以下は、総合社会福祉研究所『福祉のひろば』(かもがわ出版)2007年10月号、28-31ページに掲載されたものです。
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ゆきづまりに向けて突きすすむ安倍「オール靖国」内閣
石川康宏(神戸女学院大学教授)
http://walumono.typepad.jp/
学生たちの疑問から
7月9日で、私の3年ゼミの前期授業は終了となりました。
試験後の7月末から学生たちは「夏休み」となります。あとは数日のゼミ学習「登校日」をへて、9月10日から13日までの「慰安婦」被害者をたずねる韓国旅行が待つだけです。
最終日のこの日は、はじめて今日の改憲問題を議論してみました。すると、かつての侵略と「慰安婦」加害、傷痍軍人となった日本兵の戦後の苦悩、敗戦と占領、平和憲法の模索、改憲勢力の台頭と安保闘争……。これらの歴史をすでに学んだ学生たちは、「どうして今9条を変える必要があるのか」と最初から憤りを表明します。「誰がもとめているのか」「日本にどういう利点があるのか」等々。過去の歴史を学ぶことは、現代の真実を見抜き、未来をつくる力を育てるものだと、あらためて思い知らされました。
そこで話題になったことのひとつが、いわゆる靖国派とアメリカ政府との関係です。自民党等の改憲案は、アメリカとともに海外で戦争する国へ日本をつくりかえることを目的としています。その点で日米政府の目指す方向は一致しています。しかし、他方で、アメリカ下院の「慰安婦」決議に見られるように、靖国派とアメリカとの今までにない対立も大きく目につくようになっています。この両方の関係はどうなっているのだろうかというわけです。
なるほど、それは学生だけでなく、多くの人々の疑問であるかも知れません。以下、私なりに考えるところを述べてみます。
安倍「オール靖国」内閣の登場
安倍内閣は不祥事等で大臣が良く変わりますが、昨年9月発足時の閣僚18名の顔ぶれで見ると、日本会議国会議員懇談会に11名、神道政治連盟国会議員懇談会に13名、みんなで靖国神社に参拝する会に12名、憲法調査推進議員連盟に11名、日本の前途と歴史教育を考える議員の会に7名が所属しています。これらの右派団体に属していない大臣はたった3人しかいない「オール右派内閣」です。さらに安倍首相はすべての団体に属しています。
そして、これらの団体は、かつての戦争を正義の戦争だったとする「靖国史観」を共有しており、その意味で安倍内閣は「オール靖国内閣」ともなっています。その後、新たに入閣した大臣もみな靖国派で、内閣全体のこの性格は少しも変わっていません。
戦後長い歴史の中でも、安倍内閣のこの靖国内閣ぶりは、際立ったものとなっています。その根底には、あの戦争を侵略戦争だとはっきり認めることができず、これを十分反省してこなかった戦後日本社会の重い歴史が横たわっています。
そのうえで、靖国派の政治家たちが新たに力をつけてくるのは、90年代も半ばになってのことでした。きっかけは「慰安婦」問題についての反省とお詫びを表明した「加藤談話」(92年)と「河野談話」(93年)であり、さらに侵略や植民地支配を反省した「細川発言」(93年)「村山談話」(95年)の登場等でした。
これを認めるわけにはいかないと自民党歴史・検討委員会が、95年に『大東亜戦争の総括』という本を出してきます。主な結論は、①大東亜戦争は侵略戦争ではない、②南京大虐殺や「慰安婦」などの加害はでっちあげ、③侵略や加害を記した教科書との闘いが必要、④国民の歴史認識をかえるための学者を使った国民運動が必要だ、というものでした。
そして実際、翌96年には「産経新聞」で自由主義史観研究会のキャンペーンが始められ、97年には「新しい歴史教科書をつくる会」「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」「日本会議」等が発足します。これに「つくる会」の教科書が文科省の検定に合格し、「慰安婦」などの記述が教科書から消され、「慰安婦」問題をとりあげたNHKの番組に安倍晋三氏と中川昭一氏が圧力をかけてねじまげるといった事件がつづきます。くわえて2001年からは小泉首相が靖国神社への公式参拝を繰り返し、2005年には、いよいよ自民党が侵略を反省しない国づくりをめざす「新憲法草案」を発表しました。安倍「オール靖国内閣」の登場は、決して偶然のものではありません。
