「未来なき政治の道の転換を」
--選挙,改革,医療,憲法--
神戸女学院大学・石川康宏
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第1回〈自民大勝の意外な弱み〉
総選挙の結果を見るとき,大切な問題の1つは国民の本当の支持の比率です。小選挙区での得票率と議席占有率を比べると自民47.8%(議席73%),民主36.4%(17.3%),共産7.3%(0%),社民1.5%(0%),公明1.4%(2.7%)となっています。国民の支持という点では,民主・共産・社民の合計が45.2%ですから,現政権への批判票は自民支持とほぼ同率です。ここにまず注意がいります。
2つは,刺客騒ぎもあって「首相の主張に同化していく『「純」化』(自民党関係者)が,自民党の内で確実に進んでいる」(「東京新聞」九月十三日)という問題です。『世界』十一月号で朝日新聞の早野透氏も「小泉さんは……いろいろな利益団体の総和の自民党では,もう持たないと思っていた」と語っています(九七ページ)。選挙結果は財界主流が自民党の全体を自由に動かす体制づくりを深く進める結果となっています。一層野蛮な政治の可能性があるということです。
3つは,若い世代の動向です。比例ブロック別の出口調査では二〇代前半に「高い“自民寄り”の傾向」が示されました(「東京新聞」九月十三日)。また首都圏四都県の比例区で自民党を支持した二〇~三〇代の六十三%は,自民党を「革新」的だと評価しています(「毎日新聞」九月十三日)。ただし自民に投票した若者は少なからず「9条は守ってほしい」「増税には反対」「年金の充実を」と発言しています。若者たちの願いと実際の投票行動にはネジレがあるということです。
以上のことを考えると「構造改革」への市民の支持はそれほど強固なものではありません。選挙には勝ったが,政策の支持は得ていないのです。したがってこれからの小泉政治は議席の優位にもかかわらず,つねに市民との軋轢を深めながらでしか展開できないものとなっていくでしょう。
第2回〈「構造改革」とは日米大企業いいなり改革〉
自民党のマニュフェストは郵政民営化を「改革の本丸」と位置づけました。これさえ突破すれば,すべての改革がうまくいくというわけです。〇四年十一月の日米財界人会議は共同声明に「郵貯・簡保が,日本国民一般にユニバーサルサービス(全国一律のサービス)を提供し続ける必要はなく,本来的には廃止されるべきである」と書きました。郵政公社の主な仕事である配達,貯金,簡易保険を民間企業に明け渡せという日米大企業の要求です。会議に参加したアメリカ企業には,配達のフェデラルエクスプレス,貯金のゴールドマン・サックス,リップルウッド,保険のアフラック,プルデンシャルなどがありました。
選挙で小泉首相が叫んだ「郵便局は税金のむだ」「民営化すれば税収が増える」というのは真っ赤なウソでした。もともと郵便事業は独立採算制で税金は1円もつかわていません。また郵政公社は利益の五割を国庫に納めることになっていますが,民営化後の法人税は四割以下にしかなりません。
選挙後の九月二八日アメリカ下院歳入委員会の公聴会で,カトラー通商代表部補は郵政民営化について「われわれの大使館は,日本でこの課題に取り組む重要人物たちと週1回の会合を開催している」と語りました。そして「日本の同盟者はだれか」という質問に「日本の生命保険会社だ。……日本政府の中にわれわれの立場に大変,共鳴する人がたくさんいる」と答えました。これが「改革の本丸」の実態です。刺客を放ってまでの「郵政民営化選挙」は「日米大企業直結政治に反対する者はゆるさない」ということだったわけです。「構造改革」で何かが良くなるという曖昧なムードにだまされてはなりません。
第3回〈空港とミサイルが医療を削る〉
九月十三日,財務省は閣議に〇六年度予算の概算要求を報告しました。中身を見ると,財政赤字を理由とした「聖域なき歳出構造改革」の中心はまたしても社会保障の削減です。高齢者増にともなう社会保障予算の「自然増」は八〇〇〇億円ですが,これが五八〇〇億円に抑えられています。二二〇〇億円削減の中心的な方法は医療制度の改革です。
厚生労働省が一〇月十九日に示した「医療制度構造改革試案」は負担増のオンパレードです。七十五才以上の全高齢者から年七万円の保険料を徴収する。高齢者の保険料を「年金天引き」とする。長期入院患者の居住費・食費を全額自己負担とする。高齢者の窓口負担を増やす。高額医療費の負担上限を引き上げるなど。文字どおり「貧乏人は医者にかかるな」という改革です。これは受診抑制や医療中断の増加を生み,医療経営の困難を深めることにもつながります。
背後にあるのは大企業減税と庶民増税を進めながら,予算をゼネコン国家の継続と軍事大国化につかう財政運営です。「自助,自立,自己責任」などの言葉は,福祉・医療予算の削減を市民に受け入れさせるための脅迫です。概算要求での公共事業費の削減幅はわずか三%です。関西国際空港第一滑走路の利用率は七〇%以下ですが,それにもかかわらず総額一兆円で第二滑走路の建設が進められています。一〇月一日から道路公団民営化による新会社がスタートしましたが,そこには赤字道路建設をさらに5000キロも延長する企みが残されています。軍事費にいたっては一・二%の増額です。アメリカとの集団的自衛を具体化する「ミサイル防衛」システムや,海外派兵型への組織・装備・訓練の転換などが柱です。医療の充実を実現しようとすれば,この国のまちがった改革の方向を転換せねばなりません。
第4回〈世界からの孤立を深める憲法改悪〉
一〇月二八日,自民党は改憲草案を決定しました。それはかつての侵略戦争への反省を前文から消し去り,自衛隊を海外でアメリカとともに軍事活動のできる軍隊にする。また市民には国への「愛情や責任感」を一方的に求め,基本的人権については「公の秩序に反しないよう」にしばりをかけるというものです。そこには靖国参拝に開きなおる復古主義,アメリカの軍事戦略への従属,市民生活を軽視する国家主義などがグロテスクに結びついています。二〇世紀世界の教訓をすべて投げ捨てるかのような草案です。
いま各国はいかにして戦争のない世界をつくるかを真剣に模索しています。十二月にはマレーシアで初の東アジアサミットが開かれますが,参加条件の1つは東南アジア友好協力条約(TAC)への加盟です。第1条は「この条約は,締約国の強化,連帯及び関係の緊密化に寄与する締約国の国民の間の永久の平和,永遠の友好及び協力を促進することを目的とする」となっています。
北東アジアの情勢にも大きな変化が生まれています。九月十九日の六者協議の声明は,会議の目的が「平和的な方法による朝鮮半島の検証可能な非核化」にあることを再確認し,北朝鮮は「すべての核兵器及び既存の核計画」の放棄と「核兵器不拡散条約及びIAEA(国際原子力機関)保障措置に早期に復帰すること」を約束しました。またアメリカは「朝鮮半島において核兵器を有しないこと」,北朝鮮に「攻撃又は侵略を行なう意図」を持たないことを確認しています。韓国は従来からの態度である「核兵器を受領せず,かつ,配備しない」約束を再確認しました。『ニューズウィーク(日本語版)』(11月2日号)はカバーストーリーで「友達のいない孤独な日本」を描きました。いまの日本に本当に必要なのは軍事力ではなく外交の力です。憲法改悪をくい止めることは,国際的にも重要な課題となっています。(05年11月7日稿)
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