以下は、兵庫人権問題研究所『季刊・人権問題』第9号(2007年夏号、通巻348号)、1~21ページに掲載された講演録です。
同誌には、原稿の一部が前後して掲載されました。ここでは、本来のものをアップしておきます。なお、言葉の言い回しを一部変更したところがあります。
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日本国憲法施行60年 今も輝きつづける憲法
――改憲手続き法案、「慰安婦」問題など日米関係に注目して――
以下は、2007年5月3日、神戸市北区の「すずらんホール」で行われた兵庫憲法集会での講演です。
はじめに
こういう集会ではいつも憲法学者ではないと断っている。しかし、いまのような情勢では、憲法を専門に研究する人だけでなく、ありとあらゆる人が憲法を語ることが大切。あらかたレジュメにそってお話したい。あらかたというのは、レジュメをつくって以降の新しい動きも補足したいということ。
副題に「改憲手続き法」とならんで「『慰安婦』問題」をいれておいた。4月27日の日米首脳会談で安倍氏が「慰安婦」問題の謝罪をしたが、なぜいま日米関係のなかで「慰安婦」問題が、もうすこしいえば靖国問題が大きな話題になっているのか。それは自民党等が出してくる改憲案の内容にもかかわる問題となる。今日は、特にその日米関係に焦点をあてて改憲問題をお話したい。
(1)改憲は平和と人権の破壊の動き
①自民党「新憲法草案」(05年10月)の問題点
まず自民党の「新憲法草案」について。自民党の「新憲法草案」は2005年10月に、党創立50年を祝いながら発表されている。どういう問題点があるかについては、すでに多くの人が学んでいると思うが、第一に、侵略戦争への反省を完全に消し去るものとなっている。かつての戦争を反省しない国づくりをする、それだけではなく、あの戦争は正しかったのだという国づくりをする。これが一つ目のねらい。
第二は、自衛隊ではなく自衛「軍」の海外派兵という問題。2006年12月15日に、防衛省法という法律がすでに通っている。教育基本法の改悪と同じ日のこと。これは防衛庁を防衛省に、名前をかえるだけではなかった。自衛隊の本来任務を変更している。どう変えているかというと、従来は、建前上、攻められたら闘うとなっていた。その限りでは、現在の日本人の多くは、おかしなことだと思っていない。だが、そこが変えられた。攻められなくても出て行くと変えられた。自衛隊の本来任務に海外派兵がくわえられた。これは憲法「改正」の先取りといえる。
第三は、国民の権利や自由の上に国家をおくというもの。今の憲法では、国民の自由や基本的人権が何より大切となっている。それを全力で支えるのが国家となっている。国民が上にあって、政治はそれを支える土台となっている。ところが「草案」では、それが逆転する。国民はしもじも、その上に国家があり、国民は国家が許す範囲で生きろとなっている。具体例としてあげたいのは、障害者自立支援法。障害者が作業所などをつかったときに、障害が重い人ほど高い利用料を払えというもの。国家が決めたこの法律の枠で障害者は生きていけという。高齢者の重税も、高い医療費も、国家が決めたことだから受け入れろという。こういう思想を憲法に書き込もうということ。国民の自由・権利・幸せを守るために国家があるのではなく、国民は国家が与えた枠の中で狭苦しい自由を享受せよということ。
第四は、改憲をやりやすくする。国会議員の2/3の賛成ではなく、過半数の賛成で改憲の発議ができるようにする。これだと、今でいえば自民党や公明党だけで改憲がすすめられるようになる。これが、いま焦点となっている「新憲法草案」の問題点。
②飛び出してきた靖国派改憲案――天皇を元首に
ところが、昨日(5月2日)の産経新聞をみると、「新憲法制定促進委員会準備会」(座長・古屋圭司自民党衆院議員)が新しい改憲案=「新憲法大綱案」をつくってい。25人の国会議員の集まりで、自民党、民主党、国民新党、無所属議員等が参加している(自民党・萩生田光一、今津寛、民主党・松原仁、笠浩史、国民新党・亀井郁夫、無所属・平沼赳夫等)。
