以下は、パンフレット『誰がつくった?「貧困」 かえよう!「格差社会」-6.1集会報告集2008〈下巻〉』に掲載されたものです。
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どうすれば貧困・格差社会を転換できるのか
―格差社会よ、さようなら。憲法社会よ、こんにちは。―
石川 康宏 神戸女学院大学教授
http://walumono.typepad.jp/
京都で娘・息子と「蟹工船」
昨日、私、京都で若い人たち相手に少し話す機会があったんです。京都は市長選で951票差まで迫りました。世の中変わるんだというふうに最も確信を得たのが、若い世代だと。これまで20数年間闘って、ちっともうまくいかなかった、そういう体験をしてきた人が、「なかなかそううまく世の中変わらんわ」というふうな、どっちかというと前向きになりきれずにいるようです。今、その若い人たちがこれから世の中を作りかえていく中心的な担い手になろうということで、少し根本に踏み込んだ勉強会をしています。現代政治学講座という講座ものです。
昨日、私行ってみましたらば、私2コマ目だったんです。昨日、午後まず1コマ目に、生健会の皆さんはよく名前を聞かれている先生だと思うんですが、尾藤さんという弁護士さん、彼が日本の貧困と格差の問題について話をして、そのあと私が話をするということだったんです。で、夕方になって、私、話が終わって、さっさと帰ろうということで、素早く階段を下りていたんですが、上から声を掛けられまして、それが娘の声だったんです。びっくりした。私は会場にいる人たちの顔を見ながら話していたつもりだったんですが、娘と息子が居たんですね、そこに。全然気が付かなくて、何も気付いていなかったのかという話になったんですが。なぜ今日のこの企画を知って来たのかということを聞きましたら、息子は18歳でこの4月に龍谷大学へ入ったんですが、龍谷大学では民青同盟というのが盛んにビラをまいていて、そのビラの中におやじの名前があった、と。それで「なんだ、京都ですぐ近くじゃないか」というので、では暇だから来てみたという。
そのあと1時間ほど喫茶店に入って話していたりしたのですが、その中でやはり『蟹工船』が話題になりました。どうも龍谷のどこかで『蟹工船』の映画か何かがあるらしい。息子が言うには、受験したばかりですからプロレタリア文学とか言葉だけ知っていて、『蟹工船』というタイトルも知っている。だけど、どんな話だという、肝心の話の中身は知らないわけです。だからこっちも読んだのは随分前ですから、あまりよく覚えていないところもあるわけですが、「『蟹工船』というのは、カニを缶詰にする工場の船でな」、「労働条件が悪くて」、「軍の弾圧もあってな、それでも最後まで頑張って闘わないとというような話や」といった話をしました。18歳のほうはボーッとしていて、22歳のお姉ちゃんのほうは一時期つとめた職場でいろいろなことがあって、労基署にも連絡をとったといったことがありましたから、少しわかるところがあるようです。いずれにせよ、18歳の方もそうやって、親からの影響より先に社会からの影響で「今の世の中どうなんだ」ということを前向きに考えようという空気に触れることがあるというのが、今の若い世代のひとつの特徴なんだなと、昨日、随分身近なところで実感させられました。
それでは、今日のレジュメに沿ったお話をさせていただきたいと思います。
神戸で、このようなテーマでのお話は、繰り返し、繰り返しさせてもらっているものですから、皆さん方もいい加減「また石川が憲法の話や」と思われておられるだろうということで、今日は少し趣向を変えています。少しは違う角度からの話もあるんだよということを紹介したいと思います。
1・貧困と格差の実態から
非正規ではたらく若者、「どうせ死ぬ」といわれる後期高齢者
とはいえ、まず、最初に貧困格差の実態を確認するときに、身近なところで確認しておきたいのは、やはり地元、兵庫県の――今日この神戸で働いている方たちもいるのでしょうが、若い世代が陥れられている大変な労働条件の問題です。
2月7日、憲法県政の会で若い人たちが川柳を作ってくれました。20本ぐらい紹介してくれたのですが、「“30で親からもらうお小遣い”、笑ってください」と言うわけです。とてもじゃないが笑えません。「“国保料立て替えておいてお母さん”、ここはイヨッとか、かけ声を掛けてください」なんて言うわけです。川柳を作っているのは、最悪のそれこそ蟹工船的労働条件で働かされている若い世代なんですよ。最後に、「“弟と並んでいく派遣先”」。もうおっちゃん、おばちゃん、私たち世代は、そんな世の中を若い君たちにバトンタッチせずにおれなくて全くもって申し訳ないという気分なわけです。笑うどころではないわけです。でも作った本人たちは、そういう条件の中で生活をしながら、なおかつその状況を笑い、笑うだけではなく自分たちで何とかしようと青年ユニオン“波”というのを組織しているわけです。したたかなたくましい若者たちだと思います。
もう一つ、今日の貧困と格差の実態を考えるときのタイムリーな出来事は、4月1日にスタートした後期高齢者医療制度です。ひどい話ですよね。75歳以上は別立てだ。別立てにする理由は何だと言ったら、あの舛添という厚生労働大臣がいろいろ小難しい言葉を使ってましたが、結局は「75歳以上は治したって、どうせ死ぬんだから」ということです。だから、そんなにカネをかける必要はないと言っているわけです。国民の健康や命を守るのが努めである大臣が、よくあんなことを口にしたなと思います。年金から保険料を天引きしているだけでなく、お医者さんや病院に対して、お年寄りは一定額以上お金をかけるな、何日間も入院させるな、死ぬときは家で死ぬようにしろ、と言っています。これは75歳以上のということですが、実は大学などで話をすると18~19歳の学生たちも非常に怒るんです。それはそうです。自分を小さいころから頭をなでてかわいがってくれたおじいちゃんおばあちゃんが、そういう目に遭わされているんだという話ですから。だから、これは私若いから関係ないという問題ではないんです。これも、私たちが追い込められている貧困の実態のひとつであるわけですが、そこには貧困を作り出すのが政治であるということがとても分かりやすく表れていると思います。
『この国に生まれてよかったか』
さて、『この国に生まれてよかったか―生活保護利用者438人 命の叫び』という本を最近読んで「なるほど、ここまでひどいのか」と思わされたのが、生活保護世帯です。生活保護利用者の生活の実態。これは大阪の生健会がまとめた、大阪で生活保護を利用している方たちに対して取ったアンケート調査の本なんです。アンケートの内容も詳しく紹介されていますが、その前に、先ほど紹介した、昨日京都でお話をされた尾藤さんという弁護士さんが貧困の実態を非常に要領よくまとめられています。少し紹介します。
貧困と格差の実態。2005年981万人の被雇用者――つまり労働者です――が、200万円以下の収入しかない。しかも、母子家庭の平均年間就労収入は162万円だということです。月14万円もないということです。母子ですから子どもがいる。食べ盛りで学校に行かなければならない子どもがいるわけです。
ワーキングプアと呼ばれる「働く貧困層」は1100万を超えた。貯金残高ゼロの世帯は、今やもう25%に近い。4世帯に1世帯ということです。これらの世帯は、何かあった瞬間には家を出ないといけなくなる。家賃払えなくなるという世帯が、4世帯に1世帯あるということです。
OECDの調査によれば、これはいわゆる世界の先進国グループ、2007年5月現在でちょうど30カ国のグループです。このグループで、調査をした。そうすると日本の貧困率は、2005年には第5位だったが――悪い方から5番目ですね。2006年にはアメリカに次いで第2位になっている。貧困者と呼ばれる人、つまりその国の平均所得の半分以下の収入しかない人たちの割合が、ドンドン多くなっている。ですから、国民全体が貧困の方向に追いやられているわけですが、中でも底が抜けていっている。そのために全体として平均所得は下がっていますが、その中にも格差が広がっています。その結果、就学援助を利用しないと高校にいけない子どもたちが増え、多重債務、ホームレス、自殺者も9年連続で3万人だとなっている。ひどい話ですよね。
完全失業者の中で失業保険を受け取れる人の割合も、1980年の56.8%から2006年の21.8%に大きく低下しており、雇用保険が失業者のセーフティネットとして機能しなくなっている。さらに医療の問題を見ると、2006年で保険料滞納世帯は480万6000人で19%におよぶ。5人に1人です。資格証明書発行世帯は35万1000、短期保険証発行世帯は125万。つまり、もう医療保険制度、国民全体の命・健康を守りますという健康医療保険制度は崩れているということです。
生活保護基準は「みんなの生活」にかかわっている
その中で、生活保護制度はどうなっているか。生活保護法という法律があるわけですが、これは憲法25条に定めた、健康で文化的な最低限度の生活が維持できなくなったと判断した瞬間に国が何とかします、ということです。つまり生活保護行政の実態には、国がどういうレベルの生活を、この社会における健康で文化的な最低限度の生活と定めているかが表れてくるわけです。
