足に3食をとることもできず、医療費や公共交通機関の利用さえギリギリにまで切り詰められている。
生活保護法は、憲法25条がいう「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障するためのものであるにもかかわらず。
また被保護者の増加を余儀なくさせる「構造改革」を、政治が進めておきながら。
日本の政府は、被保護者が人口の1.2%に達したことを問題視する。
だが、02年の同様の数値は、スウェーデン4.85%、フランス5.49%、ドイツ8.8%、アメリカ1.78%となっている。
しかも、ドイツなど720万人の扶助受給者のうち高齢者は、わずか20万人。
高齢者比率が圧倒的に高い日本とは、まったく違った構成となっている。
いわゆる働ける年代であっても、何らかの事情があれば保護の対象となるのは当然とされ、高齢者についてはそもそもの生活保障がしっかりしているからである。
国や自治体が社会保障削減の口実にあげるのはいつでも「財政赤字」となっている。
だが、それは国民の浪費によってではなく、不要不急の大型公共事業など、政府の浪費によって生まれたもの。
反省すべきは、多くのまじめに生きる生活困窮者ではなく、政治の姿勢の側である。
この国の政治の貧しさと残酷さが、ここでも実証されている。
生活保護申請の実際上の手助けや、被保護者の実生活によりそい、保護水準の拡充を求める取り組みなど、生活と健康を守る会が果たす大きな役割もよく見える。
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