2003年10月24日(金)……竹村健一『改訂版・前川レポートの正しい読み方』(東急エージェンシー,1987年)から
・前川レポート「国際協調のための経済構造調整研究会報告書」(1986年4月7日,国際協調のための経済構造調整研究会)は,経常収支黒字の巨大化を「我が国」と「世界経済」にとって「危機的状況であると認識」して始まる(198ページ)……「我が国」の問題とは円高懸念であり,「世界経済」の問題とはアメリカの怒りということか。
・経常収支黒字は「我が国経済の輸出指向等経済構造に根ざす」とされ,この「構造調整」が急務だという(199ページ)……要するに対米貿易黒字を減らしていかねば,アメリカの怒りから免れることはできないということ。
・構造調整の実現のためには「市場原理を貴重とした施策」「グローバルな視点に立った施策」「中長期的な努力の継続」が必要(200ページ)……90年代の「構造改革」に直結する道といえる。つまり「構造改革」は対米貿易黒字をいかに減らすかを課題としてはじまり,「市場原理」はその実現う推進する手段とされる。「市場原理」主義が「改革」を導くのではなく,その逆の関係が成り立っている。
・より具体的な「提言」の1)は「内需拡大」(201ページ)……民間活力活用型の都市・住宅開発と,地方における「社会資本整備」の推進が重視される。中曽根流「アーバンルネッサンス」は小泉流「都市再開発」の直接のご先祖であり,地方の公共事業推進にあたっては,ごていねいに「地方債の活用」による自治体財政破壊の道までもが示されている。もう1つの柱とされる「消費生活の充実」は,ほぼ完全に反故にされている。これは,以下に見る「消費者のための輸入拡大」を強調するためのいわば前振りといえよう。
・提言の2)は「国際的に調和のとれた輸出入・産業構造への転換」(203ページ)……産業調整は輸入拡大を目的としており,海外直接投資もまた対外不均衡是正の手段と位置づけられている。農業については明快に「着実に輸入の拡大を図り」と,自給率低下懸念などどこ吹く風の国内農業破壊がかかげられる。これが「市場原理」イデオロギー活用の充実な実例のひとつとなる。
・提言の3)「市場アクセスの一層の改善と製品輸入の促進など」(205ページ)……ここではアクション・プログラム(市場開放行動計画,85年,123ぺージ)の完全実施とともに,海外進出企業からの逆輸入拡大に「積極的に取り組む」ことが述べられている。そういえば,2003年の小泉「骨太の方針」にも「内需主導の自律的回復を実現するという依然大きな課題を残している」とある。はじまりは78年のボン・サミットで内需主導型での7%成長を約束した福田内閣のあたりと見ていいのか。となると,大きな転機は,世界的な高度成長の終焉と70年代前半のアメリカの連続した経済危機か。
・提言の4)「国際通貨価値の安定化と金融の自由化・国際化」(207ページ)……注目されるのは円高回避の方法について。一方で先進国間の「パフォーマンスに大きな不均衡のないこと」が必要だといいながら,他方で「しかし,市場はファンダメンタルズを常に反映するとは限らず,関係国の協調と介入がその是正に有効である」とする。もちろん,プラザ合意(85年)以後の急激な円高を見てのことであり,なによりアメリカとの「協調」が必要であるとの認識を示したものである。
・なお,上に関連して「円の国際化」の問題が述べられるが(208ページ),うまく趣旨がとらえられない。竹村氏は83年頃にアメリカが「円の国際化を強く要求していた」という。そして,84年12月の「日米円・ドル委員会」により,ユーロ円債の発効が認可されたと。投機の対象としうる円の流通を拡大させるということか。よくわからない。調べること。
・提言の5)「国際協力の推進と国際的地位にふさわしい世界経済への貢献」(209ページ)……途上国からの輸入などの他に「新ラウンドの積極的推進」があげられている。
・提言の6)「財政・金融政策の進め方」(211ページ)……「赤字国債依存体質からの早期脱却」をかかげながらも,「財源の効率的・重点的配分」など「機動的な対応」が必要だとする。総論としての財政再建が,つねに各論としての公共事業拡大に振り回される。それは今日までまったく変わっていない。税制についても「公平・公正・簡素……」など,すでに薄く広くの提言が見られる。