しかし、いまの政治が行っていることは、生活保護水準の引き下げです。財政難を理由にして老齢加算は廃止している。年をとれば医療費など、生活に必要な費用が増える。どこかへ出掛けるにしても、ぎゅうぎゅう詰めの地下鉄やバスに乗りづらくなる。そこで老齢加算があったわけですが、これが削られている。母子加算も段階的に削られている。そして、本当であれば今年度、2008年度から生活保護基準をもっと根本的に引き下げよう、もっともっと貧乏にならないと生活保護はさせないようにしようとした。さすがにそんなアホなことはないだろうと国民の大きな反対運動があり、2008年度についてはその取り組みをストップさせました。しかし、厚生労働省、先の「75歳以上は死ぬんだから」と言った舛添という男が大臣を勤めている役所ですが、ここは生活保護水準を、もっと下げようとしています。
尾藤さんはこのように言われている。生活保護制度は決して一部の限られた人のためにしているのではありません。誰もがいつ貧困に陥るかもしれない可能性を持っています。その通りですね。いつクビになるか分からない、いつケガをするか分からない、いつ会社がつぶれるか分からない。「吉兆」に勤めて、有名料亭で良かったねって言っていたら、廃業で、全員紙切れ一枚で解雇されているわけです。しかも廃首を切られる労働者に対しては、何の釈明もない。そんなことが平気で起こるような社会になっていますから、いつ、どんな形で、誰が貧困に陥ってもおかしくない。
しかも、生活保護基準というのは、これが最低ラインだから、憲法がいう文化的な生活の最低ラインだとなっていますから、ほかのいろいろなことにかかわっているわけです。例えば課税最低限のラインとかかわり、年金の給付水準を決めるラインにかかわり、最低賃金ともかかわってくる。就学援助の基準にもなっている。直接に生活保護の給付を受ける、受けないということだけではなく、いろいろな角度から、私たち国民生活の最低基準を支えるものになっている。この基準を下げられていくということは、実際には、就学できない子どもが増えていくということ、課税最低限が下がっていくということ、最低賃金も安くていいということになっていくわけです。ですから、尾藤さんは、それは「あの人たちの制度」ではないんだ。「みんなの制度なんだ」ということを強調されている。
低すぎる生活保護水準――夜はテレビの明かりで
さて、アンケート調査の結果ですか、大阪の生活と健康を守る会がこの制度を利用している人たちに対して、このような質問をしています。「保護基準の削減、老齢加算の廃止、母子加算の削減、大阪市の夏季・歳末一時金が廃止されて、あなたは何を節約していますか?」という質問です。このような質問がいくつもあって、本当はものすごくたくさんの回答が並んでいるんです。250ページもある本ですから、ここで紹介するのはごく一部。――1日3回の食事を2回に減らしている。友人を受け入れなくなった――というのはどうしても交際費というものがかかってくるからですよね。それから、ずっと家に引きこもる。外に出れば金がかかるからです。人生に何の目的も希望もない。一般新聞を取りたいと思うけれどもスポーツ新聞だけにしている。お風呂に行けないので、ベランダで行水をしている。早めに夕食を食べて、夜はテレビの明かりだけで暮らしている。おかずの品は1品にしている。病院からも栄養が足りないと言われている。トイレを流すのはためて流している。そして、最大の被害者は子どもです。食べ盛りでこれから学校に行かねばならないが、食べることにも、学校へ行くことにもお金が十分使えない。ここから、貧困が次の世代に再生産されてことにつながるわけです。
これが、今置かれている私たち日本の貧困の最低ライン。これが健康で文化的な生活を守ると国がいっている最低ラインだということです。しかし、実際には日本中の10世帯に1世帯が生活保護水準以下、これらの最低ライン以下の状態に置かれている。生活保護水準以下だが、生活保護を受けることができずにいる人たちがたくさんいるということです。どうしてそんなことになるのか、国が「生活保護受給者が多すぎる」という姿勢をとっているからです。
本当に多いのかという問題があります。これについても尾藤さんが数字を紹介しています。厚労省の発表で、2005年度の受給者数は148万人。受給世帯は104万世帯になっている。だが、国際比較をしてみると、2002年でスウェーデンは生活保護を受けている人が4.85%、日本の4倍。フランスはもっと多い、5.49%。ドイツは8.8%。アメリカでさえ日本より多い1.78%になっている。いまのドイツは日本の2/3ぐらいしか人口がいませんが、それでも720万人が保護を受けている。その一方で保護を受けている高齢者は20万人しかいない。これは一体どういう事なんだろう。結局、ドイツでは、いわゆる働ける世代であっても、何かの事情で生活が困難になった時に、早い段階で保護しよう、生活が崩れてしまう前に保護しようということになっているわけです。そして、頑張れる人は、もう一度しっかり生活を建て直しなさいと国が支援する。
では、生活保護を受ける高齢者が少ないのはどうしてか。それはあらかじめお年寄りの老後をきちんと支える制度が別建てでできていますから、それを生活保護で支えるという必要はほとんどないわけです。これが世界の経済大国の当たり前の姿です。世界の経済の大きさで見ると、192の国の中で一番がアメリカ、2番目が日本です。ドイツは日本の下、3番目です。3番目の経済力だが、こうやってしっかり国民を守る政治ができているわけです。では、なぜ2番目の日本でできないのか。それはこの国の政治に、憲法を守る意志がないからです。
憲法を守ろうとしない政治の姿勢が根本問題
憲法の条文をいくつか挙げておきます。
「第11条、国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利とし、現在及び将来の国民に与えられる」。だから、これを政治家たちが勝手に侵してはならないのです。訳の分からない政党が、勝手に国民の権利を侵してはいけないんです。
「第13条、すべて国民は、個人として尊重され、生命・自由および幸福追求に対する国民の権利については公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする」。国民がみずからの命を守り、幸福に暮らすことを目指す権利は、国政の上で最大の尊重を必要とする。これが本来あるこの国のルールです。
よく10年ほど前の選挙で、「日本は50兆と20兆で逆立ちしてる」とよく言っていました。日本は無駄な大型の公共事業ばかりやって、国と地方の事業費総額が50兆円、それに対して社会保障費が20兆円しかない。そんな逆立ちはおかしいと言っていました。そのときよく言われたことですが、フランスやドイツはこの比率がどうなっているか。もちろん比率が逆になっている。ただ端に逆になっているだけでなく、社会保障費が公共事業費の3倍とか5倍とかになっていた。これは国の姿勢がまったく違うということです。
つまり、国民から税金を集めます。集めた金は、まず第一に人間のために使う。簡単にいえば、これがフランスやドイツの考え方なんです。そして、それでもゆとりがあるなら、空港や電車など便利なものにしていくかというように使うのです。日本はまるで逆転しているわけです。誰が使うか分からないが空港でも作っておくか、というのに先にたって、税金が湯水のように使われる。それでいて自然環境を破壊して、瀬戸内の漁場も破壊されているわけです。そんなことに金を使い果たして、最後に残ったお金で、貧乏人はこれで何とか生活しろと言っている。それがこの国の政治の姿勢です。
「第25条、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2 国はすべての生活の面について、社会福祉・社会保障および公衆の衛生の向上および増進に努めなければならない」。そういう義務がある。国民の生存権を守るために、国は最大限の努力を行う義務があるとなっているわけです。
こうして見てくると、明らかに憲法と実際の政治に食い違いがある。どう見たって憲法が悪いわけではない。憲法を守る意志のない政治に問題がある。従って、問題を解決しようとすれば、この政治をどうするんだということを、真正面から取り上げていかずにおれなくなるわけです。こんなに志の高い憲法を変えてしまおうとする前に、まずその理念の実現に向かう政治をやってみろというわけです。
97年以降、国民は月5万円も貧乏に
さて、いつから我々は貧乏になったのかという問題について、簡単に確認しておきたいと思います。60数年前に戦争が終わって、そのときは神戸も空襲でぺったんこでした。当時の航空写真を見ると、煤の色で真っ黒けです。その状況から頑張って、それこそ今、後期高齢者だといって差別されているような人たちが中心になって、日本の経済は世界第二の経済力をもつまでに再建されてきたわけです。その中で、国民の暮らしも、少しずつ、少しずつ豊かになりました。
