以下は、日高教・高校教育研究委員会『季刊高校のひろば』Vol.66 冬号(2007年12月10日、旬報社)、60~65ページに掲載されたものです。
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福田内閣とはどういう内閣なのか
2007年11月1日
神戸女学院大学・石川康宏
7月29日投票の参議院選挙で、自民党は歴史的大敗を喫しました。自民党政治を支える公明党も後退しました。この大敗にもかかわらず自民党は第二次安倍内閣をつくり、国民世論に正面から挑戦するという姿勢をとりました。
しかし、国会での所信表明演説直後の9月12日、安倍首相は前代未聞の政権放り出しを行います。そして、事態に対する責任を一切負おうとしない自民党は、問題を安倍氏の個人責任にすりかえながら、新たに福田総裁を選びました。ですが、福田氏は、国会でも具体的な政治運営の方向を示すことができません。明らかに政治は変化の早い季節に入っています。
とはいえ、ここで必要なことは、福田内閣自身に変化の期待をかけて様子見をすることではありません。福田自民党の躊躇は、改憲、「構造改革」推進、消費税増税という基本方針の変更を伴うものではありません。肝心なことは、いま世論への配慮をもたずにおれなくなっているこの政権に、一層強く声をぶつけ、譲歩を勝ち取り、それを積み重ねることで政治変化の具体的な中身をつくっていくことです。
ここでは、新首相となった福田氏とは一体何者なのか、安倍内閣瓦解・福田政権樹立とアメリカとの関係、新しい国会状況のもとでの改憲をめぐる政治の展望などを概括してみます。
(1)福田康夫氏はどういう政治家なのか
まず福田康夫氏が、これまでに何をしてきた政治家であり、どういう姿勢をもった政治家なのかということです。
〔靖国・核兵器・レイプでの発言〕
第一は、多方面での「暴言」の類についてです。「子どもと教科書全国ネット21」事務局長の俵義文氏が、すでに自身のホームページにまとめていることを活用させてもらいます。
1つは靖国問題です。2001年8月15日、小泉首相は靖国神社に参拝しました。この時に、同行した福田氏は世論の批判に対して「小泉首相の信教の自由だ」と正面から反論をくわえています。この意味では福田氏もまた靖国派の一員であるわけです。
2つは核兵器保有の問題です。「(憲法は)持ってはいけないと書いていない。私個人の理屈から言えば持てるだろう」(02年5月31日)。「安倍氏に比べればまし」という声もあるようですが、こうした福田氏の主張は、到底ハト派などと呼べるものではありません。
3つは早稲田大学の学生サークル「スーパーフリー」が引き起こしたレイプ事件(03年6月)にかかわるものです。「(女性が)裸のような格好をしているのが悪い」「男はクロヒョウなんだから情状酌量ってこともある」。この言葉を聞いた被害者は、どれほどの苦しみを与えられることになったでしょう。
これらはいずれも、官房長官時代の公的な場での発言です。
〔カネをめぐる財界とのつながり〕
第二に、財界とのつながりについてです。福田氏は小泉内閣の官房長官として「構造改革」を推進しました。これにより国民の生活水準は急速に悪化しています。NHKの『ワーキングプア』を見られた方も多いでしょうが、生活保護水準以下の世帯が10世帯に1世帯です。それにもかかわらず福田氏は、今も「構造改革」を正しいものだとしています。
10月4日に行われた福田内閣初の経済財政諮問会議で、御手洗日本経団連会長をはじめとする民間4議員は、文書「改革の継続と安定した成長のために」を配布し、大企業奉仕の諸施策のゆるぎない継続を求めました。
これを受けて福田氏は「安定した成長と財政再建の両方をすすめていく」と発言します。「安定した成長」とは何より大企業の成長のことであり、「財政再建」の柱は社会保障を中心とした国民生活関連予算の削減です。日米財界への奉仕のために、国民生活を犠牲にしていく福田内閣の基本姿勢は明確です。
