「共闘」を守り進んだこの場から、さらに前へ
全国革新懇代表世話人・神戸女学院大学教授 石川康宏
※一部誤字を修正しました。
〔「共闘」破壊をねらった二度目の策謀〕
「全国革新懇ニュース」(2017年11月号)にも書かせていただきましたが、今回、希望の党を活用した謀略が出てきた瞬間に、最初に思い浮かんだのは1980年の社公合意のことでした。フロアが若い人ばかりの場合には詳しい説明が必要なのですが、今日おられる皆さんは、じっくりとそのときを過ごしてきた方がほとんどのようですので、それはあまり必要ないですね。
私には穀田さんの後輩として京都で活動していた時期があります。私が立命館大学の学生だったころ、京都府庁に「憲法を暮らしのなかに生かそう」という垂れ幕がかけられていました。蜷川虎三さんというすごい名前のすごい知事がおられて、私は防衛隊にもよくかり出されたものでした。行政自身が憲法どおりの政治をしようと訴える、いまとは大違いの政治があったのでした。それを支えたものこそ今風の言葉で言えば「市民と野党の共闘」の地方版でした。
60年代、70年代と全国にその「地方版」が広がり、1975年には全人口の43%が革新自治体、つまり「福祉が大事だ」「教育が大事だ」「企業のやり放題は許さない」という自治体に暮らすまでになりました。それへの逆流として社公合意による「市民と野党の共闘」の破壊という謀略が行われたのでした。当時「共闘」の中で野党の中軸を担っていたのは共産党と社会党でした。共産党は戦前もがんばりぬいた「確信犯」なので、そう簡単につぶれそうもない。そこで、社会党に白羽の矢が立てられたのでした。1980年に「共産党とはもう組まない」という合意を、公明党が社会党とのあいだにつくり、それから社会党を右へもっていきます。これが社公合意でした。
民進代表の前原さんは、いまも「共産党とは組まない」と言っていますね。まったく同じ策謀でした。そうした激動の中で、政党の動向に左右されずに市民と野党の共闘を発展させようということで、1981年に結成されたのがこの革新懇でした。
今回2度目の大がかりな分断策として、希望の党が活用されましたが、見ておくべきことのひとつは、それが「市民と野党の共闘」が再び大きな力を発揮するようになったことのいわば結果であったということです。それが支配体制にとって非常に大きな脅威になった。だからこその策謀だったということです。希望の党がどう準備され、民進の解体がどう企まれたについては、現在進行形でいろいろ情報が出てきているようですが、はっきりしているのは、それが自民党政治の継続を前提に、一番脆い野党であろう民進を解体して「市民と野党の共闘」を破壊しようとするものだったということです。
〔「共闘」を守り抜いていく市民の力〕
しかし、柳の下に二匹目のドジョウはいない。今回の策謀を聞いた時、私のあたまに浮かんだもうひとつのことは「二度目はそううまくはいかない」というものでした。そう思えた最大の理由は、80年当時とは質の違った市民運動の成熟です。有権者・市民はそう簡単にだまされはしない。そう簡単に分断されはしない。この運動を守り抜く力を、市民運動はすでに身につけていると思ったのです。
(スクリーンを差し)これはあの瞬間に、私がTwitterで発信したものですが、「民進がどうあれ、希望がどうあれ、市民と立憲野党の共闘をすすめていくことこそ、安倍政権打倒への本道です。民進の党員・サポーターの皆さんにもこの大義に踏みとどまる方がたくさんおられるでしょう。(このフロアには、踏みとどまってもらうためにずいぶんご苦労された方も多いと思いますが)。ますます本道を太く広げていきましょう」。