私は、今51歳ですが、小さいころには、家の中に電話なんてなかったわけです。カラーテレビなんて見たことがなかった。街頭テレビで力道山に興奮した世代よりはあとですが。クーラーなんてものは存在も知らなかった。車を持っているのはどこかのお金持ちの家だった。それが、普通のサラリーマンの家にも、これらがだんだん揃うようにかわってきた。頑張って働けば、少しずつ豊かになっていくぞ、まじめにやっていこうじゃないかという社会になっていったわけです。ところが、それが今逆転しています。
全国民の家計可処分所得、これは日本中の全世帯――労働者に限らず中小業者・自営業者・農漁民も全部含まれます――の生活に使える所得、つまり全収入から税金や社会保険料を差し引いた残りのお金です。世帯で計りますから、お父さんも働いている、お母さんも働いている、お兄さんもバイトしている、それらの金額を全部集めます。ボーナスがある場合は、それも12カ月に割ります。それで平均的な1カ月分を出してみたのがこの数字です。将来のためにできるだけ貯金もしないといけないけれど、それをふくめて月々の生活のためにこれくらいは使えるぞというのが、このお金です。
その数字の変化を見てみます。
全国民の家計可処分所得(月額平均)
1985年 37万3693円
1990年 44万0539円
1995年 48万2173円
1997年 49万7036円
2000年 47万2823円
2005年 43万9672円
2006年 44万1066円
97年までは、ずっと数字がのびています。全国民の生活水準が、お金もちではないけれど、それなりにあがっていっていたわけです。それが続いていれば、こんなに貧困が問題になることはなかった。ところが、そのあとに逆転が起こる。2006年にちょっとだけもどったけれど、それでも、97年より、1カ月で5万6000円も貧乏になっている。日本全体の平均です。つまり、日本社会に生きている我々は、今ほんの一握りのお金持ちをのぞけば、総貧乏状態に追い込まれているわけです。
では、なぜ97年をピークにしてこうした大きな変化が起こったのか。「構造改革」です。1つは、それによって国民の収入が減らされたということです。労働者の賃金だけではありません。規制緩和で農漁民や中小業者も儲からなくなる。2つは、増税や社会保険料の増加です。これで可処分所得が減っていく。くわえて3つ目に社会保障の削減があり、いままで出さなくてよかった支出が増えていく。その分、先の数字以上に、国民生活は圧迫されていくわけです。
さて、注意してほしいのは、今紹介した問題は全部政治が決定していることだということです。労働者の収入減少は、正規雇用の60%の給料しかもらえない非正規雇用者がどんどん作られていった結果です。非正規雇用を増やしたのは大企業・財界ですが、それができるように法律を変えたのは、この国の政治です。国会です。多くの国会議員たちです。もし政治が、財界が要求しても、そんなことは許さんと言っていれば、どんな大企業だって今日のように非正規雇用を拡大することはできなかった。しかし、日本の政府は労働者派遣法を改悪した。社会保障や税金や社会保険料も、まったく同じく政治家たちが決めている。つまり、97年以降なぜ我々は貧乏になってきたのか。自然現象などではないのです。誰も予測できなかった地震などとは違うんです。政治家が国会でものを決めて、我々の生活水準を引き下げている。それが国会の過半数を占めているということです。そういう政治家に一票を入れてはいけないし、そういう政治家や政党については「あいつがやった」と市民に知らせていかねばならない。
人件費抑制で大企業の貯金は増えるばかり
その一方で、「そうは言っても日本経済全体がうまくいってないから」とだまされている人もいます。そこで、今度は大企業のもうけの方を確認しておきます。資本金10億円以上というと、実は相当な数の企業になりますが、左側の数字が経常利益、これは1年間のもうけということ。右側が内部留保、これは企業が腹にためている貯金ということです。まず、毎年のもうけである経常利益を見ます。
企業の経常利益 企業の内部留保
1985 11兆3731億円 62兆4093億円
1990 18兆7798億円 112兆9786億円
1995 13兆9050億円 134兆4790億円
2000 19兆3945億円 172兆2582億円
2005 29兆4326億円 205兆5062億円
2006 32兆8342億円 217兆8235億円
85年で11兆、90年は19兆、バブルが崩壊しましたが、95年はそれでも13兆もうかっている。2000年は19兆ですが、ここから2005年にかけては爆発的な増加です。2005年29兆、2006年32兆、これだけ儲かっていくわけですから企業の内部留保の方も、当然どんどん増えていくということになるわけです。大企業のもうけはどんどん拡大しており、特に2000年から05年にかけてが急速です。そのあいだに国民の生活水準は逆にグッと低くなっている。日本中のはたらく人たちの80%は労働者ですから、そこの人件費が削られたことで国民は貧しくなり、大企業はもうけを拡大しているわけです。
もう少し具体的に考えてみましょう。トヨタ自動車は日本最大の企業です。大変儲かっているわけです。特に、2000年代になって急速に儲けを拡大しました。それは「期間労働者」の採用を拡大していく時期とかさなっています。いまでは製造現場の多いところでは50%以上が「期間工」になっている。その年収は300万円程度とされ、正社員の1/2から1/3におさえられている。これとは別に派遣労働者も増やされている。こうやって人件費を最大限に押さえ込むことで、トヨタは利益をどんどん拡大しているわけです。その一方で、トヨタは組み立て企業で、部品は1個も作っていない。部品は全部下請け工場の中小業者に作らせています。そして、業者に対して、いついつまでに何個、これ以下の値段で作れと単価を最大限に引き下げて、利益が出ないようにしていきます。中小企業の利益が出ない分は、全部トヨタが吸い上げることになるわけです。その結果、ここでは大企業で働いている労働者もえらいことになる。中小企業で働いている労働者にも、利益がありませんから給料出ないわけです。中小企業を経営している人たちも大変だという具合になっていくわけです。こういう大企業の自己中心主義、やりたい放題が野放しにされているところに諸悪の根源がある。
2・誰がこんな日本をつくったのか
大きい2番目に進みます。誰がこんな日本を作ったのか。まじめにやっていれば、少しずつでも生活が楽になる、そうであれば、まだ希望があったわけですが、特に97年以降、その希望を打ち砕いてきたのは誰なのかという問題です。97年というと、橋本龍太郎さんという頭をヘアクリームで固めた首相が、「わしはやるぞ、6大構造改革」と言っていた時期でした。そのあと小渕さん、森さんがいて、つづく小泉さんが「わしこそが本気で『構造改革』をするのだ」と言って、実際長く首相をつとめたわけです。その結果、日本の国はぼろぼろになった。そこで、安倍さんと福田さんは、だんだん小声で「構造改革」と言うようになってきた。しかし、全体としてこの「構造改革」が押し進められるあいだに日本の形はどんどん壊れてきたのはまちがいない。この間与党でやった政党はどこですか。自民党でしょう、公明党でしょう、そして自由党です。自由党というのは、2003年に今の民主党に合流した一方のグループです。彼らが「構造改革」を進めてきた。
「構造改革」――アメリカの要求、財界の要求
では、「構造改革」とは何だったのでしょう。3つの角度から見るとわかりやすいです。1つは、アメリカからの改革要求を何でも飲み込んだということです。労働法制も、そうですね。たとえば日本にアリコがやってきました。アリコは日本人の労働者を雇うんです。テレビコマーシャルもみんな日本人にやらせていますね。そこで雇う相手が労働法で守られていなければいないほど、アリコはもうかるということになる。だからアメリカ企業がこの日本にむかって、これから本気でお前の国に出て行くぞ、ついてはお前の国の労働者ができるだけ安く使えるように労働法制を改悪しろ、こういう要求が出てくるわけです。
今、医師不足や公立病院の統廃合が大問題ですが、アメリカからは医療でもうけさせろ、そのために保険の効かない部分をつくる「混合診療」にしろ、株式会社で病院をやらせてくれといっている。貧乏人は相手にしない、高度医療専門の病院にする、金をもっている人間だけアホほど治療したる、そういう病院をつくりたいというわけです。そのために日本の健康保険制度をかえてくれといっている。
