前進する東アジアの共同とアメリカによるアジア政策の転換
神戸女学院大学・石川康宏
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1・東アジアをめぐる急速な状況の変化
急速な経済の成長とASEANを中心とした共同体建設への合意を土台に,東アジア地域は日中・日韓間の不協和音をふくみながらも,全体としては「東アジア人」の手になる東アジアづくりに向けた国際協調を発展させている1)。その勢いの強まりに応じてアメリカは政策の練り直しを余儀なくされ,とりわけ中国とのあいだには,「建設的パートナーシップ」を具体化する新しい外交交渉を急ぐようになった。このアメリカの新政策は,軍事面での従属的一体化にとどまらない,アメリカの望む東アジアづくりに向けた「目下の同盟者」としての交渉力を日本に求めるものとなっている。その結果,ブッシュ・小泉両氏の「友情」を越えて,アメリカは中韓との外交関係の早急な回復を日本に求めるようになっている2)。
他方,国内では日本経団連・経済同友会が小泉首相に靖国神社への参拝自粛を求めてきた。くわえて経済同友会は,近現代史教育の充実や若い世代に過去の戦争を「正視させる努力」など,歴史問題の見直しにさらに踏み込んだ発言を行なうようになっている。財界にそれを語らせる大きな力となっているのは,何より東アジアの経済成長であり,日本と東アジア各国との経済交流の深まりであり,疑う余地のないその長期的拡大の展望である。
この財界とアメリカの双方からの要請は,すでに自民党の総裁選にも大きな影響を与えている。次期総裁の有力候補と目される安倍晋三氏は,参拝自粛を求める財界の声に「日本の伝統を金で売るのか」と気色ばんだが,いまでは「政治家としては参拝するかしないかを口にしないことが大切」と発言をトーンダウンさせている。その一方で,東アジアとの関係修復をかかげる福田康夫氏は,訪米に際してアメリカ政府から異例の歓迎を受け,また財界内部に支持が厚いという観測がある3)。誰が総裁となるにせよ,中韓との関係修復に直結する靖国問題の解決が,今後の外交の重大課題に据えられることはまちがいない。
こうした問題の評価に深くかかわるものとして,私は本誌2005年9月号に「自立と平等の『東アジア共同体』に向けた日本の役割」を書いた4)。だが,その後の1年に状況は急速な変化をとげている。昨年末の東アジア・サミットに反対したアーミテージ元国務長官は,「米国を日本から引き離すことで,日米同盟を弱体化させようとの意図すら見受けられる」と,日中の接近に対する強い警戒心と中国への敵意を露にしていた。しかし,その後アメリカの政策には大きな転換があった。その転換は日本国内においては,財界を中心とする「東アジア共同体」形成への動きに,新たなはずみを与えるものとなっている。わずか1年前に行なわれた「東アジア共同体」の形成に「賛成か,反対か」の議論は,すでに大きな争点ではなくなってしまった。以下,前稿以後の日本と東アジアの関係をめぐる状況の変化を概括し,あらためて東アジアにおける日本の進路を考える材料としたい。
1) 東アジア共同体形成の中心に立つASEANは,2006年5月15日の非公式経済相 会議で,経済共同体(AEC)実全の目標年限を2020年から2015年に前倒しした。
2) たとえばクリントン政権で国防次官補代理をつとめたカート・キャンベル(米戦略国際問題研究所上級副所長)は,「小泉首相の靖国参拝問題について『今起こっていることは日本のためにならない、ということで専門家の意見は一致している』」「『ASEAN(東南アジア諸国連合)の多くの国が私に「何で米国は日本を非難しないのか」と言う。克服すべき問題だ』」(「朝日新聞」2006年5月24日), 「靖国参拝によって『アジアでの日本の勢いが失速している。米国は日本に問題を解決するよう働きかけるべきだ、という考えに同調する』」(「毎日新聞」6月28日)と繰り返してきた。その後,6月の日米首脳会談について問われたブッシュ「大統領は、小泉首相の靖国神社参拝などを巡り日本と中国、韓国の関係が冷却化している点について、『小泉首相には、「(中韓との)関係を改善できるよう望む」と伝えた。われわれの友邦が他の友邦や関係国と良好な関係を持つことは、わが国にとっての国益でもある』などと、『ポスト小泉』をにらみ日本が周辺国との関係改善に努力するよう踏み込んで発言した」(「読売新聞」7月11日)。