また福田氏は消費税増税の必要を繰り返し、これを基礎年金に活用する福祉目的税化の動きも示しています。大企業減税を庶民増税で埋めていくということです。
こうした姿勢の背後に、財界との個人的な深いつながりがあることも指摘されています。「亡父から受け継いだ人脈に加え、党務を通じて形成した分厚い財界人脈は政治家・福田氏にとって他の自民党政治家の追随を許さない一面といえます。
『福田氏を囲む財界人の会』メンバーには御手洗冨士夫、奥田碩、今井敬の現・前・元日本経団連会長、荒木浩東京電力前会長ら財界本流が並んでいます」。
ここにいう「党務」とは、自民党の財務委員長・経理局長などの役職のことです。経理局長というのは、単なる出納係ではありません。森元首相は最近もこう語っています。「自民党の経理局長は大変偉い。経団連会長はじめ日本の財界のみなさんにほとんど毎日会う。経済界はじめ産業界のみなさんと関係をより深めて自民党の(資金面の)屋台骨を支える立場」であると(しんぶん赤旗、10月2日)。
〔9条「改正」案をつくった張本人〕
第三は、改憲に対する福田氏の姿勢です。今年は5月3日に発表された靖国派改憲案(「新憲法制定促進委員会準備会」)が大きな話題となりました。しかし、それ以前に自民党は党として正式に「新憲法草案」(05年10月)を公表しています。それはアメリカの要請、財界の要請、靖国派の意向をミックスしたもので、大きくは次の4つの問題点をもっています。
1つは侵略戦争を反省しない国をつくる、2つは自衛軍の海外派兵を可能にする、3つは国民の権利・自由の上に国家をおく、4つは改憲手続きを簡単にするというものです。
この「新憲法草案」づくりの中で「安全保障および非常事態に関する小委員会」の責任者をつとめたのは福田氏です。つまり福田氏は9条「改正」案をつくった張本人なのです。「新憲法草案」は、戦力の不保持と交戦権の否定をさだめた第2項を次のように大幅に「改正」するとしています。
「第9条の2(自衛軍) ①我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。②自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。③自衛軍は、第1項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。④前2項に定めるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める」。
要するに、第一に自衛隊を自衛軍にする、第二に自衛軍は自衛の他に国際活動ができるようにする、第三にその国際活動は「協調」でする、第四に緊急事態には国内での治安維持的活動もするというものです。
第三の「協調」の相手が曖昧ですが、現実にはそれがアメリカであることは明白です。ここには国連の合意といった文言もありません。これはアメリカの無法な戦争への盲目的な軍事的追随を憲法化しようとするものです。
(2)福田内閣の誕生とアメリカのもくろみ
次に、今回の福田内閣誕生の経過を、アメリカとのかかわりに焦点を当てて考えてみます。
福田内閣は、安倍氏の政権放り出しによって誕生した内閣です。その安倍氏の政権放り出しは、夏の参議院選挙での大敗をきっかけとしています。「安倍首相では衆議院選挙はたたかえない」。そういう党内からの批判も、選挙での大敗があってのものです。安倍内閣の崩壊は、何よりも国民の審判によるもので、つづく福田氏もまた、最初から政権転落の崖っぷちに追いやられた自民党の総裁です。福田内閣もまた、決して強い政権ではありえません。
〔アメリカとの靖国・「慰安婦」摩擦〕
その上で、ここでは安倍内閣の崩壊と福田内閣の成立に対する、アメリカのかかわりを見ておきます。それが今後の日本の政治の方向性を左右する重要な要因になっていると思うからです。
まず、この2年ほどの靖国史観をめぐる日米関係の摩擦についてです。
