以下は,労働者教育協会『学習の友』第645号(2007年5月1日)68~71ページに掲載されたものです。
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労働者の要求に「家族の幸せ」を
〔仕事と家族は関係ないか?〕
二〇〇六年一〇月の「全国学習交流集会 in 神奈川」で、私は分科会「格差社会とジェンダー」の報告を担当しました。この文章はそこでの話の一部を、もう少し詳しく述べてほしいという『友』編集部の求めによるものです。当日の講演全文は『労働者教育』第一二五号(06年12月号)にありますが、ここで焦点をあてたいのは、労働運動がもっと男女平等に本気でとりくまねばならないと述べた後の次のような文章です。
「政治や経済は雄弁に語るが、家庭を『わたくしごと』としてしか語らない誤った気風の払拭も重要です。ドイツのかつての時短のスローガンに『夕方のパパはボクのもの』というのがありました。家庭があるのだから、早く家にかえせということです。この発想が大切だと思います。『家族が大切だからもっと給料を』『家庭が大事だからもっと休みを』『結婚したいから正規雇用に』『子どもがほしいからもっと給料を』。こういう要求を『わたくしごと』と低く位置づけず、正当な要求として語ることが大切です」(同43頁)。
この文章に訂正が一つあるのですが、「夕方のパパ」ではなく「土曜のパパ」が正解でした。これは一九五五年にドイツ労働組合同盟がかかげたスローガンです。さて、ここで私が述べているのは、とても簡単なことがらです。私たち労働者の要求に、現役労働者である「私の幸せ」「私の豊かさ」だけではなく、「家族の幸せ」「家族の豊かさ」をしっかり込めていこうということです。しかし、このようにいえば、経営者の側からは「われわれはあなたの労働の対価として賃金を支払っているのであり、家族の生活までみてやる義理はない」という反論がありそうです。またはたらく仲間の中にも「仕事と家族は関係ない」「家族のことまでいうのはいいすぎでは」と考える方もあるかも知れません。問題はそこの論点にかかわります。
〔労働者家族の豊かさは社会の未来に欠かせない〕
少しそもそもの話にもさかのぼりながら、私なりの考えを述べてみます。
ポイントの一つ目は、いつの時代にも、子どもたちは、社会の未来を支える大切な宝物だということです。大人たちが子育てをおろそかにすれば、未来の社会には知恵や元気がなくなります。それは、その社会の存続にもかかわる重大問題です。実際の子育てのやり方には歴史や地域に応じた変化がありますが、現代でいえば子育てのゆとりを十分もつことのできる家庭をつくることは、社会そのものにとってたいへんに重要な課題となっています。
ポイントの二つ目は、現代の日本社会では、子どもを育てる家族のもっとも大きなグループは、はたらく労働者たちの家族であるということです。いまの日本では労働力人口の八〇%が労働者ですが、社会の多数派であるその労働者の子どもたちが、しっかり育っていけるかどうかは、社会の未来を左右する大問題です。
では、労働者家族の豊かさは、何によって支えられているでしょう。それは、大人の労働者が手にする賃金と、税金で互いの生活をささえあう社会保障の制度です。そして、加えていえばゆとりある労働時間の実現です。それが一定の水準に達していなければ、労働者家族は子育てに思うようなエネルギーを注ぐことができません。
つまり賃金と社会保障が高まり、また労働時間の短縮が進むことは、労働者の生活にとってだけではなく、社会全体にとっても必要なことであるわけです。
〔金もうけ第一主義を抑える労働者のたたかいが大切〕
ポイントの三つ目は、それにもかかわらず、この社会の支配者である財界は、自分からすすんでそうした条件づくりを行おうとはしないということです。金もうけ競争のなかにおかれた財界人は、いつでも安い賃金で労働者をできるだけたくさん働かせようとします。社会保障の費用も負担したくありません。そして実際、その力が強くはたらきすぎて、現代の日本には世界に例を見ない急速な少子化という問題が起こっています。世界でも有名な低賃金、長時間労働、低福祉のために、労働者たちには「生活がたいへんだから」「お金が足りないから」「時間がないから」と、結婚や子育てをあきらめねばならない状況さえ生まれています。ここには金もうけ第一という資本主義社会の大きな欠陥が現れているといって良いでしょう。
ポイントの四つ目は、だから労働者家族のためにも、日本社会の未来のためにも、子どもたちを安心して育てることのできる社会改革が必要だということです。ヨーロッパにはすでに少子化にストップをかけた国がいくつもありますが、その決め手となったのは労働条件の改善と社会保障の充実です。それは金もうけ第一主義を、社会の力で押さえこんでいくとりくみです。日本の労働運動にも「家族みんなが生活できる賃金を」「子どもが育てられる賃金を」「結婚できる賃金を」「家族と楽しくすごすための労働時間の短縮を」「近くに安心できる保育所を」「保育料を安くして」…こういう要求を前面にかかげるとりくみが必要です。
最初に紹介した文章と結んでいえば、家族は自由な生活の時間を楽しむ「わたくしごと」の場であるだけではありません。そこで育まれた教養や力は、大人のものであれ子どものものであれ、社会を支える土台のひとつとなるものです。家族の豊かさを本気で追求することは、日本社会の未来にとって欠かすことのできない課題となっているのです。このような要求は男性であれ女性であれ、正規雇用であれ非正規雇用であれ、すべての労働者が声を大にして求める権利をもつことです。
〔日本国憲法を要求実現の大きな武器に〕
ポイントの五つ目ですが、こうした改革のとりくみをすすめる上で、大いに活用されるべきは日本国憲法です。憲法にはすべての国民の幸福追求の権利(第13条)や、男女の平等(第24条)、人間らしく生きる権利(第25条)などがふくまれています。憲法は日本社会の最高のルールであり、どのような個人や企業もこれに反する行動をとることは許されません。
つまり憲法は、労働者の幸福追求の侵害や、女性の差別、さらには人間らしい生活をさまたげるような賃金や社会保障を、本来許さないとする立場に立っているのです。財界のご都合による「ワーキングプア」の形成などあってはならないことですし、それを後押しする自民党政府の労働政策も決してあってはならないことです。生活保護水準よりさらに低い最低賃金や、性を理由とした賃金差別も明らかに憲法の精神に反しています。ですから憲法を守り、憲法が輝く日本を目ざすとりくみは、日本の平和を守るだけでなく、はたらく者のくらしを支える、健全な社会改革を準備するものともなるわけです。
そろそろ予定の字数となりました。ここに述べたことの私なりの理論的背景については、以下の論文をご覧ください。少子化と資本主義と労働者の闘いの関係については、論文「人口変動とマルクスの資本主義分析」(『経済』06年9月号)、また賃金とは何か、資本主義における労働者家族の位置づけなどについては、論文「『資本論』の中のジェンダー分析」(鰺坂真編『ジェンダーと史的唯物論』学習の友社、05年)や「長時間労働・女性差別とマルクスのジェンダー分析」(『前衛』07年3月号)などです。幸せな家庭をつくるとりくみに、はたらく者の運動が大きな力を発揮していきましょう。
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