「女性の働きづらい社会はどうつくられたのか?」
神戸女学院大学・石川康宏
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1・学生・卒業生の悩みから
私のつとめる女子大では,2月にもなると3年生たちが就職活動に大忙しです。大人社会への入り口に立ち,不安もあれば期待もあるという一時期ですが,女性が働くことは大変です。第一に,そもそも仕事の数がたりません。第二に,募集・採用の差別があります。第三に,就職しても昇進・賃金等の差別があり,ひどい場合は結婚退職の強要も。第四に,セクハラや性暴力による被害も深刻です。さらに,がんばって働いても,恋人や夫の転勤で職を失うことが少なくない。辞令一枚でとばされる男性も大変ですが,巻き込まれて職を失う女性も大変です。引っ越し先での再就職では,収入は減ってしまうことが多いようです。
先輩たちのこんな苦労を授業で話すと「やっぱり専業主婦になりたい」といった声も聞こえてきます。しかし男性サラリーマンで年収1080万円以上は0・7%,年収540万円以上で17・3%にしかなりません(04年,厚生労働省)。しかも年収の高い人には年輩の人が多く,若い人のパートナーにはなりづらい。ここまで話すと学生たちも「自力で生きる」ほかなくなります。かすかに期待を残す「玉の輿」にも,離婚の可能性があることを知っているのですから。
2・家族による共同労働から女性労働者へ
いまのような女性に働きづらい社会はどうつくられたのか,そこを大きな視野でとらえてみます。私たちは,職場で労働力(働くエネルギー)を発揮し,その代金として受けとる賃金で生活の大半をまかなっています。これが労働者です。この労働者がたくさん生まれてくるのは,資本主義になってからです。資本主義は,日本では20世紀の初めに成立しました。ちょうど今から100年ほど前のことです。最初に発達したのは繊維産業ですが,そこでは「女工」と呼ばれる若い女性がたくさん働きました。半ば奴隷的なきびしい労働条件と,その中で彼女たちが労働組合をつくって闘った話しは,どこかで聞いたことがあるかも知れません。
とはいえ,この時代の労働力人口――自営業者や資本家も含むすべての働く人々――の大半は,まだ家族労働の農林漁業の分野にいました。多くの女性は重要な労働力の一員として,家族とともに外で働きました。もっぱら家事に専念する「専業主婦」が日本で多数派になるのは戦後のことです。
3・財界による男女労働力の身勝手な活用
1955年から,日本は「高度経済成長」と呼ばれる大企業成長の時代に入ります。この中で憲法どおりの社会ができれば,今日のように働きづらくはなりません。それをはばんだ大きな力は,財界の労働者政策でした。
第一に,経団連など財界団体――大企業経営者たちの組織――は,体力がある男たちに狙いをつけて,徹底的な長時間・過密労働を推進しました。職場は男を中心につくられ,男たちは「エコノミック・アニマル」とか「企業戦士」と呼ばれる,家庭をかえりみるゆとりのない会社人間に育てられます。第一線ではたらく女性の姿がまるで登場しないNHKの「プロジェクトX」の世界です。
第二に,この政策の裏返しとして,女性には「家庭に入る」ことが求められました。劣悪な労働条件の中で,男たちは自分の健康を守ることや,未来の労働者である子どもを育てることができません。そこで財界は,家庭でこれを担当する「専業主婦」をつくります。主婦をつくる具体的な方法は,25才・30才・結婚・出産などを区切りとした女性だけの若年定年制です。若くして職を奪われた女性たちは,結婚して家庭に入るほかありません。
第三に,正社員で働く女性の差別が行われます。女性は男女別の賃金表にもとづき,仕事の能力と無関係に安い賃金でつかわれました。狙いは,①人件費削減と,②自分も低賃金である男性たちの不満の抑制,③さらには男女労働者の団結をはばむということでした。実際,多くの生活時間を男性上位の職場ですごす男性たちには,ストレスのはけ口を女性に求めるゆがんだ意識も生まれがちです。若年定年の圧力に耐えても,女性には長い差別との闘いが必要でした。
第四に,子育てが一段落した女性たちの「パート」としての使い捨てです。
