軍事大国化と『構造改革』に対抗して
--目の前の取り組みを未来の改革にむすびつける--
神戸女学院大学・石川康宏
http://web.digitalway.ne.jp/users/walumono/
1,あなたはどういう日本がつくりたい?
日本の社会は大きな岐路に立たされています。財界・大企業は憲法「改正」を行い,日本を「戦争する国」へとつくりかえようとしています。また,必要のない大型公共事業を継続しながら,消費税増税やリストラの推進,社会保障の削減などを行う「構造改革」路線を,いっそう先にすすめようとしています。さらに,この軍事大国化と「構造改革」の背後には,アメリカによる日本への支配と介入が隠されています。
いま私たちが,平和で,より暮らしやすい日本社会をつくるには,こうした財界や政府のたくらみを批判すると同時に,それとは違った「どういう政治や社会をつくることが必要か」という対案を示すことが必要です。それがなければ,目の前の私たちの取り組みにも,長期的な展望が見えてきません。また,職場の同僚や地域の仲間への訴えも,説得力を十分もたないものになってしまいます。さらに,そのような対案を語ることは,自民党への批判を民主党によって吸収しようとする,財界・大企業の二大政党制づくりをゆるさず,それとは別の私たちの道をひらくことにもつながります。
こうした思いから,ここでは政治や経済の現状を,私なりに「めざしたい社会」との対比のなかで,大きく描いてみたいと思います。職場で,地域で,「どういう日本をつくるべきか」を真剣に語りあえる状況をつくるため,まず,みなさん自身が良く考えてください。この文章はそうした議論のための,たたき台の1つとして活用してほしいと思います。なお,以下についてのより詳しい展開は,山田敬男・石川康宏・牧野広義『軍事大国化と「構造改革」』(学習の友社,2004年)に述べてあります。ぜひ自腹を切って本を買い,ペンをもって線を引きつつ,しっかり考えてください。
2,ゆとりをもって生活できる社会をめざして
私は「構造改革」を大きく次のようにとらえています。①アメリカの経済・軍事グローバリゼーション戦略を前提に,②内需拡大,規制緩和,市場開放などの対日介入を積極的に受け入れ,③金融ビッグバンではアメリカ財界にかなりの市場を明け渡しつつ,④自動車・電機など財界主流の利益を守り,⑤大型公共事業推進の「逆立ち財政」を維持しながら,⑥ツケを消費税増税・社会保障削減にまわして, ⑦アジアに対して経済支配型の「経済圏」づくりをひろげる。
これに,⑧「過労死」型長時間労働の維持と「家庭責任」の女性への強制,⑨対米従属的な軍事大国化と憲法改悪,⑩これらの政策を実現するための二大政党制づくりをくわえれば,財界による日本改革の全体像はあらましつかまえられるものと思っています。
以下では,これに対抗して,①財界・大企業の利益第一主義ではない「労働者・市民がゆとりをもって生活できる社会」,②男性企業戦士中心型の労働と生活を改善する「男女平等の社会」,③アメリカいいなりでない「アジアに友人のある社会」,④こうした社会を実現するために不可欠な「誰もが政治・経済を考える知恵のゆたかな社会」という4つを,私なりに「めざしたい社会」の構成要素としてあげていきたいと思います。
まず「ゆとりをもって生活できる社会」です。1991年には1.40だった有効求人倍率が2002年には0.54まで落ち,その一方で,87年に12.2%だった非正規労働者が2002年には23%に増えています。ゆとりある生活のために,第一に立て直さねばならないのは,生活できる雇用の確保です。
なぜ90年代にこうまで劇的な雇用の悪化が起こったのか。中心にあるのは,日経連の「新時代の『日本的経営』」(95年)に代表される「総額人件費削減/労働力流動化」という意識的な政策でした。人員削減や賃下げをすすめる。正規雇用を非正規にすりかえ,正規労働者の比率を下げる。大企業の社会保険料負担を削減する,等々。これが,その後の一連の労働法制改悪と,大規模リストラの連続につながっていきます。この時期に,この政策が推進された背後には,日本への本格的な進出を考えたアメリカ大企業による「地ならし」というもくろみもありました。