アメリカとの矛盾をひろげる靖国派
安倍内閣はこのように危険な内閣ですが、だからといっておびえる必要はありません。この内閣の危険性と政治に対する無責任ぶりは、すでに国民の内閣支持率を「神の国」発言の森内閣のレベルにまで引き落とさせています。それだけではありません。安倍内閣は、アメリカ政府や日本財界からも一定の警戒心をもたれるようになっています。
靖国参拝をやめるように、ブッシュ大統領が小泉首相に初めて要請したのは2006年のことでした。何度もアメリカ下院に出されていた「慰安婦」決議が、初めて外交委員会で可決されたのも、やはり2006年になってのことです。なぜ最近、これらの問題に対するアメリカの注目が深まっているのか。主な理由は2つです。
1つは、成長する東アジアの政治と経済を、アメリカが認める範囲にコントロールしたい、そのために日本に大きな役割をはたしてもらいたいというアメリカなりの願望です。
「何より、米国から見て、アジアにおける日本のリーダーシップは重要であり、それが道義性の喪失によって損なわれるようなことになれば、日米両国、日米同盟にとってもマイナスになる、と思います。米国も困ります」(元駐日大使特別補佐官・ケント・カルダー氏)。この「道義性の喪失」というのは、直接には首相の靖国参拝のことですが、中身は侵略戦争を肯定する靖国史観の強まりそのものといっていいものです。
2つ目は、靖国史観の強まりが、日米同盟をあやうくするかも知れないというアメリカ政府の危機感です。「……日本国内の歴史修正の動きは、長期的に日米同盟にも悪影響を及ぼす恐れがある。もし彼らが日本での影響力が大きくなり、日本人が自分たちは戦争当時起こったことに責任がないと考えるなら、戦争責任はだれが負うことになるのか。米国が有罪になると修正論者たちは主張する。そのような態度は、日米同盟にとっても危険なものとなりうる」(下院議員に配布された報告書「日本軍慰安婦システム」を作成したラリー・ニクシー氏)。だから、そうなる前に靖国派を、適切に押さえ込んでおく必要があるということです。
これらの点に関連して、最近、保守派の論客であるフランシス・フクヤマ氏が「日本が憲法九条の改正に踏み切れば、新しいナショナリズムが台頭している今の日本の状況から考えると、日本は実質的にアジア全体から孤立することになる」と述べ、現在のような状況での日本の改憲はやめた方がいいのではないかとさえ語るようになっています。
こうして安倍「オール靖国内閣」の登場は、政治の暴走を生むとともに、改憲勢力の内部に新しい矛盾を生み出すものともなっています。東アジアで利益を拡大したい日本の財界も困惑しています。問題のこうした側面も冷静に見つめながら、憲法を守り、憲法どおりの日本をめざす私たちの取り組みを、それぞれ大いにすすめていきたいものです。
〔追記〕
右の原稿を書いた後、参議院選挙で自民党は歴史的大敗を喫しました。公明党も後退ですから、安倍自公政権に対する国民の審判は明白です。靖国派内閣のもとでの改憲推進に対する批判が大きな役割を果たしました。
それにもかかわらず続投を決めた安倍首相は、靖国派としての特徴を維持したままの「内閣改造」を行いました。国民の願いとこの内閣の対立は明らかであり、日本の政治はいよいよ大きな変化の時代に入っているといえます。
俵義文氏の調べによると、新内閣18名の靖国派ぶりは次のようです。日本会議国会議員懇談会9名、神道政治連盟国会議員懇談会8名、みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会7名、日本の前途と歴史教科書を考える議員の会3名、憲法調査推進議員連盟10名(安倍首相は以上すべての団体に属しています)、教育基本法改正推進委員会4名等。
結局、大臣18名のうちこれらに属していないのは、増田総務大臣、冬柴国土交通大臣、大田経済財政大臣の3人だけとなっているのです。
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