板垣恭介『明仁さん,美智子さん,皇族やめませんか』(大月書店,2006年)を読み終える。
「エライまた挑発的な」と思えるタイトルである。
しかし,内容は副題「元宮内庁記者から愛をこめて」にあるとおり。
記者として知り得た情報を中心に,むしろ現天皇・皇后の等身大の苦悩が描かれる。
昭和天皇は,絶対的な権力をもって侵略戦争を指導し,敗戦時にも「国体護持」の名で自己保身を最優先した。
その父に比べ,現天皇「明仁さん」は,いかにも戦後の政治にふりまわされる。
さらに皇后「美智子さん」には,「民間」出身を理由とした「身内」のひどいイジメさえもがあったという。
同じことは,現皇太子世代にも引き継がれているらしい。
それにしても「民間」から「美智子さん」を招くにいたる,皇室の乳児死亡率はすさまじい。
第120代仁孝天皇は15人の子どものうち,12人を3才までに亡くしている。
第121代孝明天皇は6人の子どものうち,同じく5人が早死である。
第122代明治天皇は15人の子どものうち,やはり10人を3才までに失っている。
成人した5人の唯一の男性が第123代大正天皇となる。
だが,その大正天皇も幼いころから虚弱で,わずか47才で亡くなってしまう。
これらの天皇に,子どもの数がとても多いのは,まわりに公式の「お妾さん」がたくさんいたから。
たとえば大正天皇は明治天皇の「お妾さん」(典侍・柳原愛子)の子どもで,昭和天皇はその「お妾さん」の孫である。
それにもかかわらず,天皇は「神聖にして不可侵」な存在であることを疑われることはなかった。
それは,「万世一系」があくまで男の血筋だけを問う建て前となっているから(「男系主義」)。
〈女の血など天皇家の「神聖」を左右する力をもつものではない〉というわけである。
戦後になり,皇室の危機的な「血の衰弱」を打破するために,元皇族・華族にこだわらない,新しい「血の導入」がはかられる。
そうして選ばれた最初の「民間」出身皇族が「美智子さん」。
見たように,「民間」であれ,元皇族・華族であれ,女の血は天皇の「神聖」に無力である。
ところが,「美智子さん」は〈平民だから〉という理由で,義理の母(香淳皇后,昭和天皇の妻)に最後まで存在を無視されつづけたという。
皇室の人間模様も泥臭い。
なるほど,今日,天皇であり,皇后であるということは,何よりご本人にとって大変に荷の重い,やっかいなことになっているらしい。
天皇・皇后と直接に言葉をかわしたこともある著者が,「皇族やめませんか」と「愛をこめて」呼びかけたくなるのもうなずける。
問題は「象徴天皇制」の制度である。
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