以下は、総合社会福祉研究所『福祉のひろば』(通巻463号)、2008年5月号、24~29ページに掲載されたものです。
-------------------------------------------------------------------
憲法「改正」の動きは止まったの?
神戸女学院大学・石川康宏
http://walumono.typepad.jp/
「安倍さんから福田さんに首相が変わって、改憲への動きは止まったように見える。いま自民党等による憲法『改正』への動きはどうなっているのだろう」。
ここでは、そんな疑問にこたえてみます。
〔1・安倍さんを辞任に追い込んだ国民の審判〕
まず、改憲イケイケの安倍内閣の動きにブレーキをかけた、2007年の参議院選挙までの政治の流れをふりかえっておきます。
1年前のいまごろを思い出してみて下さい。それは本当に安倍内閣が改憲にむけて、文字どおり突進していた時期でした。2006年12月に、あれだけの国民的な反対運動にもかかわらず、安倍さんたちは子どもたちに「愛国心」を教え込む教育基本法の「改正」を成立させていきました。そして2007年5月には、改憲手続き法を成立させます。
勢いにのった安倍内閣は、その後、7月の参議院選挙で、改憲をすすめるマニュフェストをつくりました。タイトルは『成長を実感に! 「美しい国、日本」に向けた155の約束』です。
その第一にかかげられたのが「新憲法制定の推進」でした。そこには「次期国会から衆参両院に設置される『憲法審査会』の議論を主導しつつ、平成22年(2010年)の国会において憲法改正案の発議をめざし国民投票による承認を得るべく、新憲法制定推進の国民運動を展開する」と書きました。
安倍さんは、2010年に改憲案を提起し、2011年の国民投票でこれを達成しようと思っていたわけです。
しかし、国民はそれを許しはしませんでした。参議院選挙で自民党は、結党以来最大といわれる歴史的な大敗を喫します。たくさんの国民が、安倍さんたちのあまりに急すぎて、あまりにきな臭い改憲の動きに強いブレーキをかけたのです。
この大敗北をきっかけに、あれだけ強かった自民党の改憲の声は急速にしぼんで、9月には安倍さん本人が首相の役目を放り出します。後を継いだ福田さんも、具体的な改憲日程を語ることができなくなっています。
最初に、こうして急速な改憲の動きにストップをかけた、参議院選挙での国民の審判の重要な意義と役割を、しっかり確認しておきたいと思います。政府による改憲の動きの前に、私たちは決して無力ではないのです。
〔2・福田さんもやっぱりゴリゴリの改憲派〕
次に、ホンネのところで、福田さんは改憲をどう考えているのかという問題です。
自民党の正式な改憲案は、2005年10月につくられた「新憲法草案」です。それにはたくさんの問題がありますが、最大のポイントは日本を「アメリカと肩をならべて戦争のできる国」にすることです。核心は第9条第2項の「改正」に現われています。改憲案は、第2項をさらに4つの小項目にわけていますが、なかでも重要なのは次の③です。
「第9条の2(自衛軍) ③自衛軍は、第1項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、1)国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び2)緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる」。
ここで「第1項の規定」といわれているのは、自衛隊を自衛軍に格上げし、日本の自衛のために活動させるということです。しかし、③はそうした自衛のための「活動のほか」に、1)2)(このカッコ数字は便宜的に石川がつけました)の任務を「行うことができる」とします。
1)は、日本政府が「国際社会の平和」のためだと判断すれば、地球上のどこでも、自衛軍を「国際的に協調」する軍事活動に参加させることができるというものです。協調の相手については何も書かれていませんが、インド洋やイラクでの実際を見れば、これがアメリカとの協調を前提していることは明らかです。
2)は、「緊急事態」においては、国内でも自衛軍を出動させることができるというものです。ここにある「公の秩序」とは、その時の政治の体制のことですから、これは自然災害などの場合の他に、たとえば日本が戦争をはじめた「緊急事態」の時に、国内の平和運動を抑圧するといった治安維持活動を可能にするものとなっています。
最近話題の小林多喜二の『蟹工船』という小説には、人間らしい労働条件を求めてたたかう工員たちに、帝国海軍が銃を向けるシーンがありますが、そうした戦前・戦中の話が、もう一度復活させられようとしているわけです。
さて、ここで重要なことは、この9条「改正」案を書いたのが、誰あろうじつは福田さんだったということです。「新憲法草案」は、いくつかの小グループの分担でつくられましたが、9条「改正」を柱とする「安全保障および非常事態に関する小委員会」の責任者は、福田現首相だったのです。
「安倍さんに比べれば福田さんは平和派だ」といった誤解もあるようですが、福田さんはこのように明快な改憲推進派であり、自衛軍海外派兵派であり、軍隊の国内出動論者でもあるわけです。表向きのムードにだまされて、この人の政治姿勢をとらえそこなってはいけません。
〔3・新しい重大焦点は「派兵恒久法」〕
さて、いま福田さんは、安倍さんのように改憲に向けてガムシャラに突進していくといったやり方はしていません。そんなことをすれば、次の衆議院選挙で負けしてしまうという見通しがあるからです。