3) 「訪米中の福田康夫・元官房長官は〔5月〕11日、チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官と個別に会談した」「米政府は10日のライス国務長官に続き、ホワイトハウスと国防総省の首脳が会談に応じる異例の厚遇ぶりで、『ポスト小泉』の有力候補と目される福田氏への関心の高さをうかがわせた」(「読売新聞」2006年5月12日)。
4) 拙稿「自立と平等の『東アジア共同体』に向けた日本の役割」(『前衛』2005年9月号)。この論文は,東アジア共同体の形成に対するアメリカの否定的評価と,日本財界による肯定的評価やこれと関連した政財界周辺部からの「アメリカ離れ」の発言に一つの焦点をあてるものとなっていた。今日では,両者のズレは大幅に縮小している。なお,この前稿と本稿の中間に位置するものとして拙稿「成長する東アジアと日本の進路」(関西唯物論研究会編『唯物論と現代』37号,2006年6月)がある。あわせてご参照願えれば幸いである。
2・アメリカによる対中政策の転換と深まる日本の孤立
すでにふれたアーミテージ氏の発言だが,前稿には次の箇所を引いておいた。「米国は太平洋地域の経済,安全保障,政治に深い利害関係を持つ大国である」「日本がこの動きに同調することの実益はほとんどない」「米国を日本から引き離すことで,日米同盟を弱体化させようとの意図すら見受けられる」「(東アジア共同体は)米国がアジアで歓迎されていないと主張するのとほとんど変わりがない」「中国は積極姿勢を見せている。米国を除いた協議に加わることには,非常に意欲的だ」。ここにはアメリカの覇権が損なわれることへの怒り,日中接近に対する警戒心,そして中国への強い敵意が示されている1)。
だが,その後,アメリカの中国政策は大きく変わった。本誌2006年7月号の森原論文によれば,2002年のいわゆるブッシュドクトリンは,中国を「あなどりがたい資源基盤をもつ軍事的競争者」となる「可能性」をもつ国と特徴づけており,実際にも,ブッシュ政権は台湾海峡問題にかかわり軍事的挑発といえる動きをとっていた。だが,今日のアメリカは,そうした「軍事的競争」への対応だけではなく,中国にその「成功を可能にした国際システムを前進させるため米国やその他の国とともに努力」することを求め,「中国を一世紀にもわたる経済的窮乏から抜け出すのを手助けした国際ルールの強化,そのルールのシステムを支持する経済的・政治的な基準の採用,国際的な安定と安全保障への米国や他の大国との共同の貢献」を求めるものとなっている。つまりアメリカによる対中戦略は「中国が自国民のために正しい戦略を選択することを促す一方で,他の可能性に対する防衛策をとっておくこと」という二枚腰の政策となっている(2006年3月の「06年国家安全保障戦略文書」)。2006年2月の「4年ごとの国防計画見直し」も,同じように「米国の目標は,中国が経済的パートナーであり続け,責任ある利害共有者となり,世界のためになる勢力になるようにすることである」と述べている2)3)。
こうした対中政策の転換に応じて,アメリカは日本に対する要求の内容を変えてくる。それはアメリカの望む秩序の形成のための,アジアに「影響力」「リーダーシップ」をもつ日本という要請であり,短期的には靖国問題の解決である。これを97年から01年まで駐日米大使特別補佐官をつとめたケント・カルダー氏(ジョンズ・ホプキンス大学ライシャワー東アジア研究所)は,次のように表現している。
①「米軍のトランスフォーメーション(再編成)についていえば,日本の全体的な姿勢は評価します」。「しかし,それだけでは十分ではない。もっと広く,アジアに対して日本の影響力を及ぼしていくために,日本がどう行動するのかを明確にしなければ」。②「すべてが靖国参拝のせいではない。しかし,靖国問題は,中国や韓国との関係を悪化させ,道義性を損なうことでアジア地域全体に対する日本のイニシアティブを低下させています」。③「何より,米国から見て,アジアにおける日本のリーダーシップは重要であり,それが道義性の喪失によって損なわれるようなことになれば,日米両国,日米同盟にとってもマイナスになる,と思います。米国も困ります」。④「日中関係はさまざまな点で,中国と世界の関係に影響し,それがまた日中関係にはね返ってくる。ですから,日本は転換期にある国を刺激する行動は避け,日中関係をより広い枠組みでとらえるべきでしょう」「日本はサンフランシスコ条約以来,伝統的に日米関係を2国間でしか考えてこなかった。これからは日米関係をより広い枠組み,より深い文脈の中で考える時代になった,と思います」4)。