それから日本の中小企業をつぶしてきた、あるいは小売店をつぶしてきたものに、大店法の解体がありました。私も昔京都に住んでいたときに、地域に生活協同組合を作ろうという運動に少しだけかかわったことがあります。しかし、生協のような大型店舗ができると、まわりの牛乳屋さん、クリーニング屋さんなどの経営を圧迫することになる。そこで、地元の商店と話し合って、商品をダブらせないようにするとか、そもそも商店街と店舗の距離をあけるとか、そういう工夫が求められました。もともとの大店法は、そうやって地元の商店街や小売店を守る法律になっていたわけです。ですから、スーパーやコンビニにどこにでも勝手につくって良いとはなっていなかった。その大店法をつぶせと最初にいいだしたのは、アメリカです。特に先頭に立ったのは、トイザらスです。あのでっかいおもちゃ屋さんです。これが日本に進出するにあたって、大店法がジャマだといってきたわけです。結局、90年代半ばにこの法律はなくなって、都市部の昔からあったおもちゃ屋さんはドンドンつぶれていきました。あわせて、日本のスーパーやコンビニもどこにでも店が出せるようになって、日本中の商店街をシャッター街にしていきました。
また、今、日本の農業が本当にピンチになっている、今ごろになって自民党の中から減反を少し見直した方がいいなどの声が出ています。今まで特にアメリカからの農産物輸入をドンドン拡大しておいて、よくそんなことが言えるなと思います。アメリカというのは、世界最大の軍事大国であり経済大国であり、さらに農産物輸出国でもある。ただし、その農業のやり方はそうとうに目茶苦茶です。飛行機からまく農薬の下で、中南米からやってきた安い労働者を作業させ、農作物にも、絶対に虫がつかないというサンキストレモンのように、大量の農薬をつかっています。皆さん、居酒屋で酎ハイに輸入レモンなど絞ってる場合ではないですよ。あれは農薬づけのレモンですからね。キューッて絞ったら毒も一緒にキューッと出てくるわけですからね。
こんな具合に、アメリカからの改革要求はじつに多面的に、長い時間をかけて実施されているわけです。アメリカ大企業がもうけるために、ジャマになる経済や社会の規制を緩和せよ、お前の国のルールを「自由化」しろというわけです。そして、時間の都合で簡単にしますが、「構造改革」を見ていく2つ目の角度は、日本の財界・大企業がこれに大いにのったということです。
日本の大企業にとっても、労働法制改悪はありがたい。大店法がなくなるのもありがたい。医療でもうけられるようになるのもありがたい。工業製品をドンドン輸出するためには、その見返りとして農産物を輸入しておくのがありがたい。こういった具合になるわけです。日本の財界については、この時期に、それまでの重厚長大といわれた鉄鋼・化学・土建などを中心としたものから、自動車やパソコンなど製造業の多国籍企業に主役が交代していきます。それが日本に進出してくるアメリカ多国籍企業と利益を同じくするための重要な要因となっていきます。
「官邸主導」は財界主導
3つ目の角度は、そうした「構造改革」を推進していくのに必要な政治の改革が行われたということです。それが「自民党主導」の政治から「官邸主導」の政治への転換ということでした。「官邸主導」の内実は「財界主導」ということです。この財界主導で「構造改革」を推進するためのエンジンと位置づけられたのが、経済財政諮問会議というたった11人でやっている会議です。ここが今、日本の国家予算の本を決めており、構造改革の骨太の方針や中間方針というものを毎年作っている。皆さん、インターネットで、一度この会議のホームページを見てください。11人がきちんと顔写真入りで出てきます。財界いいなり政治を推進する人にも顔があります。そこをジックリながめてください。
11人のうち、1人は首あの福田さんです。あの人に日本の経済構造改革のリーダーシップが取れるとは到底思えない。実際、議事録が公開されているのですが、だいたい福田さんは最初と最後にあいさつをして終わりです。あとはジッとしている。小泉さんでもそうでした。そうすると、残りは10人です。10人のうち6人は、内閣官房長官はじめ経済関係の大臣と日銀総裁です。しかし、その大臣たちというのは、あの人たちは国の経済運営についての何かの専門家でしょうか。違いますよね。むしろ、大臣であったら何でもいいわというような人たちですよね? まあ専門家といえるのは経済学者出身の大田弘子さん(内閣府特命担当大臣・経済財政政策担当)くらいでしょう。しかし、大田さんは会議ではリーダーシップをとってはいません。では、いったい誰が中心でやっているのか。残り4人のいわゆる民間議員です。4人の名前は、御手洗冨士夫さん、丹羽宇一郎さん、この2人は財界人です。御手洗冨士夫さんは日本経団連の会長です。丹羽宇一郎さんはそのお友達、伊藤忠の会長です。それから、八代尚宏さん、伊藤隆敏さんというのは、経済は競争をしていれば何でもうまくいくという立場の経済学者です。どんな困ったことがあっても自由競争をしていれば何とかなるという、実に楽ちんな経済学者です。
この4人の人たちが、実際は2人の財界人が、経済財政諮問会議の中で次々提案をして、6人の大臣がふにゃふにゃと一応しゃべって、そして最後に福田さんが「ではそういうことで」と言って終わるわけです。それで国の方針が決まり、国の予算が決まっていっている。それがこの国の実態です。そうすると、そこに方針を持ち込んでいる財界とは何者だ、ということになるわけです。
財界の指導者というのは誰なのか
財界というのは、一言でいうと大企業経営者の集団です。日本経済団体連合会、これが「日本経団連」という財界総本山、財界団体の親玉、財界の意志決定機関ですが、1,658人が集まっています。財界団体は大きくいえば3つあって、日本経団連と経済同友会と日本商工会議所です。この3つが役割分担をしています。まず、日本商工会議所。神戸も商工会議所がありますよね。西宮も商工会議所がありますよね。そうやって地方財界を束ねるというのが商工会議所の役割です。経済同友会というのは、まだ財界全体で意思統一ができないような問題について、先行的に研究・調査を進めていくという組織。良くいえば論客が集まっているところです。新聞で財界人が問題提起をするような時には、経済同友会のメンバーが多いです。さて、日本経団連――ここは財界の意志決定をする。どういう意志決定をするかというと、社会保障はこのように変えよう、消費税は何%にしよう、日中関係はこのように変えていこうというようなことを決定するんです。決定したことを「意見書」という文書にまとめ、これを大臣や首相に手渡す。この文書のとおりに日本の政治をやってくれというわけです。これは単なるお願いではありません。あとでふれるように日本経団連は自民党や民主党への献金を斡旋していますから。そのカネはこの「意見書」を実現する見返りを求めてのワイロだということになるわけです。
それぞれの財界団体には、当然ですが責任者がいます。日本経団連は御手洗冨士夫・キャノン会長です。副会長はトヨタ、新日鐵、新日本石油、三菱商事、松下、第一生命、三井物産、東レ、みずほ、日立、三菱重工――これは日本最大の防衛産業ですが――野村ホールディングス、全日空、三井不動産、東京電力副社長。これが今のトップです。これは2008年5月の総会で新たに選出された会長・副会長です。これが1,658人の集まる日本中の大企業経営者の利害をまとめるグループです。財界にはこのように顔があり、個人がいる。誰が財界の代表であり、誰が国民を苦しめる政策を打ち出しているかは明白なのですね。
経済同友会は桜井正光さんという人が代表幹事です。リコーの会長です。日本商工会議所の会頭は、東芝の会長をやっている岡村正さんという人です。東京商工会議所の会頭です。この日商の副会頭の一人に神戸商工会議所の会頭がいます。神戸製鋼所会長の水越浩士さんです。この人が神戸・兵庫地域の財界・大企業のとりまとめ役になっているということです。
今年の経団連総会が決議したもの
最近の日本経団連の活動を紹介します。毎年の総会が今年は5月28日にありました。5月28日の総会決議の中に「採るべき政策は明らかである。われわれは断固として改革を継続し、グローバル化のもたらす市場の拡大や資源の自由な移動を活用する。そして、民間や地域の活力を最大限に引き出す。これこそが、成長力を高める唯一の処方箋であることを、すでに学んでいるからである」と書いています。ただし、次の段落で「逆境の中にこそ好機が生まれ」とありますから、最近逆境だなと、そういう自覚が少しはあるようです。自民党は選挙で大敗し、非正規雇用への批判では会長企業であるキャノンが政策転換を迫られていますからね。
そのあとに大きな1から6まで具体的な要求項目があがっています。
1番目は「成長力強化に向けて民間活力を引き出す」となっている。誰の成長力かは書いていませんが、もちろん“大企業の”です。国民生活の成長力強化であればありがたいのですが、もうけ第一主義の財界がそんなことをすすんで考えたりはしないのです。
2番目は「経営環境を整備して競争力を高める」です。その(1)に、「法人税制や経済法制の見直し」とあります。法人税を支払う当人たちが、法人税を高くしろと言うわけがない。つまり、法人税をもっと安くしてね、と言っているわけです。その文書を首相に渡すのです。そして自民党に金を渡すのです。