・関連して「貯蓄優遇税制」の抜本的な見直しがあげられている。「貯蓄・投資」バランスにしめる貯蓄の異常な高さを変更することが,日本国内の投資を活発にすることになるという,後の「日米構造協議」でのアメリカ側の主張の論拠をすでに先取りしているといえるか。この論理についてのアメリカ政府側の議論の時期を,竹中・石井『日米経済論争』で確認のこと。
・また,金融政策についても「内需主導型」がかかげられる(211ページ)……さすがに日米金利格差の文字はないが,しかし,これがアメリカへのジャパンマネーの押し出しと,国内におけるバブル経済形成への重要な要因となる。
・提言7)「フォローアップ」(211ページ)。
・新前川レポート「経済構造調整特別部会報告書」(経済審議会・経済構造調整特別部会,1987年4月23日)。同部会長は前川春雄(前日銀相殺)だが,同代理には赤澤璋一(ジェトロ理事長)とともに平岩外四(東京電力会長)の名前がある。93年の「平岩レポート」との連続性はここからも想像がつく。
・新レポートは旧レポートを具体的に推進するための方針という意味をもち,基本線は同じである。その上で,「市場メカニズムの活用」については,「国内の産業活動,海外からの市場アクセスの両面において,経済活動に関する一層の規制緩和」が必要だとする(217ページ)。外圧としての規制緩和を,国内資本にとってのチャンスと位置づけるということである。
・90年代前半までを「世界的レベルにおける構造調整過程」ととらえるという指摘もある(217ページ)。外需を減らしながら成長率を維持するためには内需の伸びが必要であるとも(218ページ)。内需主導への転換にあたっては「大きな政府を作ることなく」しかし,「臨時緊急の思い切った財政措置」「今後とも,適切かつ機動的な財政・金融政策の運営」が語られ(219ページ),財政赤字縮小への意欲は曖昧である。
・建設市場に外資を入れるということが繰り返される(231・242ページ)。「日米構造協議」でも,これがアメリカ側から主張されたように記憶するが,確認のこと。実際には,関空建設の一部に入った程度でほとんどアメリカの建設資本は入っていないはず。
・輸出・輸入のバランスについては,輸出を減らさず輸入を増やすとの姿勢が明確(232ページ)。これが,少数の輸出製造業企業の利益のために,幾多の市場開放をつうじて他の産業を犠牲にしていく道につながる。また,構造調整による雇用のミスマッチ論が早くも登場している(236ページ)。
・以上を通じて,小泉・竹中流「構造改革」が,中曽根時代の「古い自民党」を否定するものではなく,むしろそれを本格的に推進する関係にあることがわかる。
・全省庁の事務次官で構成する「内需拡大に関する作業委員会」が,少なくとも1985年10月には存在しており,前川レポートを先取りするような政策をまとめている(41ページ)。きっかけは「プラザ合意」か。他方,内需拡大による都市開発について,竹村氏はその主体としてのJAPICに注目している(52ページ)。この点も,今日の小泉「都市再生」路線と同じである。そして,JAPICの設立は79年,福田内閣時代である。
・高い貯蓄率に関連して,これが「アメリカに投資されているという説がある」とする(67ページ)。アメリカの軍拡を支えるマネー分野での「運命共同体」である。そして,これが「プラザ合意」以後にも継続するところに,この国のマネー戦略の欠落を吉川元忠は指摘している。
・金融市場の開放については,85年のアクション・プログラムがすでに「87年までに大口預金金利規制を撤廃する」としている(127ページ)。
・なお「プラザ合意」以後の円高継続と金利引き下げとの関係について,竹村氏は,「通常,公定歩合を下げれば円高はとまる」「円への魅力がなくなり,カネが外へ流れだして円高がとまる,という仕組みでしる」という。しかし,現実はそのようにはなっていない。そこで竹村氏は「市場は投機筋の思惑によって動いている」と指摘する(147ページ)。後にプラザ合意10周年の記念シンポジウムで,ベーカー元財務長官が市場介入が成功するのは「その時の市場の方向に逆らわない時」だけだと述べているが(工藤明『混迷の日本経済を考える』新日本出版社,96年,70ページ),プラザ合意そのものがそういう性質をすでに含んでいたといえるのかも知れない。
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