在日米軍基地の再編・強化といった軍事面での貢献にくわえ,日本は何よりアメリカの東アジア政策の実現に向けて,積極的にはたらくことができねばならない。そうした角度からカルダー氏は,日本の「道義性を損なう」靖国問題の解決を迫っている。
他方,異なる動機によってではあるが,靖国問題の解決をつうじた日中・日韓の関係回復を切望するのは東アジア諸国も同様である。彼らはアメリカ主導ではない自主的な東アジア共同体の前進を望んで,日中韓3国の関係回復に向けた努力を強く求めている。2006年5月25~26日に東京で行なわれた第12回国際交流会議「アジアの未来」から,それらの声を紹介しておく。
①「率直に言って,状況は悪化している。地域の経済は同じ方向に向かっているが,政治は別の方向に進んでいる。日中のみならず日韓関係も緊張の度を高めている。国々が別方向に動き始めるとすべての国に影響が及ぶ。こうした不健康な状態に終止符を打たねばならない。地域協力が,二国間対立の人質に取られてはならないのだ」(マレーシア/アブドラ首相)。②「日本の指導者が,本当に反省や過去の清算をしていないと中韓が感じるかぎり,問題が表面化して不必要ないらだちや摩擦を生むと思う」「中韓は日本と協力したい気持ちをもっている。日本の投資や技術,市場を必要としている。しかし,いらだちの種が何度も表面化すればそうした動きは鈍化するだろう」(シンガポール/リー・クアンユー顧問相)。③「欧州は長い間戦争を続けてきたが,敵対していた仏独の先導でEUを築いた。日中韓が過去の敵がい心を抑制し未来を考えられれば,北東アジアと東南アジアで優れたグループをつくることができる。それはアジア全体の平和につながる」(マレーシア/マハティール前首相)。④「東南アジア諸国連合(ASEAN)が懸念するのは,日中の間で首脳会談が開かれていない点だ。日中が問題を抱えるなら,東アジアの経済協力の主導権はASEANが持つ」(フィリピン/ドミンゴ・シアゾン駐日大使)。
ここで問題の一方の当事者とされる中韓の出席者からの発言は次のとおりである。①「共同体実現への道のりは遠い」「最大の問題は政治的,経済的比重が高い中国,日本,韓国の3カ国の努力が他のどの地域よりも足りない点だ」「理念と長期的なビジョンが不十分なため,協力より競争が優先され,歴史問題など葛藤も浮き彫りになった。日本の一部政治家の靖国神社参拝や領土・主権を無視する言動が日本の謝罪・反省の真実味を損ねている。靖国神社参拝や隣国の領土・主権を無視するような言動はやめるべきだ」(韓国/丁世均産業資源相)。②「中国と日本が和解しないかぎり,東アジアに大きなビジョンは描けない。韓中日三カ国には政治的葛藤を解決しようとする理想主義的な政治家が必要だ。三カ国が団結して構想を進めるならば,目標を容易に達成することができるだろう。時間はかかるだろうが,それは待つに値する歴史的な作業だ」(韓国/韓昇※元外交通商相)。〔※サンズイに朱〕③「歴史の具体的な検証は必ずしも一致しないものだが,過去を終わらせるには日中間で基礎的な認識の一致が必要だ。私はこれ以上中日関係が悪くなるのを見たくない。中日国交正常化の原点にもどり,何が真に日本の国益になるかを判断してほしい」(中国/王毅大使)。
しかし,こうした批判やよびかけに誠実に応じる発言は,肝心の日本の出席者からは一つもなかった。①「今後の課題は環境保全と,防衛面での透明性の確保だ。特に中国は軍事力を増強しており,関心を集めている」(日本/中曽根康弘元首相)。②「ドーハで中韓の外相と会談した。(中韓両国との)関係改善の流れができつつあるという感じがする。日中,日韓の関係を構築することは大事だ」「アジア人は基本的に生まれつき楽観的だと思う。」(日本/麻生太郎外相)。③「日中関係を靖国神社参拝問題だけで論じてはならない。今,必要なのは将来の日中関係に関する大きな合意だ。歴史の直視が必要なのは中国,韓国も同様だ。靖国問題はその合意の中で,日本国首相が自己の問題として考えるべきだ」(日本/田中均前外務審議官)。