同じ2番目の(3)、ここも重要です。「労働力人口の減少が加速する中で」――実効性のある少子化対策を全然していませんから、こういわずにおれないわけです。今朝テレビで「サンデープロジェクト」を見ていましたら、中川秀直氏が出ていて、「これから日本の人口は4,000万人減りますから」と平然と言っていました。「4,000万人減るのですから公務員を3分の1にします」などと言っていました。今のペースで4,000万人減ったらえらいことですよ。そこら中、ガラガラになっていくということですから。でもそれを食い止めることを前提にしないで、どうせ減るのだからということを前提にしてものを考えています。この経団連決議も似たようなものですが、「労働力人口の減少が加速する中で、女性や高齢者を含む全員参加型の社会を構築し、良好な労使関係のもとで」――資本にとって良好な労使関係ですね――「働き方の多様化や」――つまり正規もあれば非正規もあるということです――「従来の人事・賃金制度の見直しを通じた仕事と生活の調和を推進し、経済の活力を維持する」。
最近いろいろな人が働くことができ、いろいろな働き方ができて、仕事と生活が調和できる、これを政財界はワークライフバランスと言っています。ワークライフバランスの調整をしていきましょう。言葉は美しいのです、仕事と生活のバランスを取ると言うことですから。こういう言葉をつかわれると、ひょっとしたら少しでも早く家に帰れるのかな、働きたい時間だけ働いて帰れるのかなという期待も生まれます。でも、その中身をよくよく見ていると、要するに総額人件費削減なのです。ここで「従来の人事・賃金制度の見直し」といっていますが、これの中心がホワイトカラーエグゼンプションの導入です。非正規雇用をどんどん増やす「労働ビッグバン」の推進に大きな役割を果たしたのが、先程の経済財政諮問会議の民間議員でもある八代尚宏さんという学者です。この人なりの言葉でいうと、労働ビッグバン第1段階は非正規雇用を増やすことだった、これはかなり成功した、これからは第2段階だ、それは正規雇用労働者の権利を破壊していくということだ。それの最初に位置づけられているのが、ホワイトカラーエグゼンプションなんです。2007年に「残業代タダ法案」として散々たたかれ、自民党でさえ国会にあげることができなかったものです。復習をしておけば残業代は、労働時間ではかるのでなく、「成果」ではかるというものです。つまり「君たちの残業は成果で評価する、月に200時間残業した? 時間数は関係ない、200時短でオマエはこれしかできなかっただろう、だから給料はこれだけだ」、これがホワイトカラーエグゼンプションです。これがあらためて狙われている。
3番目は「国民の安心・安全・希望を確保する」となっています。しかし、(1)「持続的な社会保障制度の確立、財政の健全化を図るため、消費税等の安定財源の拡充」と言っています。消費税の増税です。先程見たように、自分たちの法人税は下げろと言っている。でも、それでは金が足りなくなるから消費税を上げろと言っている。財界というのは、こういうことを臆面もなく言う連中の集まりで、御手洗冨士夫という人がその指導者です。さらに、(3)には「農業の活性化・競争力強化等に取り組む」という文章が入っています。農業の育成ではないのです。「競争力強化」です。つまりさらに農産物の輸入を継続し、そのなかで海外との競争にさらし続けるというわけです。21世紀の食料危機にそなえて、そして投機による最近の食料の高騰をうけて、いま世界中が必要な農産物をできるだけ自給しようという動きになっている。その中で経団連は、競争を野放しにして、競争に勝てるものだけが生き延びていけと言っているわけです。そのほか、いろいろと好き勝手なことを言っています。
自民党・民主党を「支援」するための財界通信簿
大きな4番目が「地域の活力で日本全体の豊かさを向上させる」、5番目が「世界経済のダイナミズム発揮を担う」、そして6番目が「透明で公正な経済社会を構築する」です。
この6番目はなかなかすごいです。(1)「政策を軸にした政党支援を通じて、各政党が生活面で切磋琢磨し、建設的な協議を積極的に進め、迅速な改革が実現するよう働きかける」。どうやって支援し働きかけるのか、カネですよね、カネ。その金を渡す基準をはっきりさせるために、経団連は自民党と民主党に通信簿をつけています。
(図)
これが財界通信簿の最新版、2007年11月12日版です。昨年の7月29日の選挙で、民主党がかなり自民党批判をして勝ちました。民主党は選挙に勝つために、消費税を先延ばしにする、アメリカの軍艦にインド洋で石油はやらない等と言いました。だが、それは日本経団連にとっては気に入らないことだったのですね。この表の民主党の「合致度」という欄を見ていきます。合致度というのは、日本経団連の政策と民主党の政策がどれだけ合致しているかということです。一番上の「税・財政改革」は「C(B)」となっています。( )の中は前回の評価です。つまりこれは、前回Bだったが、今回はCに落ちたということです。これはA~Eの5段階評価になっており、子どもの通信簿の5~1と同じです。つまり、子どもの通信簿風にいえば、民主党の「税・財政改革」は4から3に落ちたということです。なぜ落ちたか。消費税をすぐには上げないと言ったからです。評価の基準は明快です。その点自民党の評価は高いです。「A(A)」ですからね。いつでもオール5みたいな状態です。
民主党の下から4つ目の「雇用・就労」を見てみましょう、前回のCからDに落ちています。5段階でいったら2に落ちています。なぜならば、民主党は選挙中に一定の貧困批判、ワーキングプア批判をやったからです。しかし、見てきたように、貧困・ワーキングプアを推進していくというのが日本経団連の方針です。それに逆らうつもりなのか民主党は、という評価です。そして一番下の「外交・安保」もBからCに落ちています。テロ特措法の延長に反対して、アメリカの怒りを買ったからです。
実は、この政策評価は11月12日に出ているのですが、原案が出ているのは11月の頭でした。それは例の福田・小沢会談の真っ最中です。そのさなかに、この原案は新聞に発表され、民主党の小沢さんから「我々は政権担当能力がないと思われている」という有名なセリフがあらわれるわけです。一体誰に「思われている」のか。「アメリカと財界に」ということです。そこで大慌てで、政権担当能力を示さないといけないと判断して、小沢さんは自民党との大連立に大きく動いたわけです。その小沢さんの動きは失敗し、財界のたくらみも実らなかったわけですが、しかし、このように財界通信簿はそれぞれの政党に大きな影響を与えています。日本経団連は、この通信簿の評価に応じて献金を斡旋するわけです。点数がよかったら金をやる、点数が悪かったら金をやらないという利益誘導です。
財界通信簿2008年版の採点基準
さて、日本経団連は、次の通信簿の採点基準となる「当面の優先政策」(2007年12月11日)を発表しています。
当面、以下の10項目の政策の推進が極めて重要である。
①経済活力・国際競争力の強化と財政健全化の両立に向けた税・財政改革
②将来不安を払拭するための社会保障制度の一体的改革と少子化対策
③民間活力の発揮を促す規制改革・民間開放の実現と経済法制の整備
④日本型成長モデルの実現に向けたイノベーションの推進
⑤持続可能で活力ある経済社会の実現に向けたエネルギー政策と地球環境対策の推進
⑥公徳心をもち心豊かで個性ある人材を育成する教育改革の推進
⑦個人の多様な力を活かす雇用・就労の促進
⑧道州制の導入の推進と魅力ある経済圏の確立
⑨グローバル競争の激化に即応した通商・投資・経済協力政策の推進
⑩新憲法の制定に向けた環境整備と戦略的な外交・安全保障政策の推進
上記優先政策事項は、2008年の政党の政策評価の尺度となる。
これがその10項目です。どれも重要ですが、もっと規制改革・民間開放をすすめる、もっと雇用・就労を多様化する、そして「新憲法の制定」推進を求めています。つまり憲法を変えろと言っているわけです。この基準でいい点数を採った政党には、たくさんカネをくれてやるというわけです。金はたくさんあるわけですよ、最初に紹介したように。1年間の経常利益が何十兆とあるわけです。これらが「構造改革」つうじて私たちの生活を破壊してきた連中であり、その指導部であり、現時点での要望です。こういう勢力と正面から闘うことなしに、私たちの生活は改善されません。
3、どうすれば貧困・格差社会が転換できるか――財界・アメリカいいなり政治の転換
財界・アメリカいいなり政治の限界
では、財界と闘うというのは、具体的には何をするということか。その中心は、やはり政治の転換です。つまり、財界が金をやるといっても「いいや、おれは受け取らない」という政治をつくらないといけない。それはどうやればつくれるか。国民過半数の合意をつくって、そういう志をもった政治家・政党を政府につけていくことです。この課題に正面から取り組むしかないのです。財界の金を受け取る人間が政治をやっている限りは、それがどの政党の人間であったって駄目なのです。企業団体献金は絶対に受け取りません、そういう政治家・政党に政権を握らせないと駄目なんです。