この改憲案の特徴は大きく2つある。1つは、防衛軍をつくって集団的自衛権を行使するということ。つまり自衛隊を軍隊にして、アメリカと一緒に闘う勢力にする。この限りでは自民党案とあまりかわらない。もう1つは、国家の名誉を守るとか、天皇を象徴だけど元首にするなどという点。象徴だが元首というのは、どういうことか。元首というのは対外的な国家の代表である。そうであれば、議会制民主主義の国では国民が選ぶのが当然。では、改憲案はわれわれに天皇を選ばせるというのか。そこは「象徴」のことばで逃げている。
つまり、この改悪案は、アメリカいいなりで海外で戦争できる国をつくる。これを本筋として立てながら、あわせて靖国史観をもっと強く折む動き。改憲論議をもっと右寄りに引っ張ろうとする動き。ここがアメリカからの日本の動きに対する一定の警戒心に結びついている。この点には、あとでもう一度立ち返る。
③民主党は改憲勢力――大切な7月の参議院選挙
こういう改憲論議を、誰が、どの政党がすすめているのか。これをしらせることは重大課題。7月には参議院選挙がある。その時に、どの政党が改憲政党、戦争推進政党で、どの政党が護憲、平和を守る政党なのか、そこがキチンと区別されていねばならない。
今日(5月3日)の憲法記念日を前に、いろいろな政党が改憲問題での見解を発表している。新聞発表の限りだが、たとえば自民党の中川秀直幹事長はこういった。国民投票法案は必ず今国会で成立させる。その上で、普遍的価値と文化・伝統を取り入れた憲法をつくる。この文章には二面がある。「普遍的価値」というのは、アメリカと共有するアメリカの身勝手な「民主主義」のこと。アメリカは民主主義の名で、軍隊を活用する。もう一方で、日本の文化・伝統といっている。これは天皇中心の政治、歴史観ということ。この両面を取り入れるといっている。
自民党と一緒に政治をになっている公明党はこういっている。九条は一、二項を堅持した上で、自衛隊の存在や国際貢献を「加憲」の対象とする。加憲というのは憲法に加筆をするということ。いまある憲法を全面的に変えてしまうことには、国民の反対がある。だから、そこはいじらないでちょっと付け加えるというもの。何を付け加えるかというと、1つは自衛隊の存在を認める。つまり軍事力として承認する。もう1つは、国際貢献。ただし、これを国連の合意のもとにとはいわない。つまりアメリカといっしょに軍事的な国際貢献を行うということ。こういう政党だから、自民党といっしょにやっていける。実際、昨年末の防衛省法に、公明党議員は全員賛成している。つまり公明党は改憲推進政党。
民主党は、憲法を変えるかどうかは国民が決める問題だといっている。あたりまえすぎる。なぜこんな言い方しかできないか。それは自民党と同じように改憲をいったのでは、選挙に勝てないと思っているから。だから、それは曖昧にしようと。だが、本音はまったく曖昧ではない。彼らは「創憲」という立場。全面的に新しい憲法をつくろうとする立場。そしてこの党の議員も、昨年末の防衛省法に、誰一人反対ボタンを押していない。圧倒的多数は海外派兵派。これでは自民党政治の対抗軸になど、なれるわけがない。
国民新党も、国民の意識が変化し、憲法と乖離しているという。そして、憲法は見直す必要があるとしている。改憲派であることはまちがいない。
社民党は、憲法はわが国が平和国家として歩むことを定めた国際的な公約だといっている。つまり護憲の立場。それは結構。しかし、ではなぜ民主党と選挙協力をしようとするのか。そこがわからない。安倍首相は改憲を参議院選挙の争点にするといっている。その中で、どうして護憲の政党が改憲の政党と選挙協力ができるのか。意見の違いは棚に上げるしかないが、そうであれば憲法問題を棚に上げた選挙協力にしかならない。そんなでたらめなことでいいのか。今日は、中央(東京)の憲法集会で、党首の福島さんが護憲の演説をしているはずだが、もう一歩筋をとおしてほしい。社民党には、それを願いたい。