自ら靖国に公式参拝を行なった中曽根元首相や,現職の外務大臣である麻生氏さえもがこれらの問題に一言もふれようとしない。そのこと一つをとっても,東アジアの過去と未来に対する日本政府の不誠実さは明らかである。さらに田中氏に至っては中韓から何らかの政治的な譲歩をひき出す駆け引きの材料であるかのように靖国問題を扱っている5)。
靖国問題の解決を日本に求めるアメリカと東アジアの間に,意図の相違があるのはもちろんであり,それは,今後の東アジアに期待される新しい秩序のあり方につながる6)。しかし,例えそうであったとしても,アメリカの新たな対中・対日政策が,靖国問題での日本政府の国際的孤立を,いよいよ誰にも受け入れられないレベルに深めたことは明瞭である。
1) リチャード・アーミテージ「東アジア共同体への参加は国益になるのか」(『WEDGE』2005年5月号)5~6ページ。「朝日新聞」2005年5月1日。
2) 森原公敏「ブッシュ政権の世界戦略 その継続と変化」(『前衛』2006年7月号)55ページ。なお中国政策転換の背景には世界戦略全体の修正があるが,その要点は,①「テロリスト」との闘いという「新たな全体主義イデオロギー」との「長期間の闘争」には,アメリカの軍事力だけでは勝利できないとする世界情勢への認識,②そこから生まれる同盟国・パートナー国との協力関係強化の一層の重視,③さらに大国や重要な国々の戦略的岐路における決定に影響力を及ぼしていく戦略の3点にまとめられる(52ページ)。
3) この政策転換には,次の要因が重要な役割を果たしているものと思う。①泥沼化するイラク戦争に象徴される,軍事的対応一辺倒での外交政策の行き詰まり,②米中経済関係のますますの深まり,③一層の農村部重視への中国の経済政策の変化に対する期待の三つである。アメリカの輸入相手国については図1のように,第一位カナダ,第二位中国,第三位メキシコと,NAFTA(北米自由貿易協定)下にあるカナダ・メキシコ両国の間に中国が食い込むまでになっている。アメリカの消費生活は,中国からの輸入に深く依存しているのである。その市民生活におけるリアルな実態については,矢部武『中国を取るアメリカ 見捨てられる日本』(光文社,2006年)を参照のこと。また表1のように中国市場におけるアメリカ企業の直接投資収益率は,2003年で世界平均の2倍以上となっている。このように貿易においても投資においても,すでに米中経済は深く結び合うものとなっている。他方で,2005年10月の中国共産党第16期5中全会に提案された「第11次5カ年計画」は「これまでの工業・都市優先から,工業が農業を支援し,都市が農村を支援する形に転換し,工業・農業,都市・農村の共同発展を図り,現在の都市・農村の経済格差拡大傾向に歯止めを掛けようとするものである。また,〔5ケ年計画の〕要綱は消費の役割をより発揮した内需拡大を掲げているが,これを実現するためには農村における消費を振興する必要があり,このためにも農民の所得向上は不可欠となっている」(田中修「中国第11次5ケ年計画の経緯とポイント(下)」『世界週報』2006年4月18日,32ページ)。当時のスノー財務長官がこれをただちに絶賛したように,アメリカは中国政府によるこの農村部重視の政策を,アメリカ企業にとって重要な巨大市場の育成をはかるものとして重視している。なお,たとえそうした思惑がアメリカ側にあったとしても,わずか60年ほど前まで半植民地状態にあった中国とアメリカとのこうした政治的・経済的な関係の変化は,戦後の世界構造の急速な変化を象徴的に示す事例といえる。
4) ケント・E・カルダー「『米国一辺倒』だけでは米国も困ってしまう」(『週刊東洋経済』2006年7月1日)116~9ページ。
5) 「日本の未来」での各発言の引用は,いずれも「日本経済新聞」2006年6月23日第二部「国際交流会議・アジアの未来特集」によっている。
6) 前稿では〈アメリカ主導の下でのアジア太平洋〉なのか,東アジアの手になる〈自立した東アジア〉なのかという角度から,特に1990年代以降の両路線の対立を論じておいた。また森原公敏「東アジア・地域的共同の発展と米国の関与」(『前衛』2006年8月号)は,90年代以降のこの地域に対するアメリカの軍事的な関与の政策を詳しく跡づけるものとなっている。