こうした流れの転換には,財界・政府のたくらみを食い止める,労働者・市民のたたかう力が必要です。同じ資本主義であり,大企業が活動し,財界組織が活動するにもかかわらず,リストラが政府によって規制され,パート労働者への差別がゆるされず,雇用拡大のためのワークシェアリングが行われ,青年雇用の拡大に政府が本気で取り組んでいる。そういう国がすでにヨーロッパにはいくつもあります。その社会を支えるキーワードは,はたらく者の力です。財界との綱引きに負けない労働者・市民の力です。
長年のたたかいの成果として,ヨーロッパでは「経済は人のためにある」という考え方が定着しています。福島清彦『ヨーロッパ型資本主義』(講談社現代新書,2002年)は,EUが主要な社会政策の1つに「よい雇用をもっと創出する」ことをあげ,「人々こそ主要な資産」「人々に投資し,行動するダイナミックな福祉国家を発展」させるとしていることを紹介しています。労働者のたたかいの力という角度からは,宮前忠夫『人間らしく働くルール――ヨーロッパの挑戦』(学習の友社,2001年)を,組合員以外の人にもよびかけて,ぜひみんなでしっかり学んでほしいと思います。
3,本当の男女平等の社会をめざして
二つ目は「男女平等の社会」です。99年の雇用機会均等法「改正」は,労働基準法からの女性保護規定の撤廃と同時に行われました。これによって,財界は世界最長の男性労働時間を放置したまま,女性を「男性なみ」に搾り上げることができるようになりました。事実,それから,総合職にしめる女性比率は3%とむしろ低下しています。さらに子育て・介護など社会保障の削減は,仕事と家事の両立をますます困難にしています。この基本路線において,小泉内閣の「男女共同参画社会」は何ら変わりがありません。
こうした状況のなかで,労働運動が「男女平等」の課題に積極的に取り組むことには大きな意義があります。1つは,はたらく女性が――2002年で全労働者の40.5%――男性同様に労働者であり,その権利を守ることは労働組合本来の中心課題であるということです。このあたりまえのことを「女性」を理由に軽視しない,運動の一段高い質をつくることが必要です。ここに本腰をいれた取り組みは,多くの女性からの労働運動に対する社会的な評価を高めることにもつながります。また,組合の中の女性たち自身が,より大きなリーダーシップを発揮する覚悟をもつことも大切です。
2つは,平等の推進は,男女共通の労働時間短縮と社会保障の充実を不可欠としており,それはせまい意味での「女性問題」ではなく,全労働者・市民に共通の課題であるということです。サービス残業込みで日本の労働時間は2268時間,ドイツは1525時間で,両者の格差は年に743時間(2001年)。年間250日はたらくとして毎日3時間にもなるこの差が,日本に交通事故死の数倍の「過労死」を生んでいます。こんな企業戦士(戦死)型労働時間を野放しにして,形式的な「機会均等」を実現しても,女性の権利は広がりません。そこで,真の平等を獲得したい女性の願いと,自らの健康を守りたい男性の願いは,労働時間短縮へ向けて一致します。
この取り組みでもヨーロッパに学ぶことが重要です。宮前忠夫『週労働35時間への挑戦』(学習の友社,1992年)は,「土曜日のパパはボクのもの」というドイツのスローガンを紹介しています。時短の正当性を主張するのに,家族の生活がかかげられているのです。家庭をかえりみないことを美徳としかねない,組合内外の男性企業戦士意識の払拭に向け,これは大いに学ばれるべきであり,またこうしたスローガンは労働運動と家族――主婦,子ども,お年寄り――との連帯を強めるものともなるでしょう。
男女平等の国といえばスウェーデンが有名ですが,岡沢憲芙・宮本太郎『スウェーデン・ハンドブック〔第2版〕』(早稲田大学出版部,2004年)は,短期間に平等を進ませた要因として,労働とともに育児・介護・教育・税制などの改革をあげています。仕事と家事の両立に,「逆立ち財政」の転換による社会保障の充実が必要なのはまちがいなく,それはまた労働者家庭の消費を激励し,個人消費の拡大をつうじた経済の再生にもつながるものです。