共産党が、護憲の立場がいちばんはっきりしている。改憲の中心的な狙いは九条を改変し、「自衛軍」保持を明記し、米国とともに「海外で戦争をする国」につくり変えることだといっている。大切なのは、改憲阻止に国民が立ち上がるよう訴えるといっていること。政治の方向を決める主権者は国民であって政党ではない。今日の取り組みは、兵庫県下あちこちで同時に行われているが、そのような取り組みがもっと大きくなることが必要。
④改憲手続き法のデタラメさ
目前のたたかいの焦点である改憲手続き法の問題。衆議院は自民・公明で強行採決(4月12日)された。そして、参議院のでたらめな審議日程を決めることには、民主も協力した。民主党の枝野幸男氏は、2006年12月の段階で「5月3日までに手続法案の成立を」と語っていた。自民党とまったくいっしょ。ここにも民主党の改憲政党としての性格と役割が良くあらわれている。5月3日というのは無理だったが、なんとか5月中に成立させようとしている。
もし、これが通るとどうなるか。施行までは3年あるとなっている。つまり、2010年からこの法律が生きることになる。その内容は2つ。1つは国民投票法。もう1つは、改憲案を国会で議論するための憲法審査会の立ち上げ。ただし、正式な立ち上げは2010年からだが、下準備はその前にしてもいいとなっている。つまり、改憲案づくりはただちに始まるということ。そして最近明らかになった自民党内のスケジュールによると、2011年夏には国会発議、ただちに同年秋には国民投票となっている。
この法律については、国会で共産党等が批判している。その中で、提案者が答弁することもできないまったくデタラメなものであることが明らかになってきている。1つは、最低投票率の規定がない。せめて国民過半数、大人の過半数ならわからないでもない。ところが投票率は30%でも20%でもいい、そして無効票がたくさんあってもいい、残された少数の有効票の過半数で改憲が決まるとなっている。限りなく小さな賛成で憲法が変えられることになる。憲法は国の最高のルールなのだが、それでいいのか。そう質問されると、政府は国会でまともな答弁ができない。韓国では有権者の50%、イギリスでは40%以上の投票がないと国民投票は成立しないとなっている。それが世界の常識だが、最低投票率の規定がない。
もう1つは、公務員と教員が国民投票運動に参加してはいけないという口封じ。日本中で約500万人が口を封じられる。国民投票の時期になると、私も無言でとおさねばならない。しゃべると罰金になるのか、捕まるのか、詳しいことは知らないが。だが、国づくりのもっとも重要な進路を決め直すという議論である。国民が一斉に、多いに話し合うのが当たり前。その時に公務員と教員の口を封ずるという。こんな決め方があるか。まったく民主的な手続きではない。
だから、この法律については、9条「改正」の準備だからダメだという点と、その手続き自体があまりにデタラメだという2つの角度から批判する必要がある。さらに有料テレビCMは、投票2週間前までOKとなっている。改憲派には、日本経団連はじめ大金持ちがたくさんふくまれるから、散々テレビコマーシャルを買いまくるということにもなる。金で憲法を買うという策だ。
(2)なぜいまアメリカが「慰安婦」問題か
大きい二番目の問題に進む。ごく最近の日米関係の中で、改憲問題を考えてみる。
①日米首脳会談(4月27日)で語られたこと
4月27日に日米首脳会談が行われた。アメリカのあるジャーナリストは、こう書いた。首相としての初めての訪米にもかかわらず、安倍氏は一泊二日で逃げるように帰った。人目になるべくふれないようにして。渡米直前に安倍氏も、アメリカへ行くのが遅れたがとの質問に、もうかつてのような参勤交代の時代ではないと答えていた。確かに、安倍氏は、アメリカへいく前に、まず中国や韓国に謝罪にいった(2006年10月)。それにしても、安倍氏の前までは参勤交代だったらしい。徳川時代の地方の大名が、将軍に忠誠を誓いにいく。日米関係はそれと同じだったということだ。しかし、首脳会談の内容をみると、安倍氏もアメリカへの忠誠を語っている。