3・状況の打開に向けた財界等による模索の動き
日本財界の動きについて,前稿は,特に「脱ドル支配」を意図する東アジア各国との通貨・金融協力の実態に焦点をあて,それがアメリカの東アジア・サミットや日中接近に反対する姿勢と対立するところから「〈アメリカいいなり〉の大前提と,東アジアにおける経済的利害の板挟みにある財界の苦悩と混迷」を指摘するものとなった。しかし,アジアにおける「リーダーシップ」を日本に求めるアメリカの新政策は,こうした財界の苦悩を少なくとも一時的には緩和させ,両者の方向を同じくするものとなっている1)。
前稿以後の財界の動きで,第一に注目されるのは,靖国問題はじめ「歴史問題」の解決に向けた経済同友会からのさらに踏み込んだ発言である。「東アジア共同体実現に向けての提言」(2006年3月29日)と「今後の日中関係への提言」(2006年5月9日)があげられるが,後者は日本政府に対する次のような要望を含んでいる2)。
①「過去に対する謙虚な反省の上に立って、中国政府・国民にその気持ちが正しく伝わる行動を続けなければならない」「相手側にとって、疑心暗鬼に繋がるような言動は慎むべきである。歴史への反省をもとにした戦後の平和国家への転換とその実績について、中国等アジア諸国に少しでも疑義を抱かせる言動を取ることは、他でもない戦後の日本の否定に繋がりかねず、日本の国益にとっても決してプラスにはならないことを自戒すべきである」。②「近現代史の教育を充実させ、若者に過去の戦争という事実を正視させる努力が必要である」。③「首脳レベルでの交流を早急に実現する上で大きな障害となっているのは、総理の靖国神社参拝問題である。この問題については、わが国が国際社会の中で占めている重要な地位と担っている責任に鑑み、自らの問題として主体的かつ積極的に解決すべきことであると考える」「『不戦の誓い』をする場として、政教分離の問題を含めて、靖国神社が適切か否か、日本国民の間にもコンセンサスは得られていないものと思われる。総理の靖国参拝の再考が求められると共に、総理の想いを国民と共に分かち合うべく、戦争による犠牲者すべてを慰霊し、不戦の誓いを行う追悼碑を国として建立することを要請したい」。
こうした立論の上で「提言1:相互理解の促進」は次のようにいう。①「民間人を含む戦争の犠牲者を慰霊し、不戦の誓いを行う追悼碑を、国として建立し、日本国民ひいては世界の人々が訪れることのできる施設とすること」。②「日本の中学・高校での近現代史教育の充実を図る。中学・高校では古代史から明治維新までの日本の歴史に相当の時間が割かれ、近現代史教育が十分ではないことから、近現代史の教育に充てる時間配分の再検討を提案する」。③「日韓の間で行われた歴史の共同研究と同様、日中両国の歴史学者ら有識者による歴史問題・教科書問題の共同研究会を発足させることを提案する。その際、客観性を担保するため、二国間だけの研究に限らず第三国の有識者を加えた形についても検討すべきと考える。また、その成果を両国の中学・高校における近現代史教育に反映していくよう提案する」。
個々の提案の評価にはより突っ込んだ検討が必要だが,それでもこれらの提言全体が,状況の打開に向けた前向きな模索の現れであることはまちがいない。ただし,ここで注目しておきたいのは,これが基本的にアメリカの新政策に照応するものとなっていることである。たとえばゼーリック国務副長官は提言に先立ち,日米中3ケ国の歴史学者等による対話と共同研究を繰り返し提案していた3)。提言が経済同友会によるアメリカ追随という意味合いをどの程度の深さで持つかについては,今後の展開に待ちたいと思う。
第二は,政財界周辺部から発せられる,一定の「アメリカ離れ」の発言である。前稿では「これまで日本は米国一辺倒であったが……米国以外に,特にアジアの中で,パートナー〔中国〕が必要になっている」と語った経済同友会の「日本の『ソフトパワー』で『共進化(相互進化)』の実現を」(2005年2月)を紹介し,その方向に重なる知識人の発言として,元大蔵省財務官の榊原英資氏と「東アジア共同体評議会」での山下英次氏の発言を引いておいた。榊原氏は「アメリカの緩やかな没落」を指摘し「中国と敵対をしていては,アジアのブロックから日本ははじき出される」,そうならないための「親中路線」が必要だと述べていた。また山下氏も「『日米同盟』一本槍の外交姿勢をどうしても改めなければならない」「わが国の『アメリカ離れ』がどうしても必要」と述べていた。
