「小泉『構造改革』は私たちに何をもたらしているか」
神戸女学院大学・石川康宏
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1・庶民には失望,大企業には利益――改革の実績が示しているもの
〔小泉改革の実績を見る〕
いまの日本社会に不安や息苦しさを感じていない人は少ないでしょう。失業率は高く,怖い犯罪が目につき,家計も苦しくなっていくばかり。九月の総選挙で「ともかく改革をすすめる」と叫んだ小泉首相が支持されたのも,こうした現状を変えてほしいというたくさんの人の気分が土台にあったからです。しかし,自民党の勝利は私たちの暮らしの改善につながるものとなるのでしょうか。私はそうは思いません。小泉改革の継続は,ますます庶民に失望と苦しみを広げるだけだと思います。それはすでに過去四年間の実績が明らかにしていることです。
〔マニュフェストがいう実績とは〕
総選挙で自民党がつくったマニュフェスト(「自民党政権公約二〇〇五」)は,実績の項目に「景気回復の実現」「進んだ不良債権処理」「一〇〇〇項目以上の規制緩和」「財政支出を大幅カット」などをあげました。しかし,これは一般庶民を犠牲とした,財界にとってだけの〈良いこと〉でした。支出「大幅カット」の中身はなんといっても社会保障の削減です。二〇〇二年一〇月にはお年寄りの医療費が定額から一割負担になり,病気が重くて大変な人ほどお金がかかるという逆立ちした方式がもちこまれました。これによって必要な治療を中止せねばならない人が全国にたくさん出てきます。あなたの身内の方は大丈夫でしたか。〇三年四月にはサラリーマン本人の医療費負担が三割になり,全国の四割をこえる病院で受診抑制や治療の中断が起こりました。みなさん方にも「風邪をひいたくらいで病院にはいけない」そういう人が多いのではないでしょうか。
〔庶民にいいことはひとつもない〕
その一方で新たな庶民増税がはじまりました。詳しいことは本誌十一月号が特集しています。〇五年一月から年金受給者二〇〇〇万人のうち,五〇〇万人が増税になっています。「まずは反撃の弱いところから」そういう狙いなのでしょうか。雇用情勢も明らかに悪くなりました。完全失業者は三〇〇万人前後の高水準,そして正社員が三〇〇万人も減らされ,パートなどの非正規雇用が二三〇万人も増えています。いまや労働者の三二・三%が非正規です。これは「不況だから仕方のないこと」などではありません。製造業でも派遣労働者が雇えるように法を変えたり,リストラをする企業を減税にしてやるなど,小泉内閣による産業・労働改革の推進の結果なのです。このような労働者・庶民いじめこそが「規制緩和」の目玉であり,そうして庶民を犠牲にした結果,大企業・大銀行のもうけがあがっている。これがマニュフェストのいう「景気回復」「進んだ不良債権処理」の実態です。すでに小泉改革はこういう実績をもっているわけです。
2・日米財界の利益が第一――「改革の本丸」郵政民営化が示すもの
〔郵政民営化とは何なのか〕
さて,では小泉内閣は,総選挙後どういう改革を進めているでしょう。注目のまとは,何といっても一〇月十五日に成立した「郵政民営化」です。マニュフェストはこれを「すべての改革の本丸」としていました。「本丸」とはお城の中心にあたる部分のことです。つまりこれは本丸(=郵政)を片づけてしまえば,お城の全体(=すべての改革)はもう手に入ったも同然だということです。選挙中にも小泉首相は「民営化すれば郵便局につかう税金が減る」「民間企業にすればたくさん税金を納めてもらえる」とずっとウソをついていました。実際には郵便事業は昔から独立採算制です。そこにはもともと一円の税金も使われていません。また現在の郵政公社は利益の五割を国に納めることになっています。しかし,民営化すれば法人税率は最高でも四割にしかなりません。民営化で国に入るお金は減るのです。
〔アメリカ大企業にビジネスチャンスを〕
では,こんなウソをついてまで小泉首相がやろうとした民営化の本当の狙いは何なのでしょう。それは日米大企業に新しいもうけ口をつくることです。〇四年十一月に東京で日米財界人会議が行なわれました。この会議がまとめた「共同声明」は郵政民営化についてこう書いています。「郵貯・簡保が,日本国民一般にユニバーサルサービス(全国一律のサービス)を提供し続ける必要はなく,本来的には廃止されるべきである」。郵便局の主な仕事は,郵便物の配達,貯金,簡易保険の三つですが,これらを日本政府がするのはやめるべきだというのです。それを求めるアメリカ側の理由は,会議に出席したアメリカ大企業の顔ぶれを見るとわかります。配達分野には宅急便のフェデラルエスクプレス,貯金分野にはゴールドマン・サックス,リップルウッドなどの大銀行,保険分野にはアフラック,プルデンシャル等がならんでいます。「郵便局を解体せよ」「そのもうけ口をオレたちにまわせ」。これが彼らの本音なのです。この会議直前の一〇月に大手の証券会社モルガン・スタンレーは,郵政民営化に関するレポートをつくっています。「事業が競合する企業(銀行など)や潜在的な業務委託先になり得る企業は,大きなビジネスチャンスに恵まれる」。なんともまあ実に正直な文章です。