安倍氏がもっとも協調したのは、「かけがえなのない日米同盟」。これをさらに「ゆるぎない日米同盟」にすると。言葉の意味は良くわからないが、ともかく日米同盟を強めるということ。アメリカの求めにしたがって軍事的一体化をすすめるということ。イラク戦争について、アメリカの次の大統領候補は全員米軍の撤退を主張しているが、ブッシュ大統領だけが増員派。安倍氏は、そのブッシュ大統領に全面的な理解を示すといった。「ゆるぎない日米同盟」というのは、いまあるアメリカ権力にともかく全面的についていくというものであるらしい。
次が「戦後レジームからの脱却」。レジームというのは、社会体制の枠組みくらいの意味。戦後の枠組みから抜け出すという。しかし、その枠組みの核心は国民主権と平和憲法だった。そこから抜け出すことの危険性は明らか。さらに、それをどうしてアメリカの大統領に約束しなければならないのか。
集団的自衛権を認めるための、解釈改憲も約束している。これを実行するための有識者会議をつくるとしている。メンバーは集団的自衛権行使派ですでにまとまっている。個別的自衛権というのは、我が国がやられたら身を守るためにやりかえしますということ。これは日本国憲法も放棄していない。国家をつくっているということは、その侵害を許さないということ。したがって9条と個別的自衛権は矛盾しない。これに対して集団的自衛権というのは、アメリカがどこかの国に「やられた」と表明したとき、ただちにアメリカを守るために参戦するということ。これは従来、政府解釈でもダメだとされていた。そこを変えようとする。明文改憲までは3~4年かかるので、その前に解釈改憲でやれるようにする。既成事実をつくるということ。
次が「構造改革」。日本の「構造改革」の推進をアメリカに報告するというあたりに、これがアメリカ発だということが良くあらわれている。さらにブッシュ大統領は「日本人は米国産牛肉を食べた方がいい」という。BSEの危険部位がたくさん混入しているのに。こんなことをいわれて安倍首相は何も反論しない。いったい誰の命を守るための政治家か。
最後に、今日特に注目したいのが「慰安婦」問題。アメリカの議会関係者ではなく、ブッシュ大統領自身が、安倍氏に「河野談話」からの後退を許さないとした。ここが、現瞬間の日米関係を見る重要なポイント。それは「慰安婦」問題に限らず、日本の政治に靖国史観色が強くなりすぎることへのアメリカの警戒心のあらわれ。
②「慰安婦」加害や侵略への反省を口にした90年代前半
「河野談話」というのは、「慰安婦」問題に日本の軍隊が直接・間接にかかわり、多くの被害者を生んだことを認め、これに反省とお詫びをあらわしたもの。河野洋平氏が官房長官だったときに、政府を代表して発表した。外務省のホームページにいまも掲載されている、この国の公式の見解。
最近半年くらいの間に起こってきたのは、アメリカの下院での決議案採決の動き。「慰安婦」問題の事実の承認や、被害者への謝罪の姿勢を曖昧にしようとする政府の態度を糾弾する決議案。同種のものが96年から何度も出ていたが、06年に初めて外交委員会で可決された。アメリカ側の問題意識が、最近急速に強くなっている。これに焦りを感じた安倍氏が、3月1日と5日に、狭義の強制性を証明する文書はない、アメリカで決議が可決されても謝る必要はないと発言した。いわゆる「安倍発言」。ここまでは靖国派としての意地が少しは見えていた。だが、アメリカからの強い批判を前に、あっという間に前言を撤回した。3月9日からは謝罪ばかり。一週間前とまったく違う。そうしてアメリカの怒りを鎮めながら、4月27日に一泊二日で逃げてきたという経過。
