以下は、『経済』2009年1月号(第160号、09年1月1日発行)に掲載されたものです。
小見出しは、編集部がつけてくれました。
自作自演的インタビューです。
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「『資本主義の限界』を考える」
1・マスコミが「資本主義の限界」を論じる時代
〈背景に資本主義の問題の深刻化〉
--サブプライムローン問題をきっかけとした金融危機の深まりのもとで、マスコミが語る「資本主義の限界」論も新しい局面に入ってきているようですが、最近のマスコミのこうした状況をどのようにご覧になっていますか?
資本主義に対するメディアの評価の急速な変化に驚いています。たとえば1990年代初頭は、ソ連崩壊をきっかけとした「資本主義万歳」論や「社会主義終焉」論が隆盛の時代でした。しかし、その10年後の2000年前後になると、イギリスの公共放送であるBBCのアンケート調査で、過去1000年のもっとも偉大な思想家にマルクスが選ばれる。それは社会主義の「終焉」が叫ばれて、わずか10年ほどのことでした。
こうした変化の背後には、世界的な貧困の拡大や地球環境破壊など、とても資本主義万歳などとは言っていられない資本主義の問題の深刻化がありました。加えてこの時期は、最大の資本主義国であるアメリカが「国連を活用するが従わない」という政治的横暴の度を深め、また「新自由主義」的改革を世界に求めたことの害悪が、ヘッジファンドの跳梁による通貨危機の招来など様々な形で明らかになっていく時期でもありました。
日本国内に目を向けると、マルクスの著作についての新しい翻訳がまとまった形で出されるなど、マルクスへの再注目が日本の出版界にもようやく現われてきたかなと思ったところへ、2008年の爆発的な『蟹工船』のブームです。背景にあるのは、政財界による非人間的な、労働者使い捨て政策の拡がりであり、また、なんとかしてそこから抜け出したいという労働者たちの切実な願いです。私の娘や息子も映画「蟹工船」を見に行って来ました。
そういう状況のもとに、アメリカのサブプライムローン問題をきっかけとした、底の見えない世界的な金融危機が覆い被さってきたわけです。アメリカの大統領選挙にも、これまでのブッシュ路線の転換に対する強い期待があらわれましたが、「資本主義万歳」論はそれを切望した人たちにとっても、すでに夢のかなたといっていいでしょう。
長く「構造改革」や憲法「改正」の推進に熱をあげてきたようなテレビの番組が、「資本主義の限界」をテーマに日本共産党の党首を対論の相手に招くといった変化は、このように資本主義が、人々の安心できる生活を破壊している現実に根をもっています。ですから「資本主義の限界」に目を向ける議論は、一時的なものには終わりません。
先日も、金融危機を特集したテレビ番組を見ていると、恐慌という言葉が当たり前のように使われていました。そして今日の金融危機を1929年の「大恐慌」と対比して、恐慌は繰り返し起こるものだと嘆いていました。恐慌が起こる原因はいささか抽象的な人間の強欲――果てしないもうけ第一主義――に求められていましたが、それでもその強欲への注目と、強欲を必然とする資本主義の仕組みの解明とのあいだには、そう大きな距離があるとは思えませんでした。
〈マルクスへの関心の高まり〉
--大学の学生さんなど、身近なところでそうした変化を感ずることはありますか?