政治をかえることは、夢物語ではありません。2007年には、すでに安倍内閣の見事な撃沈という事件が起こっているわけです。毎年5月3日に憲法集会がありますが、2007年の憲法集会集まってきた人たちには、悲壮感が漂っていました。なぜなら、その時期はちょうど改憲手続き法が国会で強行されていく瞬間だったからです。そして自民党の総務会には、2010年改憲案発議、2011年国民投票というスケジュールさえまわったわけです。安倍自民党は、参議院選挙に155項目のマニフェストを出しましたが、マニフェストの第1項目は「新憲法制定の推進」でした。しかし、その自民党は歴史的な大敗を喫したわけです。ですから、今年2008年の憲法集会や、5月6日に大阪で行われた「9条世界会議in関西」に集まった人たちは、みんなニコニコ笑っていました。憲法を守ろう、平和を守ろうという自分たちの取り組みで、実際に政治を大きくかえてきたからです。
安倍さん退陣のあと、福田内閣は一度も具体的な改憲日程が語れていません。それはそうです。首相がかわったところで、国会に自民党の議席が一つでも増えたわけではありませんから。だから、福田さんがやったことは、何よりも民主党との「大連立」を実現させようとしたことです。しかし、それは国民世論がゆるさなかった。民主党執行部が「大連立」に反対したのは、いま自民党と組んではまずい、それは国民がゆるさないと判断したからです。福田さんはもはや支持率20%程度となっているわけです。もはややるべきことは衆議院の解散をいつするのかしないのかを判断するぐらいで、自民党の中ではポスト福田が公然と話し合われている。しかも、そこで名前があがっているのは、麻生太郎さんという再び昔の人であるわけです。自民党には本当にもうタマがない。麻生さんでは、国民の支持が得られないだけでなく、あの人はゴリゴリの靖国派ですから、東アジアとうまくいかないし、それではアメリカともうまくいかない。こういう人物しか総裁候補に名前があがらないところに、自民党の深刻なゆきづまりがあらわれています。
民主党はまったく困っています。一方で、自民党を批判しないと選挙に勝てない。同時に財界・アメリカにも気に入られないと政権につけない。しかし、そんなことできるわけがないのです。絶対両立しないのです。そこで民主党は、右へ、左へ、フラフラです。ですが、参議院選挙が終わって日がたつにつれて、民主党は財界・アメリカの支持をしっかり回復することに力を入れるようになっています。たとえば財界に対しては「ちゃんと消費税を増税しますから」と約束しましたし、アメリカに対しては「テロ特措法の延長は反対ですか、アフガニスタンに陸上自衛隊を送るなど、別のやり方でアメリカの戦争に協力します」という態度をとっている。いわゆるアフガン特措法ですね。さらに、この法案の中では、派兵恒久法を民主党こそがやりますと言っています。今、自民党がこれに飛びついて、この秋の国会で派兵恒久法を成立させるという企みも行われているわけです。ただ私は、もしこれを出せば、多数決ですから国会で成立する可能性は高いと思うのですが、昨年の国民投票法に参議院選挙での国民の反撃が起こったように、それはやはり、大きな国民の反撃を巻き起こしていくと思います。
護憲に力に革新を、憲法どおりの日本をつくろう
さて、こうした財界・アメリカいいなり政治をどういう方向に転換していくか。こんな自民党政治ではあかん、たいしてかわらぬ民主党の政治でもあかん。では、どういう政治の道を示すのか。それは、今ある憲法をまじめに実行していく政治をつくるという道です。最初に第11条や第25条を紹介しました。何よりも国民の生活がまず大事だ、そこにまず政治の力をそそぎましょう、それが本当の政治の姿ですと憲法は書いてあるわけです。その通りの政治をつくろうということです。今、7,000を越えたと言われる「九条の会」に代表される、憲法を守ろう、条文の書き換えをゆるさないという取り組みが発展しています。条文の書き換えを許さないだけではなく、もう一歩進んで、憲法通りの政治を本当にまじめにつくっていこう、こういうふうにさらに一歩踏み出すということが、今求められていると思います。
その点では私たちは、護憲の取り組みを過小評価してはいけません。私、「九条の会」でもよく話をさせてもらいますが、いまや「私たちは少数派です」などと叫ぶ必要のある局面ではない。読売新聞が4月8日にイヤイヤ発表しましたよね。ついに護憲派が改憲派を超えた。そういう世論調査の結果が発表されているわけです。読売の調査では、93年から一貫して改憲派が多数だったのに、それがいよいよ逆転しはじめているわけです。こういう局面を切り開くうえで、私たちの取り組みが大きな役割を果たしている。そのことを反対の側から証明してくれているのが、改憲派の最大の議員集団「新憲法制定議員同盟」です。会長は、あの中曽根康弘氏です。これが昨年2007年3月27日の総会では、「護憲派の運動(例えば九条の会)が盛んになっているので、是非、当議員同盟が中心になってこれに対抗する運動を強力に展開してゆくべきである」といっています。今年の3月4日の総会でも、民主、公明両党の議員を中心に会員の増強を進めることに加えて、やはり「九条の会」に対抗する地方の拠点づくりの重要性を語っている。このように改憲派は、国民の草の根の護憲運動を、世論の変化をつくる最大の脅威ととらえています。
さきの読売新聞です。「今の憲法を改正する方がよいと思う人は42.5%、改正しない方がよいと思う人は43.1%で、わずかながら非改正派が改正派を上回った」となっています。「わずかながら」とか、護憲派といわずに「非改正派」なんてまわりくどい言い方をするところに、読売の悔しさがあらわれているわけです。読売の調査では、93年以降ずっと改憲派が多かったそうですが、これは例の国際貢献論の影響です。国際貢献のためという大義名分に、国民の多くも同意してきたわけですね。しかし、今その国際貢献論の化けの皮がはがれてきている。国際貢献ではなくアメリカ貢献ではないかということが分かってきているわけです。誰がそれを明らかにしてきたか、それが私たちの運動です。
とはいえ、皆さん方の中には、私が入っている「九条の会」はそんなに頑張っていない。そういう思いを持たれている方もいるかもしれません。その通りです。しかし、何せ全国には7,000を超える会がある。これが、もし毎日、毎日ビラまきをしていたら、日本中うるさくて仕方がない。実態は、3カ月に1回思い出したように勉強会をする、3カ月に1回思い出したようにビラを配る、3カ月に1日思い出したようにのぼりを立てる、これを全国7,000以上の組織が順番にやるわけです。これが大きな力になり、これが日本をつくりかえる力になっている。いわゆる全国紙は全部改憲派じゃないですか、テレビ番組だって護憲を結論にする番組はほとんどない。それにもかかわらず、新聞が世論調査をするたびに護憲派が増えていく。この現実をつくっているが、私たち、みなさん方の取り組みです。
個人やグループの発意が支えた「9条世界会議in関西」
ついこの間、5月6日に大阪の舞洲という埋め立て島で、「9条世界会議in関西」が開かれました。私も「慰安婦」問題のブースを担当していました。実はその前の週ぐらいに、実際のところ何人くらい参加しそうなのと、主催者側のメンバーに聞いたことがありました。すると「わからない」というのです。いわゆる組織動員で「あなたの組織は何人」「あなたの組織は何十人」というやり方をしていないから分からない。3,000人は来ると思うんだけどといっていたわけです。目標は5,000人でしたから、3,000人ではカッコがつかない。ところが、当日ふたを開けてみたら、強気で準備していた6,000部のパンフレットが、またたく間になくなった。全体会が始まった瞬間に6,000全部なくなったのです。1,000円の参加費をもらって、それを払った人にパンフレットをあげていたわけですが、ところがパンフはもうないわけです。どうしたのかというと、受付の人がもうとにかくそこら辺にあった紙にハンコを押して渡していたそうです。結局、参加は8,000人です。そういう取り組みの主催者の予想をこえる力を、護憲の運動はすでもっています。
いろんな人と話をしましたが、小さいグループで来ている人がたくさんいました。京都の福知山からバスで30人くらいできました、和歌山の南の方からバスできました、といった具合です。「東播磨からきました」という人がいたので、「あなたもバスですか?」というと、この方たちはJRでした。そういう、現場の個人や集団の発意が8,000という数になったわけです。そして、安倍内閣を倒して、情勢をこの1年で大きく変えたという実感があるので、参加者がみんな笑っている。
1つだけ、このように取り組みの輪がひろがっているということは、同じ護憲ではあっても、取り組みの細部に立ち入ると意見がいろいろ違う人たちが集まっているということです。この点には、少し注意がいります。こまかい一々のことでケンカをせずに、政治の大局を見て、これを前向きに変化させることにポイントをおいた行動をとっていく必要があるということです。たとえば、そこでは自衛隊をすぐになくす必要があるか、どうか、そこでケンカする必要はないのです。こういう具合に、自分と意見の違う人と、お互いに寛容の精神をもって手を握りあう、そういう懐のひろさをいま日本の運動はキチンと身につけていかなければならない局面にあると思います。