今日は「慰安婦」問題のそもそも論はごく簡単に。「慰安婦」被害者がはじめて名乗りをあげたのは、91年のこと。韓国に暮らしていた金学順(キムハクスン)さんが最初。87年まで韓国は言論の自由がない軍事独裁政権だった。それが打ち倒されてから、女性の権利を考える運動もひろまった。90年に、当時社会党の本岡議員の質問にこたえて、政府は、軍はやっていない、民間業者が売春婦を連れ歩いていたと国会で答弁した。そこで金さんが立ち上がった。私が生き証人だと。最初はマスコミの前に顔は出さないということで登場した。有名な両手を重ねた写真がある。手の表情に語らせたもの。つづけて91年12月に日本政府を提訴する。その直後に、中央大学の吉見先生が、ある資料を公表する。「慰安婦」問題への軍の関与を示す資料を、防衛庁の図書館で見つけ出したもの。それが「朝日新聞」に掲載されると、その翌日に、当時の官房長官だった加藤紘一氏が「加藤談話」を示して謝罪した。「河野談話」の前に、「加藤談話」で政府は謝罪している。
政府は、金さんの提訴直後から事実調査を行っていた。そして「加藤談話」は、防衛庁70件、外務省52件、文部省1件、厚生省4件の資料から次の点で「政府の関与があった」ことを認めるものとなった。「慰安所」の設置、「慰安婦」募集者の人選、「慰安」施設の築造・増強、「慰安所」の経営・監督、「慰安所・慰安婦」の衛生管理、「慰安所」関係者への身分証明書の発給、その他。この段階で日本政府は、自分で調べた資料にもとづき、日本軍の関与を認めていた。
さらに調査をすすめたうえで、93年の「河野談話」が公表される。調査は相当大規模に行われている。談話の一部はこう述べた。「本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる」。「加藤談話」の段階より、さらに深い裏付けのもとに、反省と謝罪が表明された。
さらに95年には「村山談話」が、侵略と植民地支配への反省を表明する。これらの談話には、少なくない弱点があったが、それでも、90年代前半が、侵略と加害への認識と反省の深まりを、政府自身が表明していく時期であったのはまちがいない。
③靖国派勢力の巻き返し
ところが、大きな巻き返しの動きが始まる。自民党の中に歴史・検討委員会がつくられ、研究会が行われる。そして95年に『大東亜戦争の総括』という大きな本を出す。主な結論は4つ。1つは、大東亜戦争は侵略の戦争ではない。自存自衛の戦争、アジア解放の戦争。2つ目に、南京大虐殺や「慰安婦」などの加害はでっちあげ。3つ目に、侵略・加害を記した教科書との闘いが必要である。4つ目に、国民の歴史認識をかえるための学者を使った国民運動が必要。
そして、翌年から、学者を中心とした運動が実際にはじまる。96年には「産経新聞」で、自由主義史観研究会のキャンペーンが開始される。自虐史観はいけない、東京裁判史観はいけない、日本の歴史教科書はまちがっていると。97年には「新しい歴史教科書をつくる会」が発足する。さらに同じ97年に「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」が発足し、例の「日本会議」も発足する。一挙に動きが表面化する。その後、「つくる会」の教科書を文科省が検定にパスさせ、他方で「慰安婦」などの記述を教科書から消していく。さらに「慰安婦」問題の国家責任を問うた女性国際戦犯法廷(2000年)を特集したNHKの番組に、安倍晋三氏と中川昭一氏が圧力をかけてねじまげる。中川氏は先の「若手議員の会」の代表で、安倍氏は事務局長である。そして2001年からは小泉首相が靖国神社への公式参拝を繰り返し、2005年には、いよいよ自民党から侵略を反省しない国づくりをめざす「新憲法草案」が出てくる。この流れは非常に強い。小泉氏が自民党の総裁選で、靖国参拝を公約としたのは、この流れに乗って首相になろうとしたもの。これを上回って安倍氏は、流れの中心。