このフライヤーは大阪でのものですが、大阪では「政党の離合集散に惑わされることなく、これまで通り7項目合意を貫く政治を押し進めよう」という街頭宣伝が、若い人を中心にして直ちにJR梅田・ヨドバシカメラ前で行われました。それは全国で行われましたが、それは、そのことを可能にする力を各地の運動がすでに身につけていたことの現れでした。ものごとを中央任せにせず、その地域のカラーに合わせた「市民と野党の共闘」をつくる取り組みが、今回の策謀以前に行われていたのです。フロアにも「自分の地域はこうだった」「私たちはこうやった」と発言したい方がたくさんおられるでしょう。この写真は滋賀県での取り組みです。中央がどうあれ滋賀では統一しなさいという野党各党へのはたらきかけです。こちらは熊本です。これは秋田です。かつて「保守王国」と呼ばれた地域でも、活発な取り組みが展開されています。
そのなかで「市民連合」も見解を発表しました。我々はあくまで7項目の基本政策を実現する政治を目指しているという本筋を再確認した上で、その線で考えるなら「希望」を共闘相手にすることはありえないとして、他方、民進の動きにはまだ紆余曲折があると言い、そして「市民と野党の共闘」を力強く再生させる可能性を模索しようと呼びかけました。
〔枝野立て、共産の英断、「共闘」勢力の前進〕
私は、こうして全国各地で展開されたより成熟した市民運動の力こそが、立憲民主党を作り上げたと思っています。6年前には「枝野寝ろ」とずいぶん言われたことがありましたが、今回は「寝ろ」ではなく「枝野立て」という激励の言葉がネット上に山のように飛び交いました。「いつ立つんだ」「今日じゃないのか、明日なのか」と強い切迫感をもって背中を押した声でした。
この点で注目されるのは、ついに立ち上がった枝野さんが、立憲民主党は「権力ゲーム」にのって、政策を曖昧にすることはしないと表明せざるを得なかったところです。政権につくことだけを目的とした合従連衡はしないということです。これを明快に語らせた力は、なんといっても事前にあった7項目の合意でした。これを実現するためにこそ市民運動はがんばってきたし、民進もこれに合意してきたじゃないかという市民が野党にはめたタガです。議員一人一人の腹を探れば、本心があやしい人もいるかも知れない。しかし「議員は選挙で変わる」し、さらに日常の活動を通じても変えていけます。
立憲民主党の立ち上げに際して、見事だったのは、ここに穀田さんがおられるから言うわけではありませんが、67人の候補者をあの急場で自らおろしていった共産党の英断でした。これが「市民と野党の共闘ここにあり」と、一旦解体されたかに見えた「共闘」の具体的な姿を有権者に示し、新しい野党の共闘を深めながら、「共闘」勢力全体の選挙での前進を可能にしました。これを英断と評する声は、むしろ固い共産党支持者以外の中に強いように思います。この写真では、志位さんと枝野さんが街頭で握手をしていますが、ネット上ではたくさんの人に大歓迎され、リツイートされたものです。この瞬間、この図をつくる上で、共産党が果たした役割は非常に大きかったと思います。
選挙結果はいろんな角度から見ることができるでしょうが、政党別で見れば、自民・公明の政権与党は前回比で13議席減っています。ついに公明も減り始めました。安倍暴走政治の応援ばかりでいいのかという、公明内部の矛盾の現れでしょう。続いて関西では維新、それと同類の希望、この政権補完勢力も公示前に比べて10議席の減です。これで希望が野党第一党になり、改憲勢力の2大政党制をつくるという目論見は完全に失敗しました。以上、同じ穴の狢(むじな)の合計は23議席の減となります。「減」に追い込んだのは、選挙の直前にあれだけ大がかりな謀略を仕掛けられたことに耐え抜き、これを跳ね返していった「市民と野党の共闘」の実力でした。立憲・共産・社民の「市民と野党の共闘」は31議席の増です。共闘の発展を願う力と行動の成果でした。各地、各地での自発的な行動の成果でした。昨日の全体会での発言にも「突然候補者がいなくなった。本当に困った」という話がたくさんありました。それに現場ごとに対応していく力があった。これは、すばらしいことだと思います。
