シリーズ・奥田ビジョンを読む
神戸女学院大学・石川康宏
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(上)「『民主導型』掲げたけれど」
日本経済は不況,金融システムまひ,財政赤字の深刻な三重苦の状態です。しかし,日本経団連の「奥田ビジョン」はこれを打開する具体的な政策を持ちません。はっきりしているのは消費税増税と社会保障改悪のシミュレーションだけです。
大銀行をどうするのか,ゼネコンや高速道路建設をどうしていくのか,アメリカの経済要求にはどう対処していくのか,そうした目前の課題に対する具体的な対策はどこにもありません。もはや財界は,財界にとってさえすすむべき道を示すことができなくなっている――。それが証明されているように思います。
〔いらだち示す〕
ビジョンは改革の諸提案が実行されないことに,次のようにいらだちを示しています。「改革提案は,1986年の『前川レポート』(国際協調のための経済構造調整研究会報告)や1993年の『平岩レポート』(経済改革研究会報告)をはじめとして,すでに数多く出されており,もはや何が必要で,どのような施策が必要かを議論するのではなく,実行こそが求められる段階にあった」
「経済戦略会議は,1999年2月に答申をとりまとめた。『樋口レポート』と名付けられ,数多くの改革提案が盛り込まれたが,依然としてその多くは,店晒しにされたままである。こうした実態を目の当たりにして,深く考え込まざるをえない」
そのうえで,これらのレポートの主張を継承しながら,ビジョンはめざす社会を「民主導型の経済社会」と呼んでいます。これはアメリカ型資本主義に似せて日本をつくりかえよというアメリカ政財界からの外圧を利用しながら,大企業の金もうけの自由に対するさまざまな規制の緩和・改革を求め,また法人税や社会保障への企業負担を減らした社会をめざすというものです。
ところが,そこにはゼネコン・銀行などへの行き過ぎた『保護』をやめ,財政赤字削減に向けて過剰な公共投資を縮小する政策が含まれており,それが政財界内部の摩擦のタネになってきました。特に公共事業の利権に首までうまった自民党が,そう簡単に公共事業予算の縮小に踏み切れるはずもありません。
そこで,ビジョンは改革推進に向けた新たな政治介入の意欲を示します。「企業・団体献金のガイドライン」をつくり,ビジョンに「共鳴し行動する政治家を支援する」というのです。従来型の利権バラマキを放置したうえに,改革推進のバラマキを積み重ねようというわけです。しかし,大企業への国民の不信は強く,それへの配慮を理由に「いまの状況でやることはマイナスが大きい」(1月6日,経済同友会・小林陽太郎代表幹事)と,早くも財界内部からさえ懸念の声があがっています。
〔経済政策限界〕
他方で,ビジョンには,当面の大きな焦点であろう公共事業改革に対する弱腰が感じられます。事業費削減については「経済財政諮問会議の方針に沿って」と他人ごとのような一文があるだけで,語られているのは「都市再生」への期待ばかりです。「都市再生」事業は,都市の競争力強化をうたい文句にしています。しかし,実際に行われている事業の多くは従来型の公共事業そのままです。
ここには,不況のあまりの深刻さに,奥田会長自身が「需要の底上げを図りつつ構造改革をすすめる"攻めと守り"の双方の戦略」(2002年10月21日の日米財界人会議)語らずにおれず,しかも,需要底上げを個人消費の激励に求めることができない財界本位の経済政策の限界が現れているように思います。
(下)「日米関係の検討を避ける」
さらに驚いたことに,ビジョンには日米関係についての検討がまったくありません。
アメリカからの不良債権処理加速の要求は,ついに日本の大銀行を国有化から,アメリカ資本への売却へと仕向けるところに達しています。昨年(2002年)10月20日から22日に開かれた日米財界人会議でも,「不良再建処理や外国からの投資受け入れを進め」るべきだというアームストロング米国側議長(AT&T会長)などの要請に,日本側からは「海外資本による日本の買いたたきにつながるのでは」という不安の声があがりました。しかし,その後の竹中金融相のもとでの「金融再生プログラム」(10月30日)は,アメリカ政財界の要求を全面的に受け入れるものとなっています。
〔反発込めるが〕
これを受けて,奥田会長は年末年始に「失業率6.0%から6.5%が限界」「外圧による改革でなく内部からの改革を」といった発言をしています。そこにはアメリカの強い要求に対する一定の反発が込められているのかも知れません。
しかし,ビジョンには日米関係を問い返す議論はどこにもなく,アメリカ資本に対する銀行に売却についても,日本金融市場の展望についても何の検討もありません。また,ビジョンは「東アジアの連携を強化しグローバル競争に挑む」として,国際競争における欧米諸国への遅れを焦り,東アジア各国との自由貿易協定(FTA)を急ごうとしていますが,そこでもWTO(世界貿易機関)など現時点でのアメリカ主導の世界像が当然の前提とされているだけです。
財界はいったい何を考えているのでしょう。現状への焦りからくる改革への願望はあっても,それに必要な現実的な政策を示し,それを実行していく力がない。それが日本財界の実力ではないかと思うしかありません。
ビジョンのチグハグは,以上の点に限られません。たとえばビジョンは,消費税増税や社会保障削減が不況をどのように深刻化させるかについては,まったく検討していません。そのような政策を実施して自民党政権が維持できるのかという配慮もありません。
アジアへの大企業の進出のためには「歴史観の共有」が大切だといいますが,実際には小泉首相の靖国参拝は放置されたままです。そして「国境をこえる新しい分業」を描く個所では,日本の失業率の上昇を無視した空洞化のすすめばかりが説かれていきます。
〔選択肢もたず〕
財界本位を前提にしてさえ,あまりにもずさんに思えます。戦後一貫して国民生活向上をつうじた経済再建の選択肢をもたず,「アメリカいいなり」の歴史の中で国家の基本進路を定める力を失ってしまった,その巨大なツケが現れていると思います。
結局,明快なのは消費税増税と社会保障削減の国民いじめの政策だけです。政治の転換を強く期待せずにおれません。
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