以下は、『子どもと教科書全国ネット21NEWS』2012年10月15日、第86号に掲載されたものです。
----------------------------------------------------------------
まるで成り立たない橋下市長の「慰安婦」発言
-「2007年の閣議決定」は「河野談話」を見直していない-
〔橋下市長が「慰安婦」問題で語ったこと〕
「維新の会」の代表である橋下・大阪市長は、8月21日の記者会見で「(慰安婦の)強制連行の事実があったのか、確たる証拠はないというのが日本の考え方で、僕はその見解に立っている」「慰安所はあったのかもわからないけど、慰安婦が軍に暴行、脅迫を受けて連れてこられたという証拠はない。あるなら韓国にも出してもらいたい」と述べました。
また8月24日には、➀「2007年の閣議決定」で「慰安婦」の強制連行を裏付ける直接の証拠はないことが確認されている、➁「河野談話」を「見直す」か、閣議決定が「間違って」いるかの「どちらか」だ、➂「決定」は「談話」より上であり、「2007年の閣議決定」こそ「日本政府の決定」なのだと述べて、「河野談話」の見直しを押し進めようとしました。
私も参加している「『慰安婦』問題の解決に向けた意見書可決をすすめる会」(共同代表/安達克郎〔茨木診療所所長〕・石川康宏〔神戸女学院大学教授〕・西欣也〔甲南大学教授〕)は、前者の発言に対して、ただちに「日本軍による性的暴行の被害者である元『慰安婦』を侮辱し、この国の進路を危うくするものであるとの理由」で「抗議文」を発表し(http://nanumu.blog59.fc2.com/blog-entry-278.html)、また後者については「2007年の閣議決定」の具体的な検討にもとづく詳しい批判文を明らかにしました。
橋下氏の事実誤認と論理の破綻について、ここでは特に「2007年の閣議決定」の内容理解にしぼって指摘します。
〔3月16日の閣議決定は「河野談話」の継承を明言している〕
政府のホームページを見ると、2007年に開催された閣議は全部で105回となっています。
その中で、直接「慰安婦」問題にかかわった案件は9件ですが、それら9件の決定の中で、今回の橋下市長発言の根拠になりそうなものは、3月16日の閣議決定(答弁第110号、※国会議員からの質問に対する政府の回答を確認したもの)の次のアンダーラインの箇所だけでした。他には、ひとつもありません。
「お尋ねは、『強制性』の定義に関連するものであるが、慰安婦問題については、政府において、平成三年十二月から平成五年八月まで関係資料の調査及び関係者からの聞き取りを行い、これらを全体として判断した結果、同月四日の内閣官房長官談話(以下「官房長官談話」という。)のとおりとなったものである。また、同日の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである。
調査結果の詳細については、『いわゆる従軍慰安婦問題について』(平成五年八月四日内閣官房内閣外政審議室)において既に公表しているところである・・・」。
これだけだと「両論併記」のようにも見えますが、「決定」全体を読めば、これが「河野談話」を否定しようとしたものでないことは明らかです。
なぜなら、同じ「決定」は、➀「慰安婦」問題に関する「政府の基本的立場は、官房長官談話を継承しているというもの」だと明快に述べ、さらに、➁「官房長官談話は、閣議決定はされていないが、歴代の内閣が継承しているものである」、➂「慰安婦」への謝罪については「官房長官談話においてお詫びと反省の気持ちを申し上げているとおりである」と繰り返しているのですから。
「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」。それにもかかわらず、日本政府は「河野談話」を「継承」する。これが3月16日の「閣議決定」の論旨です。この「決定」を理由に「河野談話」の見直しをすすめようとする橋下市長の発言は、まるで成り立つものではありません。
〔4月20日の決定は「本人たちの意思に反して」を再確認〕
さらに問題を橋下市長が注目した「強制連行」の有無にしぼれば、4月20日の「閣議決定」(答弁第169号)は、次のようにその「強制性」を認めています。
「(河野談話は)政府において、平成三年十二月から平成五年八月まで関係資料の調査及び関係者からの聞き取りを行い、これらを全体として判断した結果、当該談話の内容となったものであり、強制性に関する政府の基本的立場は、当該談話のとおりである」。
これは「強制連行」をめぐる国会議員からの質問に対する答弁であり、ここにいう「強制性」が、「連行」の強制性を指していることは明らかです。
もともと「河野談話」は、政府諸機関に残された文書資料だけでなく、「元軍人等関係者」や「元従軍慰安婦の人たち」からの聞き取りの他、米国公文書の調査、沖縄の現地調査、さらに内外の多くの文献も参考にしてまとめられたものですが、この日の「決定」は、「河野談話」の発表までに「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述」が「見当たらなかった」(3月16日閣議決定)としても、「全体として判断した結果」、「強制性」については「河野談話」の指摘のとおりなのだとしているわけです。
このように「2007年の閣議決定」は、橋下発言とはまるで逆のことを確認していました。
念のために「河野談話」が、「慰安婦」の連行に関する「強制性」にかかわって述べた箇所を確認しておきましょう。
「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」。
これが「2007年の閣議決定」により「政府の基本的立場」として確認された内容です。
〔国が受諾した裁判の判決にも〕
他にも、同じ4月20日の「閣議決定」(答弁第168号)や、6月5日の「閣議決定」(答弁第266号)は、中国やインドネシアでの個別の事案にかんする極東軍事裁判所やバダビア臨時軍法会議の判決について、国はこれを「受諾」しており、「異議を述べる立場にない」と述べていますが、これらの判決はいずれも女性たちの強制連行を認定したものとなっています。
さらにいえば、9件の「閣議決定」は、一つ残らず「河野談話」を政府の基本的立場として継承することを表明しています。
字数の制約によりここで述べることのできない細部については、9件の「閣議決定」を1件1件具体的に検討した「『2007年の閣議決定』はいずれも『河野談話』の継承を明示している-『河野談話』の意義を低める橋下市長発言(8月24日)の誤りを正す」のフルサイズ版(http://nanumu.blog59.fc2.com/blog-entry-282.html)をご覧ください。
私たちは、冒頭に紹介した「抗議文」と「2007年の閣議決定」を確認したこの文書を、同じ次の文章で締めくくりました。
「日本の政治家の責務として、橋下市長には『慰安婦』問題の歴史と関連する戦後政治史の事実、さらには戦時性暴力の克服をめざす現代国際社会の努力を、広く、しっかり学んでいただくことを要望する」。
橋下氏が、今後国政進出をめざすというのであれば、その「責務」はますます重大となることを、あらためて厳しく指摘しておきたいと思います。(9月9日記)
最近のコメント