以下は「しんぶん赤旗」(06年8月30日)のために書いた論評です。見出しは編集部がつけたものです。図表はアップできていません。
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〔しんぶん赤旗・くらし家庭欄1400字〕
神戸女学院大学・石川康宏
http://walumono.typepad.jp/
06年『経済財政白書』を読む
深刻な国民生活,まるで人ごと
まともな経済へ転換を
正規雇用・家計守ってこそ
政府は7月に『経済財政白書』を発表しました。「構造改革」推進の司令塔からの「白書」です。副題は「成長条件が復元し,新たな成長を目指す日本経済」となっています。
「構造改革」礼賛変わらないが…
「構造改革」路線礼賛の姿勢はあいかわらずですが,拡がる格差と国民の所得減少を前に「から元気がなくなってきた」との印象もあります。本当にこれでいいのかという喉のつかえが,官庁エコノミストにも感じられ始めているのかもしれません。
第1章「新たな成長を目指す日本経済とその課題」は,2002年からの景気回復が企業・家計・海外部門にバランス良く支えられていると強調しています。しかし実のところ家計については,貯蓄を削りながら消費支出の「緩やかな増加」が維持されているという何とも心細い指摘があるだけです。
本来,景気を安定して支える土台は,最終的な個人消費つまり家計部門のはずですが,肝心のそこが息も絶え絶えでは「新たな成長」など誰もまともに展望することはできません。
大変な家計を取り巻く環境
第2章「企業行動の変化と企業から見た構造改革の評価」は,アンケートを使った大企業による「構造改革」礼賛の章となっています。リストラ促進の法「改正」は「5割強の企業が…おおむね妥当」と評価した。そうした改革により「企業の収益力はかつてと比べてもめざましく改善している」といった具合です。
しかし「改革」はいつでも大企業に良い結果ばかりを残すわけではありません。「終身雇用…は,日本の技術分野における比較優位の構造と密接な関係をもっている」。つまりリストラやり放題では,大企業の技術力が失われてしまうかも知れない。こうした不安が「白書」の中にも頭をもたげているのです。
第3章「家計を取り巻く環境の変化と人間力強化に向けた課題」は,国民生活の大変さのオンパレードとなっています。
正規雇用は減り,フルタイムの派遣・契約・嘱託職員が増えている。正規と非正規の大きな賃金格差と総世帯の平均所得の減少が,家計をぐっと抑え込んでいる。それは「規制緩和」の結果である。このように「白書」は深刻化する国民生活を紹介しますが,そのやり方はまるで人ごとです。政府の経済運営の是非を問う視角はどこにもありません。格差の拡大については,高齢者や単身者の世帯がふえたからだと,的外れないいわけまでもしています。
若者たちが希望見えぬ社会では
特に大変な状況におかれているのは若者です。「若年層の非正規雇用者(は)…多くが正規雇用者を希望している」「若年の非正規雇用者が正規雇用者へと移行することは…より難しくなっている」「若年層での経済的な格差の拡大は…将来的には挽回することが困難な格差に至るおそれもあ(る)」。そういっておきながら,「白書」が示す対策の柱は職業教育訓練の強化にすぎません。非正規雇用を減らそうという当たり前の方向転換が「構造改革」を前提しては出せないのです。
根本に返れば,これでは中長期的な日本経済の「新たな成長」は展望できません。消費や技術の衰えは,国民経済や大企業の弱体化にもつながります。若者が希望を見出せない社会で,経済がいきいきと発展するはずもありません。また「白書」は中小企業や自営業の困難に一言もふれず,アメリカ企業への市場明け渡しの弊害もまるで検討していません。「構造改革」は不動の前提となっているのです。
正規雇用を守り,家計と技術とはたらく喜びを守る,まともな経済づくりへの路線転換が不可欠です。
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