他方、大変残念なことは「共闘」勝利の立役者である共産党の議席が半減したことです。比例で20議席から9議席も減らしてしまった。実は一昨日の夜、その議員バッジを外さざるを得なくなった堀内照文さんの「いったんお疲れさま会」に参加してきました。居酒屋でのごく少人数での集まりでしたが、とても優秀な、私の年代から見ればまだ「若者」です。ああいう優秀な若い議員をたくさん落してしまったことはとても残念です。おひらきの後の店の前での最後のあいさつは「また国会に行こう」としましたが、できるだけ早くこれを実現したいと思います。
〔前へ──7項目、3000万署名、連合政権の構想を〕
これからの政治をどうすすめるかについて、いくつか思いつきを並べさせてもらいます。
一つは、7項目合意を実現するための国会内外での取り組みを直ちに大きくすすめる必要があるということです。「共闘」勢力が増えたことで、政治に変化が出てきた、希望が見えてきた、そう思える国民的な体験をつくりだすことが必要です。それはさらに「共闘」の輪を広げ、議員や政党を鍛えることにもなるでしょう。
とりわけ腹をすえてかからねばならないのは、7項目合意の第一項目「安倍9条改憲は許さない」ということです。周辺ではすでに3000万署名が始まっていると思いますが、3000万の数は、現在の「市民と野党の共闘」の枠に留まっては到底実現できるものではありません。「私は保守だが、今の安倍改憲はまずいと思う」。そう考える一層広い市民との対話が必要です。その取り組みをはげます、これまで以上に枠を広げた企画も必要でしょう。大いに工夫していきたいところです。
二つめに、注意しておきたいのは、無所属の会や、参議院の民進、それからつぶれていく希望の党を抜け出す元民進党議員、こういう人たちとどう手をつなぐかということが新たな課題になってきますが、そこで7項目の合意を曖昧にしないということです。安直な2大政党制論や権力ゲーム論の復活は許さない、「共闘」は政治を変えるという本筋の取り組みのためにこそある。この線をブレさせないことが必要でしょう。
三つめに、「市民と野党の共闘」は、もちろん、立憲野党を永遠に野党のままにすることを目的としているわけではありません。7項目の本格的な実現には、その達成を課題にかかげる立憲政権の実現が不可欠です。市民と野党の共闘で立憲の連合政権をつくっていく。そのための構想を豊かにつくっていくことが必要です。
個別の政策ではまったく支持されない安倍政権が、選挙では相対的に多数になる。その大きな理由のひとつは国の形についての魅力的な対案が打ち出されていないということです。ここを打開していく必要がある。この政策づくり、政権構想も、中央まかせにする必要はなく、各地の要望、各地の課題に真剣に取り組む政府を、自由に語り合う。それが入り口でいいと思います。主権者・市民は中央にいるのではなく、全国の各地域にいるのですから。
くわえて革新懇の独自の役割も重要です。革新懇は、暮らし、平和、民主主義をめぐる3つの共同目標を実現する政治をめざしていますから「私たちはこういう方向が、豊かに安心して暮らせる政治のあり方だと思います」と、今まで以上に強く打ち出すことが必要ですか、それは現在の多くの市民の願いにも合致するものとなり、共感を広げうるものになっていると思います。
〔労働組合、若者との接点、共産の前進を〕
四つめは、あまり強調されないことですが、労働組合運動の強化です。7項目合意の中にも、8時間普通に働いたら暮らせるルールをといったことが入っていますが、その実現のためにも労働組合に入ろう、労働者の権利を守る労働組合を強くしようという取り組みが切実に求められていると思います。これを正面から議論する必要がある。
労働組合を名乗りながらも「連合」の執行部が、私たちの新しい政治をめざす取り組みのむしろ大きな障害となっている。そのことは「共闘」に集まる人の中では、広い共通認識となっています。しかし、それは労働組合本来のあり方ではない。「共闘」の中では「総がかり」がきわめて重要な役割を果たしている。そういう認識が広まるなかだからこそ、労働組合とは本来どういうもので、日本の運動にはどういう課題があるのか、そこをしっかり議論する必要があると思うのです。