学生たちとのつきあいでは、まだ直接そこにつながる体験はありません。ただし、金融危機によって自分たちの就職がどうなるかということは、大きな話題の一つです。今年の3年生ゼミは、「慰安婦」問題や「歴史問題」が東アジアの経済的な共同にどういう影響を及ぼすかをテーマにしていますが、新聞記事をつかった東アジア経済の現状学習は、どうしても金融危機関連のものが多くなり、議論は湿っぽくなりがちです。
他方で、マルクスへの関心という点では、大学の教員との関係で面白い体験が二つほどありました。1つは「慰安婦」問題の取り組みで知り合った関西のある教員の話です。美学が専門だとのことでしたが、「慰安婦」問題でのある企画の実行委員会を終えて、7~8人のメンバーでにぎやかに食事をしている時に、突然「私にはいまマルクス主義がいちばん面白いですよ」と話しかけてこられたのです。予期せぬ話題だったので、ビックリしながら「マルクス主義のどこが面白いですか」と聞き返すと、「ルカーチです」とのことでした。ハンガリーの哲学者であり、ハンガリー共産党の初期の指導者の一人であったルカーチ(1885~1971年)は、理論的にはマルクス主義・科学的社会主義の流れの中心に位置づけられる人物ではないでしょうが、それにしてもマルクス主義への接近には多様なチャンネルがあることを、久しぶりに思い起こさせてくれる出来事でした。
もう1つは、私の大学の同僚との出版企画でのことです。ある教員に「マルクス主義についての対論をお願いできませんか」と持ちかけると、私との関係を「はげしいミスマッチだから面白い」とした上で、「若い読者に『マルクスを読みなさい!』と語りかけるような教育的なものをつくりましょう」と、その場で、ただちに引き受けてくれました。マルクスやマルクス主義をのびのびと語ることのできる空気が、日本の知識人のあいだにあらためて広がっているのも知れません。
そんなことを考えてみると、さきほどのマスコミがいう「資本主義の限界」論が、「マルクスのことは日本共産党に聞け」という態度をとっていることも面白いことです。私の学生時代には――1975年の大学入学でしたが――、「日本共産党は本当のマルクス主義ではない」「われこそ真のマルクス主義だ」という議論がかなりたくさんありました。しかし、それが、「オール与党」体制がつくられた80年代、ソ連・東欧崩壊のもとで「社会主義終焉」論が叫ばれた90年代の歴史の中で、思想的にも、政治的にも淘汰されてしまった。そして、そういう苦しい時代に科学的社会主義の旗をかかげつづけた日本共産党を、誰もが「マルクス主義の代表」と認めずにおれなくなっている――今日の「資本主義の限界」論には、マルクスや科学的社会主義をめぐるそのような思想状況の変化も反映しているようです。
2・「資本主義の限界」と根本矛盾
〈資本主義の発展の法則を解明〉
--マスコミの議論には「資本主義の限界なのか」「限界だったら社会主義なのか」といった問題の立て方をするところもありますが、そもそも科学的社会主義は「資本主義の限界」をどう考えるものでしょう。
資本主義が永遠につづく社会でないのは明らかで、その意味で、もちろん資本主義には「限界」があると考えます。ただし、現在の様々な困難や破局が、ただちに社会主義への変化を求めているとは考えません。18~19世紀の産業革命をへてイギリスに初めて確立した資本主義が、今日まで相当大きく姿を変えて続いてきたように、資本主義にはその内部で成長し、発展するいわば懐の深さといったものがあるわけです。その懐の深さは、資本主義が今日直面する課題の克服に際しても大いに発揮されるものとなるでしょうし、それを十分発揮させていかねばならないと思います。資本主義には確かに「限界」がありますが、資本主義がそこにたどりつくには段階的な発展の手順が必要で、資本主義の枠内での改革をつうじてその手順をしっかり踏むことが、結果的に、本当の「限界」をあぶりだすことになっていくことになると思います。
先日、若い人たちからもらったメールに、「資本主義の歴史的限界(社会主義への転換の必然性)を語るべきだ」という意見と、「資本主義の枠内での改革を強調すべきだ」という二つの意見があって、両方の整理に悩んでいるということがありました。スケールの大きな議論で、なかなかやるなという気分にさせられましたが、私は、一方だけを語るのでなければ、どちらに重点をおいてもかまわない、状況に応じていろいろな語り方をすれば良いと思っています。実際「資本主義の限界」や「社会主義への転換」を中心に語ることが、ただちに日本の当面する改革を社会主義的変革に固定させるわけではありませんし、また「資本主義の枠内での改革」を強く押し出すことが、資本主義そのものを乗り越える改革の否定につながるわけでもありません。語る側が、民主的な改革と社会主義的な改革との関係の基本をしっかりおさえていれば、具体的な語り方は多様であっていいと思っています。
