以下は、日本共産党『前衛』2007年6月号(第818号、6月1日)、164~165ページに掲載された書評です。
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明日の歴史への展望確かに 不破哲三著『日本共産党史を語る(下)』
下巻は「第五講・二つの干渉主義との闘争」「第六講・政治対決の弁証法(70年代以後)」「第七講・国際政策と野党外交」という三つの講からなっている。
第五講は,ソ連・中国からの干渉との闘いについてである。60年の国際会議で世界の共産党間の対等な関係が確認されて間もない62年,ソ連共産党は党と国家の総力をあげ,日本共産党を支配の下に置くための大規模な干渉を開始する。
内通者のあたりをつけるためにまずジューコフ等が来日するが,彼らはその行動の隠れ蓑を政府の代表団という外観に求め,日本政府との間にわざわざ文化交流協定の草案を準備させるという念の入れようであった。
また中野重治を転落させるために,詩集『日本の波』をソ連で出版するといった金銭援助も行い,最後にはそうして育成した志賀義雄等のソ連派「総結集」グループを,自ら四分五裂に追い込んでいく。
干渉と内通の企みをこの瓦解に追い込んだものは,後に驚きをもって「異端児」とも評された日本共産党の自主独立の精神にもとづく闘いであった。
他方,66年に開始された中国からの干渉は,党内の毛沢東一派が引き起こした「文化大革命」の対外的側面というべきものである。
ベトナム支援の国際統一戦線をめぐり行われた同年の日中両党会談で,互いの意見は平行線をたどる。しかし会談終了から10日以上をへて,中国側から共同声明の作成が提案され,さらに作成の2日後に毛沢東がこれを破棄するという異常事態が起こる。
そこには「軟弱な」声明文をつくった「北京」指導部の打倒という,「文化大革命」の名での権力闘争を正当化する毛沢東の巧みな口実づくりがあったと推測される。
このように歴史は渦中の人にいつでも事柄の全体を示して進むものではない。
だが,その中で評論や傍観の立場を決め込むのでなければ,人はいつでも時々に手にしうる限られた情報をもとに,時期を失することなく行動の指針を打ち出すほかない。
そうした闘いの歴史的制約とその制約の中での闘いの役割を評価する上で,この本が提起する二重の歴史叙述は新しい有効な試みとなっている。
フルシチョフ時代の米ソ協調につづく,米中接近の予測を可能にさせた「各個別撃破政策」の解明を含むアメリカ帝国主義研究の先駆性や,ソ連のチェコ侵略を的確に批判しながら,チェコの改革派が提起していた反対政党の自由を否定してしまった当時の体制論研究の未熟さも指摘されている。
理論活動の到達点もまた,その制約と歴史の中での役割という二重の角度から,文字通り生きた歴史の中に評価される必要があるのだろう。
第六講は,70年代半ばにいたる革新高揚の動きに対する政財界の巻き返しと,それを打ち破ろうとする日本共産党の今日までの闘いの歴史を描くものとなっている。
分析の指針は〈革命は,結束した強力な反革命をつくりだすことによって,みずからを成長させる〉というフランスの階級闘争からマルクスが導いた政治対決の弁証法である。
70年代前半の状況に体制的危機を感じ取った支配層は,共産党封じ込めの反動攻勢を大々的に開始する。
しかし「自由と民主主義の宣言」等で,反共反撃の理論的な準備を深めたこの党は,79年に72年の躍進を上回る41議席を獲得する。
その後,80年の「社公合意」による社会党の完全な右転落を前に,共産党は無党派との共同という新しい統一戦線戦術を打ち出していく。
89年にはマスコミが「地殻変動」とも呼んだ新たな革新・民主の前進が,徳島・千葉・名古屋の首長選挙に現れる。
しかし,同年の天安門事件と東欧の激変をきっかけとした「体制選択」論攻撃が,この新しい変化を吹き飛ばしていく。
さらに93年には「二大政党」づくりの端緒となった「非自民」の形成が、マスコミの力も得て大規模に画策され,誕生した細川政権は自民党政権の果たせなかった小選挙区制と政党助成金を実現させる。
しかし,その中でも共産党は96年・98年と過去最高の得票と得票率を獲得し,国民との結びつきを深めていく。
今日の「二大政党」論が財界主導で本格化するのは,こうした闘いの成果がもたらす支配層の危機意識のためである。
この講が与える激動の政治の分析は,明日の歴史づくりに向けた意欲と展望を確かなものとするうえで,誰にも学びを欠かすことのできない重要な政治論となっている。
第七講は,世界の共産主義運動の枠組みをこえた「野党外交」の展開である。
中国共産党との関係正常化とその後の交流の発展や,アジア・アフリカ・ラテンアメリカ各国の多様な政党・政府へという「外交」相手の拡がりは,世界の構造変化をとらえるこの党の眼の確かさを表しており,それは同時にこの党の世界論に豊かな情報と教訓を与える宝庫となっている。
歴史は階級闘争を推進力につくられる。上下巻を読み通してあらためて印象的に感ずるものは,その闘いの中での党と個人の具体的な姿である。
そこには天皇制権力の弾圧にはじまる様々な困難に際して発揮された不屈の精神があり,新たな社会現象の解明に率先して取り組む進取の気概と理論的な成果への深い確信がある。
また具体的な活動の展開にあっては,歴史を拓かんとする大志に支えられた模索と決断,開拓者としての自負に支えられた大胆さと楽観性も見える。
歴史の現在をどう切り拓くかは,今に生きるわれわれの力量にかかっているが,その力を大きく育てる上で,著者が最後に呼びかける学びの強化と先を見越した取り組みへの習熟は,今日、握って離すことのできないものとなっている。
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