第一に、小泉首相の靖国参拝は2001年からのことですが、ブッシュ大統領が小泉氏や「ポスト小泉」氏に参拝中止を強く求めるようになったのは2006年になってからのことでした。
第二に、それまで何度も提出されていた「慰安婦」決議が、はじめて下院外交委員会で可決されるのも同じ2006年になってからです。
「ポスト小泉」には、アメリカの希望に反して靖国派の「期待の星」である安倍晋三氏が就きました。しかし、首相となった安倍氏は、靖国派としての個人的信条と、内外の批判の前で揺れ動きます。一方では公然たる靖国参拝を回避し、中国・韓国への謝罪の訪問を行い、他方で、2007年3月には米下院の「慰安婦」決議が成立しても謝罪の必要はないと述べ、世界各国を驚かせます。
「慰安婦」問題でのアメリカの反応は迅速で、ブッシュ大統領は翌4月の日米首脳会談で「河野談話」からの後退は許さないと直接釘をさし、下院は「慰安婦」決議を初めて本会議でも可決します。安倍氏はこうしてアメリカによっても、靖国派としての進路を塞がれていきました。
〔靖国史観をめぐるアメリカの国益〕
では、こうしたアメリカの動きの根底にあったものは何か。もちろんそこには、イラク戦争を推進するアメリカ政府にとってさえ、かつての侵略や「慰安婦」加害への反省を明らかにしない日本政府の態度の異常さという問題があります。しかし、同時にそこには、アメリカ自身の国益の問題もありました。
第一は、中国など東アジア諸国へのはたらきかけを行う上で、靖国問題で孤立した日本政府は役に立たないということです。中国はすでにアメリカの最大の貿易相手の一つです。その中国をふくむ東アジア経済共同の内容を、アメリカ企業に有利に導くためには、アメリカの意を汲んで動く日本のリーダーシップが不可欠です。
そして、そのリーダーシップを回復するためには、日本政府の靖国色をこれ以上濃くさせてはならないというわけです。こうしたアメリカの判断の根元には、さらに中国の台頭をアメリカが重視せずにおれないという世界構造の大きな変化が横たわっています。
第二は、日米戦争の開戦責任をアメリカに押しつける靖国派の台頭は、日米同盟に新たな軋轢をもたらすという判断です。米下院議員に配布された「日本軍慰安婦システム」を作成したラリー・ニクシー氏は、もし靖国派の「影響力が大きくなり、日本人が自分たちは戦争当時起こったことに責任がないと考えるなら、戦争責任はだれが負うことになるのか。米国が有罪になると修正論者たちは主張する。そのような態度は、日米同盟にとっても危険なものとなりうる」と述べています。
日本における靖国派の台頭に、アメリカ政府が2006年になって急ブレーキをかけた背後には、日米関係、米中関係に対するこうした判断があったのです。それが決して人道的な見地からだけのものでなかったことは、「慰安婦」決議を可決させた同じ下院が、「対テロ戦争」にかんする対日感謝決議を満場一致で採択したことにも示されました。
〔「福田は現実主義者」というアメリカの評価〕
福田氏が自民党総裁に選出されると、ただちにアメリカから次のような声が聞こえてきました。「グリーン前米国家安全保障会議(NSC)上級アジア部長は福田氏を『現実主義者だ。日米同盟の重要性を理解している』と評価。『北朝鮮や中国に対し、より実際的な対応をするのではないか』と期待する」
「上院外交委員会のスタッフは、福田氏が靖国神社の参拝や従軍慰安婦問題など、近隣諸国を刺激する問題と結びついていない、と指摘。『日本の近隣外交に柔軟性が出れば米国にも日本にも良いことだ』と見る」
「一方で同スタッフは、少子高齢化や年金など国内問題が山積する日本では『次の政権で日米同盟の基礎を発展させることは、誰が首相でも難しい』とも語った」「カルダー米ライシャワー東アジア研究所長は『イタリアのように、(日本政治は)政権がくるくる変わった90年代の構図に戻るのではないか』と指摘」(「朝日新聞」9月23日)。