これらの結果,多くの女性の平均的な生涯は,①若い時には正社員として差別されながら働き,②結婚や出産をきっかけに家庭に追いやられ,③子育てが一段落したところで無権利のパートで復職するという「M字型雇用」の形をとっていきます。
こうして日本は男性を中心とする世界最長の労働時間と,とても先進国とはいえない異常な女性差別が同居する野蛮な資本主義となっています。両者は互いに支えあうものとなっています。歴史的・文化的につくられた性差や男女関係のことを,生物学的な性(セックス)と区別としてジェンダーとよびますが,職場における男性上位にも,「オレが食わしてやっている」という家庭のいびつな関係にも,財界の労働者政策は重大な影響を与えています。差別や格差を含む現代日本のジェンダーを「男による女の支配」に解消することはできません。現実を容認する男性意識の改革は急務ですが,それだけでは財界が免罪されてしまうからです。
4・財界との力くらべの中で
その後73年には「高度経済成長」が終わり,75年をピークに女性たちにしめる専業主婦比率は下がります。男性賃金の頭打ちと,「女性にも社会的な活躍の場を」という女性たち自身による呼びかけの結果でした。さらに80年代には共働きがサラリーマン家庭の主流となり,専業主婦は再び社会の少数派となっていきます。
86年には女性差別撤廃へ向けた世界的な取り組みを背景に,男女雇用機会均等法が施行されます。99年には改正均等法が施行され,男女共同参画社会基本法も制定されました。それぞれの法律には不十分さがありますが,男女の平等に向けた市民の願いの高まりは明らかです。差別を許さない女性たちによる裁判闘争も前進しています。しかし,そうした中でも財界は各種法律を骨抜きにし,身勝手な労働者政策をとりつづけようとしていきます。
第一に,財界は均等法に対して「一般職・総合職」などのコース制で対抗しました。それにより「どちらのコースも能力次第」といいながら,実際には「男は総合職」「女は一般職」という男性中心の職場編成を維持しようとしているのです。
第二に,95年に日経連が発表した「新時代の『日本的経営』」は,正規雇用を減らしてパートや派遣を増やし,総額人件費の削減をすすめようとしました。女性たちは急増した不安定雇用の主力と位置づけられ,また能力主義賃金によって組織された労働者同士の競争は,異常な長時間労働を継続させる力となっています。
第三に,99年には均等法改正と抱き合わせで,労働基準法からの女性保護規定の撤廃を行います。「男女平等をいうなら,女も男なみに働け」というわけです。その結果,均等法の改正にもかかわらず,「総合職」に占める女性の比率は改善されないままとなっています。
第四に,男女共同参画社会基本法は,男女の平等に向けた国や自治体の責任を曖昧にしており,財界・大企業の社会的責任も明記されないものとなっています。
5・財界を追いつめる全労働者の連帯の力を
このように振り返ってみると,男女平等の推進のためにも,労働者家族の安心できる暮らしのためにも,急いで行われるべきは,①職場における女性差別の完全禁止,②男女共通の労働時間の短縮(上限規制)――現状は「過労死の男女平等」です,③子育てや介護への社会保障の充実です。これら三つの根本問題の解決に向け,正規やパートの垣根をこえた男女全労働者・市民による連帯と共同の力をつくることが必要です。
財界は平等への願いを逆手にとって,賃金や社会保障の個人化を主張しています。しかし賃金については,家族みんなで生活できる賃金になるのかどうかが問題です。また社会保障の個人化には「自己責任」の取れない子ども・高齢者・障がい者の権利が本当に守られるのかという問題が含まれます。人件費削減や社会保障切り捨てといった財界のねらいを見抜くことが大切です。
06年には,均等法の再度の改正や「男女共同参画基本計画」の改定が予定されています。北欧など男女平等(ジェンダーバイアスフリー)の進んだ社会に学びながら,財界・大企業の身勝手をきびしく追求する取り組みが必要です。大いに闘いの力を強めていきましょう。
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