その上で、資本主義の懐の広さを活用することと、資本主義の「限界」をこえて進むこととの関係を、少し原理的に考えてみたいと思います。
科学的社会主義は、生物であれ、社会であれ、自然であれ、およそのこの世のすべてのものが歴史的な発展の過程にあり、その発展の原動力となる矛盾がそれぞれの内部にあると考えます。人間社会についても同じです。そこでマルクスは資本主義がはらむ矛盾を解決する未来社会の設計図(青写真)を「空想」するのではなく、資本主義自身がその内部にもっている発展の法則を、その法則を展開させる矛盾とともに解明する「科学」に挑んでいきました。
〈「1857~58年草稿」から考える〉
この問題をマルクスの「1857~58年草稿」から考えてみましょう。そこにはマルクスの考える資本主義の根本矛盾――資本主義の生成・発展・消滅の全過程をつらぬく矛盾が、次のような形で述べられています。
「だが、資本がそのような限界のすべてを制限として措定し、したがってまた観念的にはそれらを超えているからといって、資本がそれらを現実に克服したということにはけっしてならない。そして、そのような制限はいずれも資本の規定に矛盾するので、資本の生産は、たえず克服されながら、また同様にたえず措定される諸矛盾のなかで運動する。そればかりではない。資本がやすむことなく指向する普遍性は、もろもろの制限を資本自身の本性に見いだすのである。これらの制限は、資本の発展のある一定の段階で、資本そのものがこの傾向の最大の制限であることを見抜かせるであろうし、したがってまた資本そのものによる資本の止揚へと突き進ませるであろう」(『マルクス資本論草稿集②』大月書店、18~19ページ)
わかりづらい文章ですが、前後の脈絡を説明しておくと、ここにいたるまでにマルクスは――無制限に生産を拡大しようという資本の本性は、目前の消費の限界をはじめ、あらゆる限界をいつでも、どこでも乗り越えようと活動する――新たな生産部門をつくり、あらゆる地球資源を活用し、自然科学を動員し、人間の欲求を開発し、生産に必要な労働者同士の新たな関係をつくり、そして世界の隅々にまで資本主義的生産を押し広げていく――といったことを述べています。そして、その限りでは、資本にとっては「どんな限界も、克服されるべき制限として現われる」(15ページ)のだと。ここでマルクスは、資本が限界を制限として乗り越えようとするその対象を、古い生産様式と資本主義自身が生み出す限界の二つだとして、特にその古い生産様式の克服については「資本の偉大な文明化作用」(18ページ)という表現を使っています。
こうした議論を受けて、「だが」と始まる、先の文章が続けて書かれているわけです。ここでは、資本主義が乗り越えようとする限界の主な内容は、資本主義自身が生み出す限界です。その内容を、私なりに補足しながら、かみ砕いて読んでみると、だいたいこういうことになるかと思います。
①すでに見てきたように、資本はどんな制限も乗り越えて無制限に生産を拡大しようとする、②しかし、実際にはすべての制限が乗り越えられるわけではない、③資本は一つの制限を越えても、ただちに次の制限に直面するという矛盾の中で運動する、④それだけでなく、どこまでも無際限に生産を発展させようとする資本の性質は、その制限を剰余価値生産という資本自身の性質に見つけ出す、⑤資本のある発展段階で資本そのものが自身の最大の制限であることが明らかとなり、そこから資本による資本の「止揚」が進められることになる。
最後の「資本そのものによる資本の止揚」というのはわかりづらいですが、たとえばマルクスは『資本論』で、株式会社の形成を「資本主義的生産様式そのものの限界内での、私的所有としての資本の止揚」(『資本論』新日本出版社新書版⑩757ページ、上製版Ⅲa、757ページ)ととらえています。そこから類推すれば、これも資本主義の枠内に未来社会の要素が準備されるということを指したものと考えてよいでしょう。
このような資本自身の矛盾した性格を、マルクスは後に「資本主義的生産の真の制限は、資本そのものである」(『資本論』新書版⑨426ページ、上製版Ⅲa、423ページ)という凝縮された表現で語ります。
「草稿」の先の文章は、資本主義の根本矛盾――生産の無制限な発展への衝動とそれが剰余価値の生産でなければならないこととの矛盾――がどのように展開されるかを、一般的な形で示したものとなっています。それは、自らの制限を乗り越えようとする運動をまず資本主義の枠内で展開し、その積み重ねの一定の段階にいたってはじめて資本主義そのものの克服へ歩みを進めると、資本主義の発展と死滅の双方をつらぬくものになっています。資本主義は「真の制限」が自分自身であることを自覚するには、まず発展がそこまでゆきつかなければならないのであり、その過程を飛び越すわけにはいかないのです。