これについては,同様の角度からの榊原氏の発言を追加しておきたい4)。①「東アジアで市場主導の経済統合が進むなか,日本外交のあるべき姿は明白である。靖国神社問題,教科書問題などを超えて,中国・韓国との関係の改善に全力を注ぐべきなのである。しかも,選択は中国か米国かではない。中国も米国もである」(10ページ)。②「今や,中国は日本の最大の経済パートナーであり,その比重は将来増加しこそすれ,減少することはない」「こうした経済関係の急速な緊密化に比して,日中の政治関係は冷えきったままである」「その大きな原因の一つが小泉純一郎内閣総理大臣の靖国神社参拝であることはよく知られているところである。この問題の解決の道筋ははっきりしている。小泉首相が参拝をやめることである」(200~201ページ)。③「一つはっきりいえることは,対中関係を緊密化し,米国との距離を若干とることが戦略的に有効であるのだろうという点である。もちろん,日米安保条約は維持したらいいし,日米関係を今後とも良好に維持していくことは大切なことである」「最大の必要条件は日中政治関係の改善である。米国か中国かという選択ではもちろんない。米国も中国もという選択である。真の主権国家の戦略的外交とは米国に対しては中国カードが,中国に対しては米国カードが使えることではないだろうか」(209~10ページ)。
前稿に紹介した「今こそ親中路線をとれ」といったドラスティックな転換の表現こそ登場しないが,それでも「米国との距離」やアメリカに対して「中国カード」を活用することによる「真の主権国家」の外交が語られつづけている。
第三は,中曽根康弘氏が会長をつとめる「東アジア共同体評議会」の見解である。当初予定からは遅れたが,評議会は2005年7月に政策報告書「東アジア共同体構想の現状,背景と日本の国家戦略」を採択した。これは前稿では,検討することのできなかった文書である。その内容を報告書の執筆者自身が一般向けにリライトした『東アジア共同体と日本の針路』は,アメリカの東アジア共同体に対する態度の変化を次のようにまとめている5)。
①「1990年の東アジア経済協議体(EAEC)構想や,1997年のアジア通貨基金(AMF)構想への反対が見られたように,アメリカは東アジア独自の枠組み作りに対して,懸念を表明してきた経緯がある。今回の東アジア共同体の形成に向けた機運の高まりについても,アメリカではいくつかの懸念が表明されている」。②「同時にアメリカ国内では,東アジア共同体がアメリカの利益とも合致するという見方も生まれている。2005年2月の『日米安全保障協議委員会(2+2)』共同声明においては,『地域メカニズムの開放性,包含性及び透明性の重要さを強調しつつ,様々な形態の地域協力の発展を歓迎する』ことが確認され,アメリカ側でも東アジア協力に関する一定の理解が浸透しつつある」。③「日本の目指す東アジア共同体構想は,アメリカの東アジアへの関与,及び日米関係をさらに発展させるものとして構想されなければならない。東アジアが開かれた枠組みとして繁栄し平和であり続けることは,アメリカのこの地域における貿易・投資関係を促進するものである」「米アジア関係(トランス・パシィフィック関係)が安定した東アジア地域の形成と両立する秩序構想が求められている」(294~5ページ)。
会長が中曽根氏で,議長の伊藤憲一氏が「新しい歴史教科書をつくる会」の賛同者であるから,さすがに靖国問題への直接の言及は見られないが,それでも中国の平和的台頭を支援することは「中長期的な日本の国益にも資する」として,同書は国内の中国脅威論をあえて退けている。また内容の全体はすでにアメリカの新政策に合致し,東アジアにおけるアメリカの経済的利益に配慮するものとなっている。
