池上惇・二宮厚美編『人間発達と公共性の経済学』(桜井書店,2005年)
--個人の尊厳守ろうとする強い意志--
神戸女学院大学・石川康宏
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『人間発達の経済学』(82年),『人間発達の政治経済学』(94年)につぐ,発達の経済学の第三弾である。編者の池上惇氏は「はじめに」で各章の主張の差異と多様性を強調している。とはいえ共同研究の長い歴史をもつ著者たちである。もう1人の編者二宮厚美氏は「あとがき」でその成果をこの本の「交響曲的側面」と呼んでいる。
二宮氏によればこの経済学の根本的な問題意識は,人間発達の視点からの経済学の開拓と,経済学の視点からの発達の法則やそれに要する社会的条件の解明である。これを本書は4つの角度から深めていく。第一は経済理論の部分。人間発達と固有価値の経済学(池上惇氏),人間発達を支援する社会システムの経済思想(柳ヶ瀬孝三氏)。第二は,現代における発達と民主主義の課題の検討。現代の労働と福祉文化の発達(青木圭介氏),CSR時代の株主運動と企業改革(森岡孝二氏),人間発達と公務労働(重森暁氏),現代の国民生活とナショナル・ミニマムの意義(成瀬龍夫氏・二宮厚美氏)。第三は環境と平和の問題。持続可能な発展と環境制御システム(植田和弘氏),ディープ・ピース(藤岡惇氏)。そして第四は人間発達を現代的公共性に高める課題の理論化。現代国家の公共性と人間発達(二宮厚美氏)である。
各章とも多くの理論的蓄積を前提とする力作である。なかでも私にとっては,個人の尊厳を守ろうとする強い意志,その帰結としての野放しの市場化への厳しい批判や憲法の尊重,さらには公務労働論の展開,「大学モデルの組合」,企業価値への社会貢献の盛り込み,利益第一主義を制御する株主運動の可能性など,具体的な実践の指針にかかわる探究が興味深かった。欲をいえば発達の条件をもたらす社会改革の担い手が,現代日本でどのような発達の可能性や課題をもつかについても,踏み込んだ解明を期待したかった。読みごたえのある一冊である。
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