現瞬間の安倍内閣18名は、日本会議国会議員懇談会に11名が入っている。神道政治連盟国会議員懇談会は日本を神の国、天皇の国にしようとする集まりだが、これに13名が入っている。みんなで靖国神社に参拝する会に12名、改憲をすすめる憲法調査推進議員連盟に11名、そして日本の前途と歴史教育を考える議員の会――「若手」の文字は消えたが――ここに7名。結局、これらの右派団体に属していない大臣は3名しかいない。そして安倍氏はすべてに入っている。オール靖国内閣といっておかしくない。この内閣の最大の求心力はそこにある。
こうした動きは自民党内部だけのことではない。先の靖国派改憲案の作成も、超党派の動きだった。また民主党は、3月9日に「慰安婦問題と南京事件の真実を検証する会」(会長・渡辺周衆院議員、20名)をつくっている。公明党の北側幹事長は「河野談話」の見直しを、「客観的、科学的にという前提で、(政府の再調査を)否定するつもりはない」(3月7日)とした。見直しにストップをかける姿勢はとらないということである。
④アメリカの東アジア戦略のジャマになっている靖国問題
この一連の日本の動きをアメリカはどう見ていたか。2006年になって、アメリカは靖国史観への警戒心を急速に強めていく。この年はじめて、ブッシュ大統領は小泉氏に、靖国に行かないようにと要請した。そして、小泉氏が参拝をやめないとわかると、ポスト小泉は、絶対に行くなと圧力をかけた。
なぜ、そのような圧力をかけるのか。原因は2つある。1つは、アメリカの対東アジア政策の転換。ブッシュ政権の1期は中国敵視の政策だった。中国は軍事的脅威だという位置づけだった。それが2期になると、軍事カードは離さないが、話し合いをつうじて経済交流を深めるものとなる。つまり金儲けをより前面に出したものとなる。実際にも、中国の最大の貿易相手はすでにアメリカになっている。アメリカから見ても、最大の貿易赤字の相手は中国。この角度から、たとえばケント・カルダー(元駐日大使特別補佐官)氏は、「『米国一辺倒』だけでは米国も困ってしまう」(『週刊・東洋経済』06年7月1日)という文章を書いている。
「もっと広く、アジアに対して日本の影響力を及ぼしていくために、日本がどう行動するのかを明確にしなければ」ならない。「何より、米国から見て、アジアにおける日本のリーダーシップは重要であり、それが道義性の喪失によって損なわれるようなことになれば、日米両国、日米同盟にとってもマイナスになる、と思います。米国も困ります」。
アメリカは、急成長し、共同を深める東アジアの変化を、自らの許容範囲に制御したい。ところが、そのためにもっとも良くはたらくべき日本が、靖国問題によって東アジアで孤立している。それを「アメリカは困る」といっている。靖国問題へのアメリカの関心も深まった。遊就館を見学した駐日アメリカ大使は、対米戦争の責任がアメリカにあると書かれているのを見て驚いた。その圧力に屈して、2006年末から正月にかけて、アメリカの戦争責任にふれた個所の書き直しが行われた。日本の靖国派が、靖国史観の上に対米従属を置くものであることを良くあらわした出来事。
⑤靖国史観の強まりは日米同盟に亀裂をうむ
もう1つの理由は、靖国史観勢力が大きくなると、日米同盟に亀裂が入るのではないかという強い懸念。2006年、アメリカ下院外交委員会で日本政府を批判する「慰安婦」決議が可決された。だが、本会議にはかけられなかった。下院の多数派が共和党議員で、日本政府からのロビイング(議会工作)が活発に行われたこともあった。しかし中間選挙の結果、民主党が下院の多数派になった。これに応じて日本政府は、共和党のロバート・マイケルから民主党のトーマス・フォーリーに、議会工作のためのロビイストを交代した。税金でこうした人物を雇っている。加藤駐米大使もアメリカ政府にはたらきかけている。さらに世耕弘成・広報担当首相補佐官が、2月19日から22日に訪米した。「決議案の裏には中国ロビイストがいる。狙いは日米の離反」「世耕の勢いに押されて職員が呼びに行った」「国務次官補のヒル」氏にも直接かけあったという(「産経新聞」3月22日)。しかし、当のアメリカは、中国との対話をすすめる方針をもっている。この世耕氏の訪米のあとに、先のいわゆる「安倍発言」が出てくることになる。