闘いをよびかける若者の雑誌『ロスジェネ』
社会と政治をかえるという点では、新しい試みも起こっています。いろいろな形で話題になっていますが、先日『ロスジェネ』という雑誌が出ました。超左翼マガジンというキャッチコピーがついています。彼ら編集部は若いです。30代終わりぐらいまでの人ばかり。彼らは率直に、おっちゃん、おばちゃん世代のサヨクの言葉は耳に響かないというのです。だから、若い世代に響く言葉を、自分たちがつくりあげるというわけです。今回の創刊号は、巻頭特集で、赤木智弘さんという方と、編集長の浅尾大輔さんの対談です。赤木さんという方は、非正規雇用で大変な生活をされて、今の日本にこういう状態を変える力がないなら、いっそ戦争でも起こってくれ、そうやってみんな貧乏になれば、自分も耐えていけるといった議論を『論座』という雑誌に書いていた方です。他方で編集長の浅尾さんは、ついこのあいだまで国公労連の専従者で、一人一人の非正規雇用者を救うために労働組合の立場からがんばってきた人です。こういう2人の対談です。そこには、もちろん、いろいろなことで意見の違いがあるんです。しかし、今の貧困の問題、ワーキングプアの問題を何とか解決していかねばならないという点では合意するわけです。そういう合意を若い世代の中でどうやって運動につなげていくか、そこを真剣に模索しているわけです。
若い人たちの雑誌です。いろんな意見の違いもあります。でも、それが今の社会を若い人が大変な目に遭っていてしょうがないねと嘆くのではなく、どうやってかえていくか、どういう闘いを組んでいくかという角度から、熱意のこもった議論が行われている、こういう雑誌が出されているということは大変重要なことだと思います。かもがわ出版で最初3,000部印刷したそうです。売れるかどうか分かりませんから、これは一種のばくちですよね。ところがいろいろな書店に「売ってください」とお願いにいったら、東京の大手の書店が、店頭で売り出す前に「もっと持ってこい」と言ったそうです。「いまは若者が大変だではなく、若者よ闘おうという雑誌がウケるんだ」そういう反応だったそうです。それで出版社は発売前から増刷したと聞いています。中身についていろいろ議論はあると思います。それはそれで、いろいろ議論をしたらいい。でも、若い人たちが、現状を変えるために闘おうと呼びかける雑誌をつくっている、そして、それが社会の中で大きな話題を呼んでいる、これは大変なことだと思います。
変化する社会の探求をよびかける『季論21』
他方で、若い人たちに声が響かないといわれてしまった、おっちゃん、おばちゃんの側にも、新しい雑誌をつくる取り組みがすすんでいます。文学者や思想家、社会科学者が集まって7月から『季論21』という雑誌を出します。創刊号のテーマは「九条の思想」です。正面から今の日本と世界を分析し、そのあり方、また転換の方向をいろいろに議論していこうという雑誌です。80年代末から、日本も世界も急激な変化がつづいている。政治はいつでもこれに遅れることなく対応していかねばならないわけですが、そうした変化に対する学問の探求が十分追いついているとはいえない。そこで、それらの問題についてじっくり研究を深めていこうということです。年間講読4,000円なんですが、私たちのまわりでは、この雑誌への支援の意味をこめて1万円読者になりなさいと、そういう取り組みが行われています。そうやってみんなで本の出版を支え、学問研究の場をつくりだしていこうということです。こういう取り組みも、いまの社会をかえる力を大きく支えるものになるでしょう。
4、どうすれば貧困・格差社会が転換できるか――住民本位の自治体をつくる
憲法どおりの兵庫をつくろう
貧困と格差の社会を転換する上で、国の政治の転換とまったく同じように闘われるべきが地方政治の転換です。憲法どおりの国をつくれ、同じように、憲法どおりの地方自治体をつくれということです。そこには何の競合もありません。皆さん方が、県や国に対してあれこれ要求することも、憲法どおりにやれということとおそらく何の競合もないはずです。すべては一本の線でつながります。
大阪市長選、大阪府知事選、そして京都市長選と、関西では参議院選挙後にも大きな選挙がつづきました。昨日京都へ行ったついでに、いくつかのことを聞いてきました。そうすると、京都市長選で951票差で負けはしたのだが、そこまで追いつめたので、選挙戦の争点になったテーマで、いま京都市長側が次々と譲歩を始めているというのです。その代表の1つが、高過ぎる国保料の引き下げ、何と全世帯の9割が引き下げだというのです。これを京都市がやり始めた。そうしないと、次の選挙で絶対に負けるからということです。選挙で追い込んだことが、大変な成果を生んでいるわけです。選挙中は市長側は、京都市の国保料は安いのだからまける必要はないと言っていたそうです。それから2つ目に、同和奨学金の返済を京都市がやっていたという妙なことが行われていた。これについては、税金の使い方としてそれはおかしいだろうと、市民オンブズマンが訴えて、大問題になっていた。すると今回、市長側がこれの見直しを開始する、凍結をすると言い出しています。さらに3つ目が、青年の雇用の問題です。京都市で最低時給1,000円という条例をつくろうという取り組みがあったわけです、それを受けて市長側は、今まで雇用の問題は国と府の所管であって京都市は関係ないと言い張っていたのに、今は窓口を作ると言い出している。作らざるを得ないところへ追い込まれたわけです。こうやって地方でも新しい変化が起こっている。昨日の学習会は、そういう変化をつくったことに確信をふかめた若い人たちが、さらに根本から勉強して、力をもっとつけていこうというものでした。
さて、兵庫県政の問題です。来年の夏までには選挙があるのは確実です。そして、これは来年の夏になって、急に取り組みを開始したのではまにあいません。そこで、まだ1年前ではなく、もはや1年しかないのだぞということで、県政を語る力をつけていくことが必要です。憲法県政の会が出版した『ウィーラブ兵庫』を読まれている方は、すでに知っておられるでしょうが、兵庫県民の家計可処分所得は全国34位です。そういう県民貧乏県であるにもかかわらず、県民生活を支える予算を次々削る「新行革プラン」が提案されている。2008年9月にはそれを議会で確定すると言っています。ですから、その9月の議会に県民の声をつよく届けていくというのは、とても大事なことになっています。その時に、そんなにむずかしいことをいう必要はない。憲法に書いてあるじゃないか、その通りの政治をどうしていないのか、憲法どおりの政治をやれ、これを強く訴えていけば良いわけです。
憲法どおりの日本をつくる出発点に
2008年の県知事選には、重要な3つの意義があると思います。1つはもちろん、県民の貧困と格差をすすめ平和と安全を脅かす井戸県政を転換する、暮らしと平和を守る憲法どおりの政治を実現する、これが最大のテーマです。2つは、その取り組みをつうじて、県
民自身が本当に県政の主人公として育っていく、住民の自治意識を育てていく、主権者として育っていくということです。そして3つは、兵庫県に憲法どおり県政ができたとなれば、それは全国への大きな励ましになるわけです。あらためて1960年代、70年代に革新自治体が全国にふえていったあの時代の変化というものを、今度は兵庫県から全国につくっていく、その大きな拠点になるということです。
先ほど、全商連の会議がここ神戸であったという話がありました。そこでもこの本が売られました。兵庫県以外の人たちが、20数冊買っていかれたそうです。どういうことかというと、日本中どこでも県知事選はある、それをどう闘うかということを考えた時に、憲法を土台にすえて県知事選をやるという、その兵庫の取り組みに関心があるということなんです。そのように全国からの注目も広がりつつありますから、私たち負けるわけにはいきません。こうすれば、こういう変化をつくることができた、こうすればこのようにうまくいった、そういう大きな経験を全国に普及していく先頭に立たねばならない。
かかげる政策の詳細はこれから議論していくことですが、どんな施策ももちろん日本国憲法を指針にすえてつくられる。そこでは、次のような柱が含まれることになると思います。医療と福祉は最優先、県民の命と暮らしを守れ、大企業の応援よりも労働者・中小業者・農漁民、地域経済をしっかり守ってまじめに働く人を応援しろ。女性の地位の向上に本腰を入れる、もちろん子どもは社会の宝です。地球の環境を守る先進県に兵庫がなります。それから平和と安心の兵庫、非核・平和の兵庫をつくる。また県の職員はいろいろな専門能力を持っているわけですから、その人たちが意欲を持って県民のために働くことのできる環境を整える。そして県民いじめの「新行革プラン」はもちろんきっぱり白紙に戻す。こういう政治が、知事がかわればできるのだ、という声を是非広げていきたい。広げていかなければならないと思っています。
5、どうすれば貧困・格差社会が転換できるか――われわれ自身が強くなる
過半数の仲間をつくる取り組みのイメージ
