以下は、日本共産党『前衛』2008年6月、第831号、189~190ページに掲載されたものです。
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科学的社会主義の誕生と発展――止むことなき前進の解明
不破哲三『古典への招待(上巻)』
神戸女学院大学・石川康宏
http://walumono.typepad.jp/
この本は、著者が『月刊学習』に連載している「古典への招待」の最初の1年分をまとめたものである。内容は、マルクスとエンゲルスの代表的な著作や研究を歴史の順に検討し、彼らの理論活動の生涯を、その歴史的成長の中に位置づけようとするものである。
上巻に収められた全六講は、「エンゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態』」「マルクス、エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』」「マルクス、エンゲルス『共産党宣言』 エンゲルス『共産主義の諸原理』」「『新ライン新聞』と“革命三部作”」「マルクス『経済学批判』への『序言』『序説』」「多彩な国際政論活動」となっている。
対象となるおよその時期は、エンゲルスが「イギリスにおける労働者階級」の実態調査を開始した1842年から、2人が5つの新聞を中心に多彩な政論活動を展開する62年までである。
この時期の2人の理論活動は、大別して、①1818年生まれのマルクスと1820年生まれのエンゲルスが『ドイツ・イデオロギー』(1845~46年)の執筆を通じ、驚くほどの若さで科学的社会主義の基本的な確立をなし遂げていく時期と、②その後、一時たりとも休むことなく、既存の学問および目前の世界の分析をつづけ、自らの理論的な高みを次々に更新していく科学的社会主義の豊富化の時期となっている。
一読して何より印象的なのは、マルクスとエンゲルスの止むことのない自己革新への衝動の強さである。若くして時代を突き抜ける巨大な成果を生み出しながら、そこに安住するかの姿勢はどこにも見えない。今ある自己を越える格闘が、彼らにとっては日々の自然とされていたのだろう。
そうして発揮される恐ろしいほどのバイタリティが、革命家、共産主義者としての人生観に、理論活動の最初から深く方向づけられていた事実も教訓的である。
だが、いかに長足とはいえ、彼らの進歩もやはり一歩ずつの積み重ねから成る。具体的な革命運動の経験と刺激しあい、未熟から成熟へと進む時間の経過がそこにはある。したがって、時期の異なる彼らの成果を同列に置き、どれも“同じように正しい”とするのはまるで科学的な態度ではない。
このように成熟度を違える諸研究の内的連関の解明に挑んでいるのが本書である。その成果の一端を乱暴に縮めて紹介すれば次のようになる。
『イギリスにおける労働者階級の状態』(第一講)は、産業革命後のイギリス社会を、労働者階級の苦難と成長を軸にとらえる大作だが、資本主義社会の諸悪の根源を競争に見出すなどの理論的な未成熟をもっている。
『ドイツ・イデオロギー』(第二講)は、史的唯物論の形成をもって科学的社会主義が確立される、その歴史的舞台となった草稿である。社会の中での生産諸関係の位置づけ、土台の矛盾と上部構造での闘争、未来の生産諸関係の存在条件など、多くの究明成果が一挙に溢れだす。だが経済理論は依然未熟なままであり、全体はドイツ哲学批判をスタートとせずにおれなかった。
『共産党宣言』と『共産主義の諸原理』(第三講)は、科学的社会主義を理論的基礎とすることで、従来の共産主義運動を一新した共産党綱領の最初である。多数者革命、労働者階級による権力の掌握、生産手段の社会化、革命に先行する進歩的改革の支持など、重要な政治実践上の指針が誕生するが、同時に未来社会における生活手段の私的所有に注意が及ばないなどの限界もあった。
「新ライン新聞」と“革命三部作”(第四講)は、史的唯物論を48年革命やその闘いの総括に生かし、「政治的闘争を、経済的発達から生じた現存の社会階級および階級分派間の利害の対立に還元する」という現代史の唯物論的な解明を、実に柔軟で内容豊かに展開する。そこにはできあいの型紙の適応はない。
『経済学批判』への「序言」「序説」(第五講)は、『資本論』に直結する時期の研究だが、具体的な内容の展開以前に一般的諸規定を述べようとした「序説」の構想は失敗し、他方『経済学批判』執筆後の「序言」は史的唯物論の内容豊かな定式を示す。ただしその定式は、学問世界への登場の仕方という戦術的な配慮から、階級や階級関係の展開を含まぬものとなっていた。
各種新聞をつうじた国際的政論活動(第六講)は、史的唯物論や経済学を鍛え、来るべき革命運動の政治戦術を準備するものとなる。ロシアの膨張を支えたイギリス外交の影、中国侵略の糾弾、スペイン革命史、インド研究、南北戦争論、景気循環の研究など当時のあらゆる大問題に、限られた史料から大胆な結論と、その後の見通しが与えられる。
本書の全体を大きく見る時、『ドイツ・イデオロギー』の諸草稿の“不破流”の読み方や、それぞれの時期を代表する諸著作相互の関連の分析に加え、いまだ『古典選書』に含まれない諸研究を検討する第四・六講が挟み込まれた点にも注目がいる。
マルクス、エンゲルスの生涯が実例をもって示したように、社会変革の指針たる科学的社会主義には、何より“現代”の解明への挑戦が求められる。個々の概念や理論の体系を、何か閉じられたものととらえるのではなく、それを今日の日本と世界の解明と変革に活用し、さらに成長させていくこと、それこそが科学的社会主義の魂を学ぶことだという著者の強調点がそこに見えているからである。
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