アメリカの下院議員は誰もが「慰安婦」問題を知っているわけではない。そこでアメリカ議会調査局が「日本軍慰安婦システム」という報告書を配布した。作成の中心にいたのがラリー・ニクシー氏。この人に「東亜日報」4月24日付がインタビューをしている。「米議会の同問題への関心は、人権という普遍的価値のためか」という非常に率直な質問。これにニクシー氏は「……日本国内の歴史修正の動きは、長期的に日米同盟にも悪影響を及ぼす恐れがある。もし彼らが日本での影響力が大きくなり、日本人が自分たちは戦争当時起こったことに責任がないと考えるなら、戦争責任はだれが負うことになるのか。米国が有罪になると修正論者たちは主張する。そのような態度は、日米同盟にとっても危険なものとなりうる」と述べた。つまり靖国派が強くなりすぎると日米同盟にヒビが入る可能性がある。そうなる前に、押さえ込んでおく必要があるということ。
さらに、ネグロポンテ国務次官補は、米下院外交委員会でこういった。「中国と日本ほど重要な関係はない。我々は安倍晋三首相が日中の外交関係改善を優先事項としたことに励まされた」(「日経新聞」5月2日)。安倍氏が首脳会談で、どこまで本気で語ったかはわからない。しかしアメリカは、その方向に日本政府を動かそうとしている。
⑥困惑する靖国派、「自立保守」の新たな動きも
自民党の新憲法草案は、それほど強く靖国色を出してはいない。これに対して「新憲法大綱草案」は靖国色がグッと強くなっている。これは改憲論議の中身を、もっと右へ引っ張ろうとするもの。そこには、対米従属と靖国史観との関係という問題がある。戦後日本の支配層は、靖国史観の上に対米従属をおいてきた。それで大した問題は起こらなかった。だが、いまはアメリカが靖国史観への圧力を強めている。他方、日本の支配層の側は、思想的求心力として靖国史観への依存を強めている。そこで日米関係に新しい緊張のタネがうまれ、日本の保守勢力の内部にも一定の意見の対立がうまれてきている。広くはみな従米靖国なのだが、従米に力点をおくか、靖国に力点をおくかにより、政治姿勢や改憲の色合いに違いが出る。アメリカといっしょに戦争をするという点では、共通している。この新たな局面に対応して、日本の論壇で「自立保守」という言葉が使われるようになっている。「親米保守」でなく「自立保守」という言い方。それによってアメリカいいなりからの脱却をすすめようというもの。ただし、その論者たちも日米安保廃棄をただちにかかげようとはしていない。それをせずにどうやって「自立」するのか。しかし、注目しておくべき動き。
安倍氏は日米首脳会談で、ブッシュ大統領に「慰安婦」問題を謝罪した。それ自体が、靖国派の狼狽をしめすものだが、その様子を見て「朝鮮日報」4月30日付は「社説・頭がおかしい安倍首相、話にならないブッシュ大統領」と書いた。被害者不在のやりとりに対する強い怒りである。ところが、そのあと安倍首相は、中東での記者会見で「米国に謝罪したことは全くない」(「日経新聞」5月1日)と述べている。混乱は実に深刻。この人の発言と行動には、ともかく改憲をするという言葉と行動以外、まったく筋が通っていない。こういう人を首相にいただく日本国民もなさけない。
⑦憲法の力で戦争をしない国づくりを
あらためて日本国憲法のすばらしさを見ておきたい。大前提として、この憲法は侵略への反省の上に立っている。あの戦争を正しかったということを許さない立場。自存自衛やアジア解放の戦争で、アジア人を2000万人も3000万人も殺すわけがない。このような侵略と加害を二度と繰り返さないと反省するのは当然のこと。それが日本国憲法では大前提とされている。