しかし、だからといって福田さんは、「戦争のできる日本づくり」をあきらめてしまったわけではありません。そこで、新しく焦点にうかびあがったのが、自衛隊の「派兵恒久法」づくりの問題です。
さきほどの「新憲法草案」第9条第2項の③を、もう一度見てください。そこには「法律の定めるところにより」という文章が入っていますね。つまり、この改憲案では、1)の海外派兵も、2)の治安維持出動も、それぞれについての法律を国会で決めたときに、初めてそれができるようになるとなっているのです。
ところがこれについては、アメリカが戦争を始めるたびに、いちいち国会で法律をつくっていたのでは、急な事態にまにあわない、だから、政府が決めたら国会の議論ぬきに、もうそれだけで自衛隊の海外派兵ができるようにするべきだ、それに必要な法律づくりを、改憲より先にやってしまえばいい、という意見が出てきたのです。
それを実行するための法律が「派兵恒久法」です。これは安倍さんも首相の時に語っていたウルトラCのアイデアです。たとえばイラクに自衛隊を派遣する時には「イラク特措法」という法律がつくられました。これはイラク戦争という1つの戦争にだけ派遣を許可する法律です。しかし「派兵恒久法」は、政府が判断しさえすれば国会での相談など一切なしに、どの戦争についても自衛隊派兵ができることを「恒久(永久)」に保障するという実に危険な法律です。
〔4・民主党が「派兵恒久法」の旗ふり役に〕
そのうえで重要なことは、いま「派兵恒久法」づくりを自民党や公明党以上に強力に押し進めようとしているのが、野党の民主党だという現実です。
2007年11月、それまでインド洋で米艦船に油を提供していた自衛隊の船が帰ってきました。「テロ特措法」が延長できず、この法律が時間切れになってしまったからです。しかし、その後、自民党と公明党は「新テロ特措法」を無理やり成立させて(2008年1月)、もう一度、自衛隊によるインド洋での給油ができるようにしてしまいました。
さてこの時、民主党は「新テロ特措法」に反対し、その「対案」として「アフガン復興支援特措法」を打ち出しました。ところが、それが自民党もビックリという、驚くべき内容のものであったのです。
その柱は、①陸上自衛隊を武器使用を認めた上でアフガン本土に上陸させる――いまアフガンは全土が戦場というべき状態です――、②海上自衛隊にインド洋で「敵」の船を実力で止める「海上阻止活動」を行わせる、③いつでも政府が自衛隊を派兵できる「派兵恒久法」をすみやかにつくるというものでした。
ここには、民主党もまた「戦争ができる日本づくり」をすすめる改憲派の政党であることが、実にはっきりあらわれています。
民主党のこうした提案を、自民党は大いに喜びました。そして福田さんたちは「アフガン復興支援特措法」を廃案にせず、次の国会でこの内容についての話し合いをつづけるために、あえてこれを継続審議にしたのです。
こうした一連の動きの中で、いま「派兵恒久法」は、自民党と民主党の協力のもとに成立させられる危険が高くなっています。憲法「改正」推進派は、まずこの法律を成立させて、いつでも派兵ができるという実態をつくってしまえ、そうすれば、憲法が実態にあっていないという理由で憲法そのものを書き換えることも簡単になる、そういう筋書きを考えているのです。
こうして、福田さんたちは憲法「改正」に向けた新しい筋道をつくりつつあります。「派兵恒久法」とのたたかいが、憲法を守るための新しい重大課題になってくるわけです。
〔5・世論が政治を動かすとき〕
最後に、もう一度しっかり見ておきたいのは、福田さんや自民党たちのそういうたくらみにもかかわらず、憲法を守ろうとする私たちの取り組みは、決して押されてばかりではないということです。
たとえば、いろんな新聞社が憲法問題の世論調査をするたびに、改憲派が減り、護憲派が増えるという結果がはっきり出ています。まだ護憲派よりも改憲派の方が多いのですが、それでも時がたつにつれて、やっぱり戦争をする国になるのはマズイな、そう考える人が増えているわけです。参議院選挙での自民党大敗の根本にも、こうした世論の変化があったことは明らかです。
実は、こうした状況に、改憲派は強い焦りを感じています。国会議員が集まった最大の改憲派グループは、現時点では「新憲法制定議員同盟」(会長・中曽根康弘氏)という団体なのですが、この団体が2007年3月の総会で、面白い分析を行っています。
全国紙はみんな改憲を主張している、テレビの政治番組も多くが改憲推進の立場に立っている、それにもかかわらずどうして国民の中では護憲派が増えていくのだろう、そう問題を立てたこの団体は、結論として「9条の会」をはじめとした草の根の護憲運動が、世論を動かしているとしたのです。
2008年3月の総会では、民主党議員も幹部になりましたが、まったく同じことを確認しています。
ですから私たちは、「派兵恒久法」の危険性を直視しながらも、これにおそれをなす必要はありません。
自民党を選挙で大敗に追い込み、安倍さんを辞任に追い込んだ力に自信をもち、また「テロ特措法」の延長にストップをかけ、一度はインド洋から自衛艦をひきあげさせた取り組みの力に自信をもって、「派兵恒久法」についても「戦争する日本づくりには反対です」「憲法どおりの日本をつくりましょう」と正面から自分のことばで語っていけば良いのです。
毎日少しずつでも政治を学び、みんなで平和を守ることばの力を鍛え、憲法を守る世論を、いっそう大きく育てていきましょう。それは、日本の福祉充実への道ともなります。
最近のコメント