テキスト第6章「日本はBRICSとどうつき合うのか」を読んでいく。
日本とBRICS貿易、最大の相手は中国、希薄なのがブラジル、ロシアとは中古車をふくむ自動車輸出が好調、中国の人民元高は日中韓の循環に影響を
日本の対BRICS投資、中国以外は大きくない、ブラジルへは資源確保と自動車産業、ロシアへは自動車が優秀な労働力を求めてサンクトペテルブルグへ、インドへは4都市に二輪・四輪生産が集中、中国には沿岸部工業地帯と揚子江沿岸内陸部に全産業で
BRICSに進出する日本企業、出遅れたトヨタ、進出意欲の高いオークマ、森精機製作所、新東工業、急成長の信越ポリマー、拡大戦略の三井化学グループ、販売拠点拡大のダイヘン、小松は建設ブームにのって
日本に進出するBRICS企業の実像、「私の上司はBRICSの人」
技術大国のお株を奪う、航空機・バイオなどでは技術水準に日本と大差なし
韓国が良いお手本-新人教育はBRICSで、比較的成功する韓国、①BRICS市場の位置づけが高い、②現地で人材育成
2種類の商品を準備(廉価品と高級品)
在日BRICSの活用、BRICS進出にあたり在日BRICS人の活用は欠かせない、対日印象の改善が重要、労働条件・学校など
つづいて、日本に進出するBRICS企業の姿に関連して、映像「インドの衝撃 上陸・インド流ビジネス~日本を狙う”製薬大国”」をみる
〔以下、映像についてのメモ〕
インドの企業ルピンが日本の共和薬品工業を買収、業界9位の共和を5年以内にトップ3にする、インドの製薬企業が次々日本に進出
2007年10月共和買収、日本は世界第二の巨大市場、大阪本社・売り上げ80億円、12月インド人幹部をふくめた取締役会、「11月の利益率はなぜこんなに下がっているのか」「在庫調整のため」「今後修正できるか」「年度末にはどれくらいにできるか」「7.8%」、日本側に質問する場面がつづく、インド人幹部に恐れと頼もしさを感ずる日本人幹部、「取締役会らしい取締役会」
インド製薬産業の急成長、なかでもルピン(インド第6位)、得意はジェネリック、製薬の特許は20年(独占的な製造販売、先発薬)、インド企業はジェネリックで世界的な競争力、ジェネリックは研究・開発費が安くなるので、修士号をもつ学生を日本の1/4~1/5の賃金で雇うことができる、世界各地に製品輸出、ルピンの妥協を許さない経営姿勢、目標達成のために結果を求める、①コストの安さ、②結果を厳しく問う経営
日本での薬の見本市にインド企業30社以上、平成24年までにジェネリックを倍に(日本政府の医療費抑制策)、共和もジェネリック製造、業界9位、精神科の薬を主力に、競争激化の中で単独で生き残るのは難しいと判断してルピンの傘下に
インドのジェネリック薬の強さのもうひとつの鍵は特許政策、1970年特許法、海外では特許期間中の薬も国内では自由にコピーを認めると、安い薬の広い普及をめざした法律、75年ルピンが結核のコピー薬を発売、先発薬の半値以下、「製法」は保護されていたので「製法」は変える必要があった、問いと答えはわかっているがとき方を考える必要があった、より安い「製法」を見つけようとした、その後、特許法は変わりコピーは許されなくなったが、ジェネリックの安い製法探しは大きな力に、研究者同士の侃々諤々の議論
インドでは英語のディペーとに力を、小学生から、多様な民族・言語の人々に説得力をもって話しをする力が必要、「まずは自信をもって話すことが必要」と指導、自信と自立心をつける、それが人生の成功につながる
ルピンの営業、2週間でセールストークと医療知識をたたきこむ、「営業マンは兵士」「目標達成までもどってきてはいけない」、診療所にはライバル会社のセールスマンが5人も、800以上の製薬会社がインド国内に、紙芝居式の説明道具、どんな時にも自信をもって相手を説得する
ルピンの日本担当チーム、共和を5年以内に9位から3位に、当面は徹底したコスト削減で、1年で1億円のコスト削減、原材料費高騰の中で、生産ラインの効率化を、従業員の昼休みには生産ラインを止めていたがそれを動かそうと、断念、「創業当時のスピリッツが薄れている」「それをルピンは思い出させてくれる」
08年5月、大阪、インド役員を迎えての取締役会、営業部門は成績上昇、生産部門(取材不可)、いつも結果が求められる
ルピン07年度決算、前年度比30%増、次は40%伸ばすと
第一三共がインド企業を買収すると発表
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