川上則道『「資本論」で読み解く現代経済のテーマ』
--新しい思索への課題を投げかける--
神戸女学院大学・石川康宏
http://web.digitalway.ne.jp/users/walumono/
この本は『資本論』の基本理論から,現代の重要な課題の解明に挑戦したものです。読みやすい文章ですが,大変に意欲的な内容となっています。
第1章は「構造改革」を合理化する中谷巌氏の『痛快! 経済学』から,ミクロ経済学の基礎である需要・供給曲線を批判したものです。マルクスの市場経済論や,社会進歩と市場の関係もコンパクトに示されます。
第2章では「規制緩和」に「経済の民主的規制」を正面から対置することの戦略的な意義が説かれ,それによる改革の具体的な意義と効果が労働時間の短縮を例に明らかにされます。第1・2章はつながりが深く,特に平易に書かれた部分です。
第3章では,国民所得を労働価値説の立場からどうとらえるかが,刑部泰伸氏との討論という形で展開されます。国民所得は価値であり,価値は生産物から労働量を引き離さずにとらえるべきである。その見解にいたる経過が示され,両氏の意見の相違もまとめられます。
第4章も,為替レートに関する著者の論文をあらためて解説するというユニークな文章です。円を過去との対比で高い安いというだけでなく,その瞬間,瞬間に高低の評価をさせる基準として「貿易購買力平価」があるという見地が,各種統計をつかって示されています。
サービス労働を論じた第5章は,労働者教育の現場で出された質問をきっかけとしています。マルクスの価値概念の説明から,価値を生まないサービス労働が物的な生産であるかのように現象するところまで,ていねいに手順を踏んだ解説がされます。マルクスの再生産表式に,サービス部門を加えた新たな表式も示されています。
全体をつうじて著者のこだわりは価値概念のより深く正確な理解にあり,それが最後にあらためて整理されています。新しい思索の課題を投げかける1冊といえるでしょう。
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