ジェンダーを考える
--家庭の役割をふくめて搾取解明したマルクス--
神戸女学院大学・石川康宏
http://web.digitalway.ne.jp/users/walumono/
私が,ジェンダー(=歴史的に形成される男女の社会的関係)の問題を考えるようになったのは,女子大である今の職場に就職してからです。
学生が就職活動で差別され,卒業生が就職先で差別を受ける。
セクハラの被害で転職を余儀なくされた卒業生もおり,その度ごとの憤りの積み重ねが,現代社会を論ずるときに,性による差別やより幅広い社会的な性別分業を語らないわけにはいかないと,そう思わせる力になってきました。
●女性の置かれた現段階を知れば
労働運動は労働者の状態から出発するとは良くいわれることですが,女性たちのおかれた社会状態は男性以上に複雑です。
企業の中の性差別,必ずしも十分とはいえない労働組合等の理解,望まない専業主婦がもたらす経済的・精神的な不安,日常生活におけるセクハラ,DV(夫・恋人からの暴力),性犯罪といった暴力被害の可能性など。
かつてエンゲルスは『空想から科学へ』でフーリエにふれながら,「ある社会における婦人の解放の度合いが全般的な解放の自然の尺度である」と述べましたが,あらためて,女性解放の現段階は具体的にどのような問題を解決の課題としているのか,そこを良く考える必要があると思います。
●『起源』の理論の現代的な発展が
科学的社会主義の学説は,ジェンダーの概念と相容れないものではなく,むしろその領域での先駆的な解明の実績をもつものです。
男女の社会的な関係の変化が,経済を土台とした社会全体の大きな変動とつながっていることを,初めて明らかにしたのはエンゲルスの『家族,私有財産および国家の起源』でした。
それはマルクスの「古代社会ノート」を活用して書かれたものです。
また,マルクスの賃金論については,男性労働者が家族全員を養うための「家族賃金」をいつでも手にするべきだという「家族賃金思想」にとりつかれているとする批判がありますが,それは『資本論』を歴史のなかで正確に読んだものとはいえません。
ただし,それらの研究から,すでに100年を超える時間が流れています。
これらの理論にも現代的な発展が求められるのは当然です。
『起源』については,特に生産力の発展とエンゲルス等が主張した社会改革の取り組みによる,その後の資本主義の変化をどう取り入れるのかが問題です。
たとえばエンゲルスは女性解放の条件として,女性の公的産業への復帰や私的家政の社会的産業への転化をあげ,これは未来社会で達成されると考えました。
しかし,すでに北欧の女性労働力率は80%をこえ,日本より年間700時間ほども短い労働時間や,充実した社会保障が,労働と家事の平等に必要な物的条件を広げています。
こうした変化がある以上,資本主義の枠内で男女平等の何が実現可能であり,何が未来社会を必要とするのか,そこをリアルにとらえかえす作業が大切となっていると思います。
●理論的豊かさに新しい光あてる
他方で,『資本論』には,資本主義におけるジェンダーを考えるたくさんのヒントがあると思います。
それをしっかりつかみとることが大切です。
たとえばマルクスによる資本主義的搾取の解明には,労働者家庭が労働力の生産(体力の回復)と再生産(生殖と子育て)の場として役割をはたしているという分析がふくまれます。
「男は仕事,女は家庭」型のいわゆる「近代家族」が日本で広く労働者家庭に普及するのは高度成長期のことですが,そこには「家庭をかえりみる」ゆとりをゆるさない男性労働者への徹底した搾取と,その労働力の確実な再生のために,結婚・出産退職や若年定年制で女性を強制的に「家にかえす」財界の意図的な戦略がありました。
家庭の役割を視野にふくめたマルクスによる搾取の解明は,企業社会での深刻な女性差別と大量の専業主婦の形成,過労死を生む世界的にも異常な長時間労働の並存を,こうして統一的に理解させます。
それは,今日における家事労働や専業主婦の社会的地位を科学的にとらえる基本見地を与えるものともなっています。
ジェンダー視角からのマルクスの読み直しは,この領域におけるマルクスの理論的豊かさに,新しい光を当てるものになるでしょう。
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