アメリカは、自民党政治がすでに安定性を欠いていることを冷静に見つめながらも、見られるように福田内閣を「日米同盟の重要性」に対する理解と、東アジアへの「柔軟」な対応の二点を基準に評価しています。
自民党総裁選で、麻生氏より相対的に靖国色が薄く、東アジアにより柔軟な政策をとるであろう福田氏への支持が一挙に集まったことには、アメリカのこうした姿勢が、日本財界の意向とならんで大きな影響力をもったでしょう。
〔古典的靖国派でなく現実主義的靖国派〕
先の俵氏によると、福田氏も「日本会議国会議員懇談会」「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」のメンバーで、その限りでは明らかな靖国派です。
しかし、同じ靖国派にも、対米英戦争の開戦責任がアメリカにあることを強調する古典的・原理的な靖国派から、対米従属路線の枠の中での現実主義的靖国派まで、歴史観と従米姿勢のバランスをめぐる多様な意見が存在します。そして、本来アメリカを敵視する靖国派でありながら、同時に対米従属の政治家であらねばならないというこのイデオロギー上の矛盾は、戦後の保守支配層に一貫するものです。
著書『美しい国へ』で両方の関係を曖昧なままに併置した安倍政権の破綻と、より従米姿勢を強く示す現実主義的福田政権の誕生は、この二つの関係においてあくまで従米姿勢が優先されねばならないという日米関係の現実を、あらためて強く示すものとなりました。
確かに福田内閣は、多数の靖国派をかかえる「安倍おさがり内閣」です。しかし、南京大虐殺にさえ異議をとなえた町村信孝現官房長官が「在任中に(靖国)参拝をするつもりはない」と述べたように、彼らもこの現実の力関係の中で、アメリカとの摩擦を避けて行動することになっていくでしょう。
福田内閣の前には、短い安倍内閣時代に比べて一層純化された従米の道が開かれているということです。
〔財界も東アジアへの接近を願う〕
なお、日本財界も中国はじめ東アジアとの経済交流を、死活の課題ととらえています。財界は「構造改革」を推進する限りで安倍政権を支持しましたが、「政冷経熱」を「政冷経涼」へと冷やしこむ靖国史観の問題は、やはり乗り越えられるべきものと考えてきました。この財界の姿勢も、安倍氏から福田氏への政権交代を生み出す小さくない力となったでしょう。
(3)安倍流改憲・「教育再生」路線の破綻のもとで
最後に、改憲をめぐる今後の政治の動きについて、いくつかの見通しを述べておきます。
〔壁にぶつかった改憲の動き〕
第一に、自民党の改憲日程表には大きなくるいが生じています。2007年5月に改憲手続き法を可決した自民党は、総務会に、2010年憲法審査会による改憲原案作成開始、2011年夏の国会で改憲発議、秋国民投票という日程表を提出しました。
しかし、これにそって「3年後の改憲発議」をかかげた参院選で大敗し、以後、自民党は改憲の政治日程を語ることができなくなります。
9月19日の「新しい憲法をつくる国民会議」には「参院選、安倍首相の退陣表明で、にわかに逆方向へ風向きが変わってしまった」との声がでました。右の改憲日程表をつくった当事者も「いまや、あの改憲日程表は紙くず同然」と語っています。
さらに福田首相も、10月1日の所信表明では「美しい日本」「戦後レジームからの脱却」「主張する外交」といった安倍式靖国用語を使わないだけでなく、改憲に一言もふれていません。
10月6日に行われた「日本会議」創立10周年式典で、三好達議長はこの所信表明を嘆きながら「これまでの流れに対する揺り戻しが危惧される」と、靖国派主導での改憲の動きの後退に強い懸念を表明しました。
もちろん自民党は改憲をあきらめたわけではありません。福田首相も「憲法改正についても議論がなされるべき」「3年後に向け、国民の間で、そして与野党においても、議論が深められることを期待している」(10月5日参院本会議)と語っています。また、国民に対する改憲手続き法の周知のために、総務省が6億円の予算を要求するという動きも起こっています。
