以下は、日本共産党『前衛』2009年6月(第843号、09年6月1日発行)、179~180ページに掲載されたものです。
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マルクスの理論の全体像-革命家ゆえの革新と幅の広がり
不破哲三著『古典への招待(下巻)』
マルクスとエンゲルスの代表的な著作を年代順に検討し、マルクス理論の全体像をマルクスの歴史の中で読んでいくという、この著者ならではの試みの完結巻である。
この本が取り上げていない『資本論』についても、すでに『エンゲルスと「資本論」』『マルクスと「資本論」』『「資本論」全3部を読む』などの積み重ねがあり、これらをあわせて読めば、マルクスの理論の文字通りの全体像が、止むことのない自己革新を特徴とする知的生涯の中に浮き彫りとなる。
マルクスを科学の目で読み解く上で、これはきわめて意義の大きな仕事といえる。
この巻に収められたのは、いずれもエンゲルスの著作についての講義である。私なりに印象的な論点をまとめておけば次のようになる。
〔第一三講〕『反デューリング論』(一八七六~七年)では、第一二講『空想から科学へ』が検討した総論部分を除き、デューリングとの論戦の諸章が対象となる。
観念から現実を導くデューリングの「アプリオーリ主義」あるいは「イデオロギー的方法」には、自然科学の具体的な到達にそくした生きた唯物論の姿が対置され、「強力」が歴史や経済の最大の原動力だとする見地には、軍事や政治と経済との具体的な関係の分析の上に立って、経済こそが歴史の土台であると批判を加える。
デューリングの経済学に対しては、『資本論』第一部の価値論や剰余価値論などが活用され、またマルクスが原稿を書いた経済学史の部分には、他の文献にない独自の論点が含まれる。
さらに資本主義の生産様式は良いが分配様式は悪いとする見解に、エンゲルスは自身の社会主義論を十分先に展開したうえで鋭い批判を行っていく。
本書内容はきわめて豊かである。
ただし、恐慌や資本主義の根本矛盾についてはマルクスの理解に及ばぬところがあり、社会主義への過渡期における貨幣経済の役割では、マルクスと見解の異なるところもある。
この講が下巻のおよそ四割を占めている。
〔第一四講〕マルクスは1883年に亡くなるが、『家族・私有財産・国家の起源』(84年)は、モーガンの原始社会論に関するマルクスのノートにもとづく、エンゲルスによる「遺言」執行の著作である。
『反デューリング論』では原始社会の女性は無権利状態だったとされたが、ここでは、原始社会における女性の高い地位が私有財産の発生によって失われていくという「世界史的な敗北」の論理が示される。
また国家の起源の問題でも、原始の共同の機関が支配の機関に転化したというそれまでの見解は変更され、諸階級への社会の分裂により国家が社会の中から初めて生み出されるという新たな認識が示される。
家族史や国家起源史の描写には、今日的な補足が必要なところもあるが、原始社会および人類史の構成に対する理解を大きく深めた点で、この著作は科学的社会主義の発展に重要な意義をもつ。
〔第一五講〕『フォイエルバッハ論』(88年)は、マルクスとエンゲルスの多くの著作にあって、科学的社会主義の世界観を系統的に解説した唯一のものとなっている。
題名が与えるイメージに反し、論じられる事柄の中心はヘーゲルからマルクスへの世界観の革新である。
フォイエルバッハには踏み込むことのできなかった人間社会の唯物論的な研究は、ヘーゲル哲学の解体を決定的なものとする。
その際の史的唯物論の定式化は、もっぱらマルクス個人によっていた。
エンゲルスはここで、マルクスの史的唯物論を、歴史をつくる大きな人間集団の動機の形成という独自の視角から、説得力豊かに解説し、また上部構造論についても、経済的基礎からの見かけ上の独立性という「イデオロギー」論の見地から、他の文献にはない詳細な展開を試みている。
〔第一六講〕最後に取り上げられる『エルフルト綱領批判』(91年)は、ゴータ綱領の16年ぶりの改定に際して示された「ドイツ社会民主党綱領草案」への批判である。
エンゲルスは、党執行部が隠し通そうとしたマルクスの『ゴータ綱領批判』を公表し、その後の全党討議をつうじて新綱領からラサール主義の影響を除いていく。
しかし、12年間の社会主義者取締法が植えつけた「恐怖症」的日和見主義は深刻で、エンゲルスの批判に反し、民主共和制の樹立に向けた専制政治の転換を綱領に明記することは避けられた。
その後、第一次大戦の勃発に際してこの日和見主義は、「祖国擁護」の名で帝国主義戦争を推進するところにまで肥大化する。
以上をもって、全3巻に及ぶ講座の全体は終了となる。
止むことなきマルクスの探究は、どの段階にあっても成熟の度合いを違えた姿を見せるマルクス自身の歴史を生み出し、その探究の成果は世界観、経済理論、未来社会論、革命運動論などの独自の発展と相互の深い一体性を形づくった。
こうした特質を根底で統一させるのは、若き日々から一貫するマルクスの革命家としての人生である。事柄のこの側面への理解なしに、マルクスの理論を正確に読み、現代に発展的に生かす力を身につけることはできない。
結びにふくまれた著者の簡潔な指摘の中から、われわれが学ぶべき最も重要な論点のひとつはここにある。
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