民営化がすすめば,新会社は生き残りのために郵便局の数を減らし,リストラを進めて現在の雇用状況をさらに悪化させることになるでしょう。また配達料金の値上げ,貯金の引き出しや振込等にかかる手数料の値上げも進められるでしょう。さらに阪神淡路大震災では銀行や宅急便業者が業務を停止するなか,たとえば神戸中央郵便局は三日目に窓口を開き,援助物資の配達のほか,救助用小包の無償配達,義援金の振替料金免除,郵便ハガキ等の無償交付といった多くの支援活動に取り組みました。こうした公共機関としての役割も失われてしまうことになります。結局この「改革の本丸」も,私たちにとっていいことは何もないというわけです。
〔日本側の最大の同盟者は小泉首相〕
総選挙後の九月二八日に行なわれたアメリカ下院歳入委員会の公聴会で,カトラー通商代表部補や「アメリカ生命保険業評議会」のキーティング会長は民営化の内容に細かい注文をつけました。また在日米国商工会議所のハワード会頭は「郵政民営化は商工会議所が優先して支持しているもの」「(法案は)一〇月半ばには可決される」と法案成立への見通しまで語っています。ここでカトラー氏は次のような爆弾発言をしました。「われわれの大使館は,日本でこの課題に取り組む重要人物たちと週1回の会合を開催している」。そして「日本の同盟者はだれか」という質問を受けて「日本の生命保険会社だ。……そして,率直に言うなら,日本政府の中にわれわれの立場に大変,共鳴する人がたくさんいる」と答えたのです。そこに小泉首相が含まれているのは明白です。何せわざわざこれを実現するために,日本の国会を解散し,「郵政民営化選挙」を演出した張本人なのですから。
「改革を止めるな」「造反はゆるさない」「刺客を放つ」。選挙における小泉首相のあの熱狂ぶりは,私たち労働者・市民のためを思ってのことではありません。「日米大企業いいなりの政治に反対する者はゆるさない」。それが小泉首相の本音だったのです。彼らのウソにだまされてはなりません。
3・日米財界やり放題の憲法化――小泉構造改革の総仕上げ
〔〇六年度の予算を見ると〕
最後に,小泉内閣がこれからやろうとしていることについてです。財務省は九月十三日に来年度予算の概算要求を報告しました。そこには政府が来年度一年間で何をしようとしているのかが,お金の使い方として示されています。中身を見ると,財政赤字を理由とした「聖域なき歳出構造改革」の中心はまたしても社会保障の削減です。いまの日本では毎年高齢者が増えています。それだけで社会保障予算は増えていかねばなりません。これがいわゆる「自然増」といわれる部分です。ところが概算要求は本来必要な「自然増」の八〇〇〇億円を五八〇〇億円にとどめています。実質二二〇〇億円の削減です。具体的な方法として重視されているのは七〇才以上の高齢者医療費の自己負担を増やすなどの医療改革です。またしても「弱いものいじめ」の攻撃です。そもそも経済の規模(GDP)に対する日本の医療費支出は,OECD加盟三〇ケ国の十七番目にすぎません。そもそも日本の医療は貧しいのです。それをさらに削ろうというわけです。「金のない者は病院にいくな」ということです。
〔軍事費は増加,無駄遣いは温存〕
その一方で財政赤字の最大の原因である軍事費と公共事業費はどうなるのか。これこそ事実上の「聖域」です。地方から都市へという重点の移動はあっても,公共事業の削減幅はわずか三%にとどめられます。関西国際空港の第二滑走路建設が本格化しますが,第一滑走路の利用率は七〇%を切っています。それなのにどうして第二滑走路が必要なのでしょう。「国際競争力強化」のためだといいますが,使い道の決まらない空港や港をつくることがどうして競争力強化につながるのでしょう。〇五年一〇月一日から道路公団民営化による新会社がスタートしましたが,そこには赤字高速道路の建設をさらに5000キロも延ばす企みが生きています。軍事費にいたっては一・二%のなんと増額要求です。アメリカとの集団的自衛を具体化する「ミサイル防衛」システムや,海外派兵型への組織・装備・訓練の転換などが目につきます。私たちの暮らしをしめあげながら,財界のもうけと戦争準備には金を注ぎ込む。これが今年に引き続く,来年度予算の特徴です。
〔改革の総仕上げとしての憲法「改正」〕
一〇月二八日,自民党は改憲草案を正式に決定しました。それはかつての侵略戦争への反省を前文から消し去り,自衛隊を海外でアメリカとともに軍事活動のできる軍隊にする。また国民には国への「愛情や責任感」を一方的に求め,基本的人権については「公の秩序に反しないよう」にしばりをかけるというものです。国や「公」こそが第一で,国民はその決定や秩序にしたがうべき従属物だというわけです。こんなバカな憲法「改正」を許すわけにはいきません。いまこそ小泉改革や憲法「改正」の動きに心底腹をたてる時です。そして,その怒りの火を全国に広げる役割の中心に立つのは本誌読者のみなさんです。この社会には日本を変えたいと願っている人がたくさんいます。不十分なのは,その日本の息苦しさをつくった張本人が小泉改革なのだという理解です。その意識を転換していく取り組みに焦点があてられなければなりません。毎日の生活や活動は大変ですが,いつでも手から本を離さず,学ぶことをつうじて,語る力,説得の力,社会を変える力を育てていきましょう。それが日本の進路を転換させる強い土台となっていきます。
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