最後、どうすれば貧困・格差社会が転換できるのか、我々自身が強くならなければならんということです。強くなるというのは組織の人数も大事ですが、同時に、一人一人がかしこくなる、何と言っても人を説得する力を高めるということが重要です。たとえば県知事選では、過半数の支持を集めていくという構えが必要です。それを実現する取り組みというのはどういう取り組みなのか、そこのイメージを豊かにしていくことが大切です。なにせ私たちは、80年代以降、頑張って身内を支えるということに大きな力を費やさずにおれず、近くにいる人たちを支えるということに多くの力を費やさずにおれなかったわけです。しかし、そういうスタイルの取り組みでは、過半数の仲間を得ることはできません。そこをあらためて直視する必要があるわけです。
先日、また京都の蜷川府政にかかわる本を読んでみたわけです。あらためてものすごい運動だと思いました。やはり28年間も民主府政が続くためには、府民によるものすごい運動があったわけです。健全な保守との共同、ここにあげたのは蜷川さんの言葉です。「我々は保守を敵だとは思っていません。保守と革新が相しのぎ合って、そしてこれを止揚して、よりよい政治体験をつくっていく、それが我々の立場なのです」。蜷川さんは、歴史を昔にもどすような反動はいかんと言っている。しかし、保守も健康な政治であればいいんだと。もっと前に行きたいという革新の政治もあるだろう、でも少しずつ行こうやという保守の政治もある、そこの力を合わせて、みんなでバランスを取っていくんだ、そうしないと多数の合意はつくれないというのです。
さて、皆さん方の取り組みは、健全な保守、健康な保守に対して、どれほどの働きかけができているでしょう。保守と革新というものは、本当に保守が健全であれば、良い社会をつくるひとつの条件になるわけです。いま憲法を守ろうという世論が国民の多数になろうとしている。そこには自民党を支持するひともたくさんいるはずです、「ワシは保守だ」という人もたくさんいるはずです、そういう人たちと「同じ護憲派なんだから」「憲法どおりの政治をいっしょにつくろう」、そういう話し合いがどこまでできているかということです。そういう人たちと手をつないで、兵庫にも、日本にも、憲法どおりの政治をつくっていこうという取り組みが必要です。ですから、あいつは自民党だから駄目だと決めつけてしまうのは、まったくいかんということです。そんなことをやっている限り、取り組みの幅はどんどん、どんどん狭くなる。あの団体は駄目だなんて言っていては駄目なんです、今のような激動の時期だからこそ、繰り返し、繰り返し、話しあいに行く必要があるわけです。
思いついた者が自分から率先して声をあげる
蜷川さんたちの政策にも、学ぶべきものはやまほどあります。その基本精神はまったく古くなっていない。なにせ根底にあるのは憲法ですから。「農業で勝負する」という言葉が出てきます。それ1本で食っていけるように、府が支えるのだと言っているんです。「獲る漁業より育てる漁業へ」も有名な取り組みのスローガンです。思い起こして、改めてそういえばそうだったなと思ったのは、中小企業を民商が組織するだけではないんです、京都の中小業者は、半分は民商が組織して、半分は驚いたことに府が組織していたんです。そして府が指導するので、あなた方中小企業は、こういう風に経営するんだと、そして中小企業組合というのを、どんどん府がつくらせていた。そこに就職した友人などもいたわけです。いずれにせよ、府民みんながちゃんと生活していけるように、それに必要な条件を政治が先頭にたってつくりあげていっていた。自己責任だ、オマエが自分でやれなんてバカな政治とはまったく違う。もちろん教育は、男女共学・小学制・総合性の高校3原則です。こういう政治を府民の運動が支えたわけですが。
ところで、蜷川府政が誕生したのは1950年です。それまで中央の中小企業庁の長官だったわけですか、吉田茂首相と政策があわずに辞めてしまうわけです。そして京都へ帰ってきたら、京都駅でたくさんの人に取り囲まれてまった。「おまえ、府知事選に立候補しろ」といったわけです。蜷川さんはそこで一度は断るわけですが、府民がそれでは引き下がらない。家の中まであがって何日も籠城したというわけです。それで仕方がないから立候補しようかということになった、そして、その時には「どうせ勝てないから」ということも話題になっていた。ところが、選挙をやったら勝ってしまう、そこから蜷川さんは、一生懸命、憲法や地方自治を勉強していくということになるわけです。
しかし、残念ながらこの蜷川さんの選挙をささえた民統会議という幅広い統一の組織、いま風にいえばネットワークの組織は、そのあと6カ月で壊れてしまいます。ぶっちゃけていうと、社会党と共産党の統一がうまくつづかなくなった。でも、それにもかかわらず蜷川府政はそのあと28年もつづくのです。そこには政治を政党まかせにしない府民の取り組みがあった、政党が自分たちでうまくまとまることができない時には、府民が政党をまとめていこうという取り組みですね、政党がまとまらないから仕方がないではないんです。だって政治の主人公は政治家や政党ではない、主人公は国民・府民なのですから。蜷川さん自身も何とか広く統一してくれと年中訴えています。
そういう府民の工夫が大きな力を発揮した一例が、1965年に結成された京都憲法会議の取り組みです。これが今、全国にある憲法会議のスタートです。憲法を守ろうという一致点で政党や思想を越えて人々が集まる。そして蜷川民主府政にたいしても、憲法を生かした政治をしようと訴えていく、そういう政治の京都をつくろうという運動の先頭に立っていくわけです。また同じ65年、蜷川民主府政が次の選挙で負けるかもしれないというので、京都府医師会と京都府保険医協会が、蜷川府政継続に向けた「懇談会」を呼びかける。要するに、広範な人たちの合意を作って、次も蜷川さんで行こうやと言ったわけです。蜷川府政は医療の充実を重視し、低医療費政策に苦しむ保険医を守る取り組みをすでに行っていた、このあたりの話はまさに今の医師不足問題、国による医療費抑制政策に直結しているン世代です。さて、ここで重要なのは、府民の広範な結集、ネットワーク化のイニシアチブを、それをせねばならないと気づいた団体が自分から引き受けているということです。誰かがやってくれる、こういう運動の中心は労働組合がやるものだとか、こういう運動の中心は政党がになうものだとか、こういう運動の中心には学者が立つものだとか、そういう思いつきにとらわれていない。自分たちが主人公なのだから、自分たちが思いついたのたがら、だから自分たちがやるということです。
同じ姿勢が、いまの兵庫県にも必要です。こういう政治を兵庫につくりたい、こういう政治を日本につくりたいというイニシアチブは誰もが発揮してもいいのです。誰かがやってくるのを、声をかけてくれるのをじっと待っているのは傍観者です。その誰もが自分からやろうという精神が、京都の取り組みにはよく現れているわけです。じつは、先ほど紹介した「9条世界会議in関西」には、そういう自由な発意が集まっていた。その精神をさらに発展させて、政治をかえる取り組みの中にもいかしていく必要があるということです。
最後の最後はいつでもどこでも同じです。徹底的に学んで欲しいということです。あらゆる会議で時間を取って、たった15分の読み合わせでもいい、15分読み合わせて、10分間ブツブツみんなでしゃべり合う、たったそれだけのことでもいいですから、必ず勉強するということを、いろいろな運動団体の当たり前の習慣にしていただきたい。
それから学習の基本はやはり独習です。自分で本を買って、それに線を引いて、読んでいくという学び方です。独習を毎日の生活の中にとれ入れる。どんなときでも本とペンを手放さない。だから、今日はこの集会があるなと、家を出たときに、本とペンを持っていなかったという人は、そこの意識の時点でダメなんです。そういう手ぶらで行動するという習慣を変えないといけない。バスの中でも、電車の中でも、少しずつでも本を読むという生活になれないと。
では、学びのキーワードは何か、1つは憲法です、「日本国憲法」です。もう1つは、「ウィーラブ兵庫」です。もう1つは「広い共同」です。身内の人に話をするのではなく、今まで会って話したこともないような人とは話し合い、合意をつくり、できることなら説得していかないといけない、そのためにはどうしたらいいかなということを考えるということです。この3つのキーワードで是非勉強していただきたいと思います。国の政治を変えるのも憲法どおり、地方の政治を変えるのも憲法どおり、皆さん方の運動団体の一つ一つの要求をかなえるのも憲法どおり、これでいけるわけですから、是非憲法を骨太く取り組みの前に押し出しながら、格差社会よさようなら、格差推進の知事よさようなら、憲法社会よこんにちは、こういう日本づくりにお互いに力を発揮していきたいと思います。
では、これで終わります。どうもありがとうございました。
(拍手)
時 2008年6月1日(日)
場所 神戸市勤労会館7階大ホール
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