もちろん、日本の靖国史観をアメリカが抑制してくれれば、それでいいということにはならない。なぜならそこには、アメリカの戦争に日本の自衛軍が参加する、戦争する国への転換という本筋の話が残っているから。これでは平和な日本はつくれない。必要なのは戦争しない日本づくり。それをキチンと書いているのが憲法9条。9条では国際貢献ができないという人もいるが、国連憲章でも国際紛争は話し合いで解決するとなっている。それが戦後世界のめざすべき理想。日本は戦争をしない、戦力をもたない国家として、その理想を実現する先頭に立つべき国。本来なら世界の紛争地にまっさきにかけつけ、話し合いでの解決をと説得するべき立場にある。そのような極めて道義性の高い国際貢献のあり方を、日本国憲法は示している。軍事力行使だけが国際貢献ではない。
ひとつコマーシャルをさせてもらう。この5月末か6月はじめに『「慰安婦」と心はひとつ 女子大生はたたかう』(かもがわ出版)という本を出す。ゼミで出す3冊目の本だが、学生たちの「たたかい」は、本を出すたびに強くなっている。私も「慰安婦」問題をめぐるこの間の日米関係について、「安倍首相の『慰安婦』発言徹底批判 事実も道理も無視し、世界から孤立するもの」という文章を書いている。今日の話に深くかかわるので、ぜひ参考にしていただきたい。
(3)「憲法どおりの日本」をめざして
話は最後になる。「憲法どおりの日本」をめざす闘いを大きく育てることが必要。5月3日に向け、新聞各紙が憲法問題での世論調査を行っている。いくつか見たが、かなり共通した傾向がある。1つは改憲賛成が依然として多数派であるということ。改憲賛成が少数だったのは「沖縄タイムス」だけ。沖縄の平和の力は強い。だが、改憲賛成の中身は海外派兵賛成ではない。そこに大きなねじれがある。9条「改正」については、どの新聞の調査も反対が多数の声となっている。つまり、憲法に環境やプライバシーなど良いことを書くのはいいが、9条を変えるのはだめ。これがいまの国民多数の意識ということ。もう1つの特徴は、改憲賛成派がこの数年でへり、改憲反対派がふえているということ。つまり私たちの運動の影響が広まっている。憲法を守る取り組みは、決して押されっぱなしではない。前途は大いに開けている。
取り組みを強めるために大切なのは、改憲には賛成だが9条「改正」には反対だという国民に、もっと突っ込んだはたらきかけをすること。いまの改憲は国民生活改善のためではなく、9条「改正」に直結している。9条を守りたいというのなら、自民党や民主党等の改憲そのものに反対することが必要。改憲を食い止めることが必要。そういう具合に話をし、そこで世論を変えていかねばならない。
憲法を守る運動は大きくひろがっている。9条の会は6000を大きく超えている。いまの憲法には、平和を守る(前文・9条)、男女の平等を追求する(24条)、国民の生存権を守る(25条)、国民にキチンと仕事を保障する(27条)など、すばらしい条文がたくさんある。だから、一方で改憲策動が大変だということとあわせて、いまの日本国憲法のすばらしさを語る必要がある。それが日本の民主的な改革につながることにもなる。
マスコミの状況をみると、地方にはがんばる新聞があるが、全国紙はあまりあてにならない。そうなると大切なのは、ひとりひとりの語りの力。自分はわかった、だけではだめ。わかったことをまわりに伝える力が必要。それには学びが不可欠となる。まだこの取り組みはしばらくつづく。いまある知識だけでなく、学習を深め、まわりの人により大きな影響をあたえることのできる人間に、自分をつくりかえていってほしい。
2010年から憲法審査会がスタートするが、その手前2009年6月に兵庫県知事選がある。「憲法が輝く兵庫県政をつくる会」の活動がすでにはじめられている。私は学生時代を京都ですごしたが、その最初の時期の京都府庁には「憲法を暮らしの中にいかそう」という垂れ幕が下がっていた。憲法どおりの京都府をつくろうという取り組みが、京都府には満ち満ちていた。それと同じ運動をこの兵庫県につくりあげ、その力で2010年の憲法改悪の動きを迎え撃ちたい。力をあわせ、未来への確信をしっかりともって、奮闘をつづけよう。
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