しかし、任期中の改憲について福田首相は明確な回答を与えることができず、さらに民主党小沢代表による国際治安支援部隊(ISAF)への参加表明には、自民党自身が日本国憲法第9条をたてにこれを批判せねばならないという自己矛盾にも陥っています。改憲への動きが大きな壁にぶつかっていることはまちがいありません。
〔破綻に瀕する「教育再生」路線〕
第二に、関連して安倍流「教育再生」路線が福田内閣のもとで事実上の破綻に瀕していることも重要です。
安倍内閣のもと、靖国派による教育行政の乗っ取りを策して設けられた「教育再生会議」は福田内閣に継承され、山谷えり子教育担当補佐官もそのまま再任されました。
しかし、今後の会議日程さえ明らかにされない中で、町村官房長官は「再生会議」による第三次報告書の作成を急ぐ必要はないと述べ、渡海文科相も「再生会議」を軽視する発言を繰りかえします。
また10月15日の中央教育審議会は、「再生会議」が提唱してきた「愛国心」を含む「徳育の教科化」の見送りを決め、さらに「再生会議」が次の検討課題にかかげてきた、生徒数に応じて学校に予算を配分する「教育バウチャー制度」についても、渡海文科相自身が反対の声をあげています。
「教育再生会議」の背後には、靖国派メンバーだけからなる「日本教育再生機構」がありますが、これは文部科学省や教育委員会をも「解放思想」に侵されているという立場から総否定しようとする組織です。「再生会議」の破綻は、古典的・原理的な靖国史観にもとづくこの急進的復古路線への自民党内の嫌気の表れであり、ここにも国民世論への現実主義的な配慮、アメリカや東アジアとの関係に対する配慮の色が見えています。
〔憲法どおりの日本をつくろう〕
第三に、今後の取り組みについてです。まず安倍流靖国派改憲路線の行き詰まりと、自民党衰退の政治局面を生み出す上で、「憲法を守れ」「憲法どおりの日本をつくろう」という全国の取り組みが大きな役割を果たしたことに自信をもつことが大切です。
「自民党改憲派議員のブレーンの一人さえ『憲法改正論が九条改正とか具体論に入れば入るほど世論の改憲消極論が増える傾向がある。安倍首相は在任中の改憲実現を課題に掲げたが、次の新しい内閣が改憲をテーマに掲げられる政治状況ではなくなった』と」述べずにおれない状況です(「しんぶん赤旗」9月22日)。
大手のマスコミを活用した改憲への世論づくりにもかかわらず、各種の世論調査を見れば、時期を追って護憲の声が強くなっているのが現実です。その推進力は各地での多様な国民自身の運動です。
福田内閣に対するアメリカからの評価にも「次の政権で日米同盟の基礎を発展させることは、誰が首相でも難しい」という言葉が含まれました。こういう評価をアメリカの支配層にさえ語らせる、そういう力を国民の運動はもっているのです。
参議院で多数派を構成する民主党は、政権獲得のために自民党政治の批判をせねばならないが、他方で、財界やアメリカの信任を深めるためにはその大枠を否定することができないジレンマに立たされています。
その基本姿勢は、自衛隊海外派兵に向けた非自民の道を積極的に探究し、また日本経団連案を丸飲みにして、基礎年金に消費税をあてるなどの主張を行うところにも現われています。
この政治の状況をさらに前向きに変化させていくためには、自民党政治の枠組みをこえる新しい政治への世論の関心を生み出すことが不可欠です。そして、それは決して難しいことではありません。平和、社会保障、男女平等、教育、労働など、どの分野の問題を前進的に解決していく上でも、いまある日本国憲法は立派な指針となるものです。
憲法を学び、憲法を守り、憲法どおりの日本をつくる取り組みをすすめる。それこそが世界に誇れる新しい日本の政治をつくる王道です。大いに学び、お互いの取り組みを大いに発展させていきましょう。
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