1) ただしアメリカは日本に対して,アメリカ抜きの東アジア秩序づくりを許可したわけではない。シーファー駐日大使は,2005年12月の東アジア・サミットを容認するにあたり「誰も米国をアジアから排除しようとしない限り,たとえ米国を含まなくても,どんなフォーラムや何かにも特別な問題があると思わない」(「日本経済新聞」2005年11月30日)と述べていた。問題はここにいう「排除」の具体的な内容である。2006年4月,シーファー大使はすでに日本政府内の「東アジアFTA」構想に次のようなクレームをつけている。「シーファー米駐日大使は19日、都内で講演し、経済産業省が提案している東アジア全域で包括的な自由貿易協定(FTA)を結ぶ構想について、『米国をアジアから締め出そうとする意図を感じる』と述べ、米国排除への警戒感を示した」「同構想は2国間が中心だった東アジアのFTAづくりの動きを、日本や中国、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)、インドなどが参加して域内での動きに広げるもの。シーファー大使は『米国はアジアの一員で利害もある。(構想から)締め出されるのを心配している』と述べた」(「日本経済新聞」2006年4月19日)。他方で,国際交流会議「アジアの未来」では,マレーシアのアブドラ首相が東アジアFTAの推進を急務と訴えている。アメリカと東アジアとの新秩序づくりに向けた思惑の相違は明らかであり,それはアメリカ重視と東アジア重視を打算的に折衷した日本外交の立脚の困難をあらわすものともなっている。
2) 経済同友会「東アジア共同体実現に向けての提言─東アジア諸国との信頼醸成をめざして」http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2005/060329a.html,
「今後の日中関係への提言─日中両国政府へのメッセージ」http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2006/pdf/060509.pdf。
3) 「ゼーリック米国務副長官は23日、在日米大使館で一部記者団と会見、小泉純一郎首相の靖国神社参拝などをめぐり日本と中国が歴史認識で対立している状況の打開に向け、日本と中国、米国の3カ国が歴史学者らによる対話を始めるよう提案した」「副長官は昨年9月にも、3カ国の歴史学者による第2次世界大戦中の歴史共同研究を開始するよう提案している。副長官は、3カ国による対話の有用性を再度強調した上で、日中両国が『歴史を正直かつ公正に見詰め直すとともに、過去だけでなく未来にも目を向けるよう求めたい』と語った」(共同通信,2006年1月24日)。
4) 榊原英資『人民元改革と中国経済の近未来』(角川ONEテーマ21,2005年)。
5) 伊藤憲一・田中明彦監修『東アジア共同体と日本の針路』(NHK出版,2005年)。引用部分の執筆は神保謙氏(日本国際問題研究所研究員,日本国際フォーラム研究主幹)。
4・通貨・金融協力の着実な前進
最後に,東アジアにおける通貨・金融協力の問題である。前稿では,97年のアジア通貨危機に際して日本政府が提起したAMF構想の頓挫,「新宮沢構想」の実現,2000年の「ASEAN+3」蔵相会議による「通貨スワップ(交換)協定」などをあげ,またドルを介しない円と元の交換を定めた2002年の日中通貨スワップ協定については,協定当事者による「アジア通貨を育てていく意思表示」という言葉もあわせて紹介しておいた。いずれもドル離れを通じて,アメリカのドル特権への侵害を深めるものと重視してのことである。
国際交流会議「アジアの未来」でも,通貨問題については活発な議論が行なわれている。①「アジア通貨危機の際,国際通貨基金(IMF)はヘッジファンドの粗暴な振る舞いを許し,アジア諸国の救済に失敗した。ヘッジファンドが通貨の安定を損ないIMFがそれを容認するかぎりは,当時日本などが提唱した『アジア通貨基金(AMF)』は非常に有効な解決策だ」「アジア独自の共通通貨単位が米ドルやユーロに対して安定するかどうかはわからないが,アイデアを追求して最善のものを生み出していくべきだ」(マレーシア/マハティール前首相)。②「域内の貿易をなぜドル建てで行なう必要があるのか。アジア通貨建て債券を活用すれば,貿易や投資を促進できる。さらに(計算上の共通通貨である)アジア通貨単位(ACU)を導入すれば,域内貿易決済の際の為替レートも安定する」(タイ/タノン・ビダヤ財務省)。