4,アジアと連帯し,ともに成長する社会をめざして
三つ目は「アジアに友人のある社会」です。かつて日本は朝鮮と台湾を植民地として支配し,満州事変(1931年)から数えて15年間の中国侵略を行いました。侵略は東南アジア・太平洋へと拡げられ,戦死者は日本310万人,日本以外のアジアで2000万人となりました。戦後の日本は,いまだにこの戦争の加害責任を清算していません。それにくわえて,財界は憲法改悪により「戦争する日本」づくりをねらっています。それは日本をアメリカの介入戦争に巻き込ませるだけでなく,アジアからの孤立をますます深めさせる道となります。また,ASEANを中心としたアジアからの連帯・友好型の経済共同体づくりの呼びかけに,財界は大企業支配型の「東アジア自由経済圏」構想を対置しています。それは日本経済の新しい成長の可能性をみずから閉ざすものとなってしまいます。
この問題については,雑誌『経済』2005年1月号掲載の私の論文を読んでください。元マレーシア首相のマハティール氏からの引用をたくさんしておきましたが,アジア各国は貧困の克服と経済成長に向け,日本経済の協力を真剣に求めています。これに積極的な対応をしていくことは,アメリカへの過度の市場依存を引下げ,アメリカに揺さぶられない日本経済づくりを進めることにもつながります。
アジアはアメリカからの日本の「独立」を求めています。アメリカに気がねしない連帯型の「ASEANプラス3」の友好的な一員となれば,日本経済の前には中国13億人,ASEAN5億人の巨大市場がますます広がります。ここへの輸出拡大は不況からの脱却に向けた大きな力となるにとどまらず,さらに長期にわたる日本経済の安定的な発展を可能とするでしょう。もちろん,一方的な輸出ではなく,各国商品の輸入拡大も必要です。そのためには国際的な産業調整や,貿易や投資のルールの改善も必要となっていきます。
アジアと日本に平和をもたらし,アジアと日本の共存共栄型の経済発展をひらくには,第9条に代表される平和憲法の理念を真剣に発揮する外交が必要です。
5,誰もが政治を考える知恵のゆたかな社会をめざして
最後に「政治を考える力の豊かな社会」です。財界・政府は軍事大国化や「構造改革」に役立つ人間づくりを目ざしています。軍事大国化につながる「愛国心」の育成に向けた,「心のノート」による子どもたちのマインド・コントロールや教育基本法の「改正」。また竹中平蔵氏がいう,失業は本人が「役に立たないから」,社会保障は「たかり」などの誤った「自己責任」論や,特に青年向けの雑誌が吹聴する「勝ち組/負け組」論は,国民に痛みをふりまく「構造改革」に抵抗しない人間づくりをすすめるものです。さらに,権力の横暴をチェックするジャーナリズム本来の機能を失ったマスコミは,逆に,政治や社会の問題を隠蔽する役割さえ果たしています。
こういう中で,私たちの望む社会づくりを進めるためには,誰もが政治や社会に関心をもち,問題の解決を考えることのできる高い教養を,労働者・市民の取り組みによってつくることが必要です。一部の政治家がかしこいだけではなく,社会全体の政治的教養の高さが必要です。教育やマスコミの批判と改革だけではなく,私たち自身が豊かな教養を身につけ,その教養を社会に浸透させ,その教養の力をもって社会をリードする。そういう取り組みの姿勢が必要です。
スウェーデンの投票率は90%に近いです。そのような誰もが政治や社会をまじめに考える姿勢と力をつくるには,「政治はわからない」「自分には関係ない」,そう考える人たちに真実を伝え,社会改革への希望をとどけ,1人1人を説得していく力が不可欠です。それには,まず何より,労働運動自身がもっとかしこくならねばなりません。「私の労働組合では,全組合員が毎日1時間ずつ勉強しています」。そういう声を全国共通の声とするような,改革の知性を本気で磨く取り組みが必要です。学んでこそ,毎日のたたかいの力を鍛えていくことができます。大きく未来を展望し,毎日の独習を習慣づけながら,この春闘に大いに力を発揮してほしいと思います。
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