日本の運動の現状に即していえば、それは資本から独立し、政党から独立し、要求で団結するものでなければならない。政党からの独立についていえば、「連合」執行部のように上意下達で組合員に「あの政党を応援しろ」というのは、決してあってはならないことです。それは「個人の尊厳」を踏みにじる行為です。この点は「連合」とつきあいの深い立憲民主党にも、よく考えてもらいたいところです。
五つめは、これらの取り組みをもっと多くの若い世代と連携してすすめるにはどうすればよいかという課題です。取り組みをしている側からすると「若者への接近」となるわけですが、この言葉の意味を取り違えてはいけないと思います。「接近」するということは「取り込む」ということではありません。何よりも広く「接点をもつ」ということです。
若い世代にとって魅力的な企画、運動をすすめる。そこに若者が自分の意志で参加する、かかわりをもとうとしてくる、そういう関係をどうつくるかということです。たった一人、身近に若い人がいるということでそれを全力で「取りこみ」にいくといったことになれば、なんて厄介なおじさんおばさんなんだろうということにしかなりません。むしろ若い世代に「あの団体はヤバイぞ」と、警戒心を広げる逆効果にしかなりません。
魅力的な行動や企画への呼びかけ、「どうぞどなたでも参加してください」ということです。そして、そこに参加してくれた若者と繰り返し接点をもち、互いを知り、信頼感を醸成していく。その粘り強い取り組みが必要です。よびかけの手段は、なんといってもSNSです。私は、もう10年くらいSNSに取り組みましょうと行ってきましたが、これがベテランの大きな壁になっていますし、ベテラン主導の運動の一つの限界になっています。若者と本当に接点をもちたいと言うのであれは、まずやってみてください。挑戦するなんておおげさにかまえるようなことではありません。先生は、子どもや孫でいいのですから。
昨日の全体会で青年革新懇の方が「私たちは発言権が小さい」と言っていました。これはいろんな若者から聞くことです。さすがに発言の機会がないところは少ない。しかし、話の中身を検討してもらえない。おじさん、おばさんが「言わしたる。でも、わしは全部わかっている」という顔をしている団体です。こういう現場で若い世代にもっとも嫌われるものの一つが、こういう「私は答えを知っている顔」です。それでは若い人たちが取り組みの主人公になれません。
私たちの運動やネットワークは個人を従えさせるためにあるのでなく、個人の願いを叶えるためにあるはずです。そこをあらためて確認してほしいと思います。「次の企画は若い人にまかせる。ベテラン組は縁の下の力持ちに徹する」。それくらいの勇気を発揮してほしいと思います。
若者の保守化が言われますが、年代別の絶対得票率で見ると、自民党に投票している人の割合は若いほど低くなっています。むしろ政治にあきらめをもっている、期待していない、どうかかわっていいのかわからないという人が多数ではないかと思います。
最後の六つめですが、私の職場の先輩でもあった内田樹さんは「今回の選挙は立憲にはカンパ、社民にはカンパ、そして、やせ我慢でがんばる共産党に1票」と発信していました。「共闘」を支えるひとつのうれしいあり方だと思います。とは言え、共産には、このままずっと痩せ続けられたのでは困るわけです。「市民と野党の共闘」のなかで一番頼りになる政党なのですから。今回の選挙は緊急事態でしたから、昨年の参院選につづいて共産党が一方的に候補者を降ろすということになりましたが、本来は共闘する者たちが互いに支援しあうというのが当然です。この当然の考え方を市民運動のなかに広げていくということも大切ですし、また共産党自身が今回のような緊急事態にも揺らがないという大きな力を身につけてほしいと思います。以上です。
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