③「アジア開発銀行(ADB)は昨年4月,地域経済統合室を発足させ,貿易投資,通貨金融両面での域内統合プロセスをサポートしている。特にACUの役割について検討しており,今後も為替政策の協調に役立つような研究に取り組みたい」「東アジア諸国では経済的な結びつきが強くなっており,域内の各国通貨間の為替相場が大きく変動することは望ましくない」(日本/河合正弘アジア開発銀行地域経済統合室長)。④「アジア諸国の金融制度は脆弱で,国際的な短期資金の移動に対する準備ができていなかった。こうした反省から,5月の東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス日中韓の財務相会議では,緊急時に流動性資金を融通し合うスワップ協定の多角化,地域通貨単位や通貨バスケットに基づく債券の共同研究で重要な合意があった」(日本/行天豊雄国際通貨研究所理事長兼モデレーター)1)。
共同研究に加わるアジア開発銀行の河合氏は,後日アジア通貨単位(ACU)に関するインタビューに次のようにこたえている。①〈導入への具体的な手順〉「第一段階は,為替市場を監視する指標。第二段階は,ACU建て債など市場での活用だ。第三段階では域内の為替調整にACUを使う」「第三段階はACUを中心にアジア通貨が一体になって,ドルとユーロに対して変動する仕組み」。②〈実現までの期間〉「第一段階はやろうと思えばすぐにできる。第二段階は各国の市場の制度・規制などを整える必要があるが,十年はかからずに数年でできるだろう。第三段階は時間がかかる」。③〈第三段階までの合意〉「アジアで協調的な為替制度をつくる合意はまだない。各国の金融政策が制約されるコストと,為替相場安定の利点のどちらが大きいか各国が考えることだ」2)。ここには「脱ドル支配」に向けた東アジア各国による共同の着実な前進が見られるといって良い3)。
再び靖国問題にもどっておけば,首相の公式参拝を当然視する勢力からの強い巻き返しの動きもあり,状況は一直線の改善が期待できるものではない。とはいえこの問題の解決を求める国際世論はすでに決定的に出来上がっており,残るのは国内世論の転換だけとなっている。したがって,それはこの夏以降も重要な政治的争点となりつづけることになる。財界の「東アジア自由経済圏」構想やアメリカが期待するアメリカを「排除」しない東アジアの新秩序,ASEANを中心とする「東アジア共同体」構想等の異同が,具体的・本格的に論じられるようになるのは,その次の段階でのこととなっていくのだろう。
1)図2のように東アジアにおける通貨スワップ協定の総額は,2006年5月時点で750億ドルに増大し(2005年4月には395億ドル),またアメリカへの「配慮」であるIMFへのリンクを離れて,自由に融資できる金額の枠も当初の10%から20%に拡大している。
2) 「日本経済新聞」2006年7月4日。ACUとはアジア各国の通貨価値を加重平均した指数(通貨バスケット)のことで,一種の共通通貨になりうるものである。実際,99年1月にヨーロッパで単一通貨ユーロが導入される前に存在したECU(欧州通貨単位)は,基本的にこれと同じものである。
3) アジア通貨の形成とドル特権との関わりについては,増田正人氏による次の指摘を視野に入れておかねばならない。①「(デリバティブなど)新たな金融商品は,先進的な金融工学を必要とするために,先進国,とくにアメリカの金融機関の競争力が強く,そのほとんどがドル建ての金融市場として形成されている」。②「そのため,ドルは市場取引を通じて,国際金融取引の中心に位置している。外国為替取引においても,貿易面ではユーロや円など,通貨の多様化現象が見られるが,重要な銀行間市場では,依然としてドルが為替媒介通貨として用いられている。現在までのところ,ユーロの登場によっても,ドルの地位は大きく変化していない」(増田正人「グローバリゼーションとパックス・アメリカーナの再編」235ページ,萩原伸次郎・中本悟編『現代アメリカ経済』日本評論社,2005年所収)。
〔日本共産党『前衛』2006年9月号,№809,2006年9月1日発行,92~104ページ〕
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