なお、資本主義の根本矛盾を理解する時に大切なことの一つは、それがいつでも恐慌論と一体だというわけではないということです。「草稿」のこの段階での根本矛盾論は、資本によって乗り越えることのできない制限が、どういう形をとって現われてくるかという具体的な形態の特定を行っていません。その後のマルクスの研究は、これを恐慌論に結んで発展させますが、その場合にも恐慌論の根底におかれた根本矛盾論は、恐慌という形でのみその矛盾を発現させるものだとされているわけではありません。
現代の資本主義は、地球環境問題はじめ、世界的な規模での貧富の格差や投機による経済の混乱などの大問題をかかえていますが、それらもまた、発達した生産力を利潤拡大のためにしか活用することのできない資本主義の根本矛盾を底におき、問題を深くとらえさせることを可能にする――マルクスの根本矛盾論は、そういう理論的な視野の広さをもっているわけです。
3・利潤第一主義の制御から社会主義的な変革へ
〈むき出しの資本の論理を社会が管理〉
--いまの資本主義の発展と死滅との関係ですが、それは資本主義の枠内での民主的改革と社会主義的な変革との関係という現代的な問題に、ストレートにつながると見て良いものなのでしょうか。
資本主義の発展は、剰余価値生産への衝動あるいは利潤第一主義が無条件につらぬかれるだけの過程ではありません。資本はそれをつらぬこうとしますが、それによって社会の中からこれに抵抗する強い反作用を導き出しもします。そして、両者は衝突し、資本主義はその発展の段階が高くなるほど、むき出しの資本の論理を民主的な社会が管理し、制御していくという発展の姿をとるようになります。この点を、少し補足して考えてみましょう。マルクスは同じ「1857~58年草稿」のもう少し先で、次のように書いています。
「生産諸力の発展が、ある一定の点を越えると、資本にとっての制限となり、したがって、資本関係が労働の生産諸力の発展にとっての制限となるのである。この点に達すると、資本、すなわち賃労働は、社会的富と生産諸力との発展にたいして、同業組合制度、農奴制、奴隷制がはいったのと同じ関係にはいり、そして桎梏として必然的に脱ぎすてられる」(『マルクス資本論草稿集②』、558ページ)。
ここでは、ある段階に達した生産力は資本にとっての制限になるが、それは生産力の発展にとって資本が制限になるということでもあると、両者の関係を逆の立場からとらえかえしています。そして、この段階に至れば、生産力の発展にそぐわなくなった資本主義的生産関係の側が「脱ぎすてられる」ことになる――つまり資本主義から社会主義への社会の発展が行われるというわけです。ただし、この発展は、資本自身の運動にまかせておけば、それですべてが達成されるという、自動崩壊の過程ではありません。何せ、ここで「脱ぎすてられる」のは他ならぬ資本自身なのですから。
ですから、マルクスはつづけてこう述べます。
「賃労働と資本は、それ自身すでに、それ以前の、自由でない社会的生産の諸形態の否定であるが、この賃労働と資本との否定の物質的諸条件および精神的諸条件は、それ自身が資本の生産過程の結果なのである」(558ページ)。
資本主義的関係は、それ以前の社会を否定して生まれたが、しかし、次には資本主義的関係を否定する諸条件を生み出しもするというわけです。それは物質的諸条件とともに精神的な諸条件であり、その精神を担うのは、資本主義を乗り越えたいと願う多くの人間だということになるわけです。
〈意思をもった人間の活動の役割〉
さらにマルクスは、こうもいいます。
資本主義が生み出す「これらの矛盾は、もろもろの爆発、激変、恐慌をもたらすが、そのさい資本は、労働の一時的な停止や資本の大きな部分の破壊によって、自害することなくその生産力を引き続き十分に充用することのできるような点にまで、強力的に引き戻される。それにもかかわらず、規則的に生じるこれらの破局は、さらに高い規模でのそれらの反復に、そして最後には、資本の強力的な転覆にいたることになる」(559ページ)。
これは、恐慌などの深刻な資本主義の破局は、それだけで資本主義を「自害」に追い込むものではなく、資本主義は労働の停止や資本の破壊を通じて、新たな発展の軌道にうつる自己調整力をもっている、しかし、そうした破局が繰り返される中で、資本主義の中には、資本主義自身の「転覆」を求める主体的な力が育ってくるということです。なお、つけくわえておけば、マルクスは若い時期から晩年まで、議会をつうじた多数者の合意にもとづく社会主義的変革の道を探究しており、ここでの「強力的な転覆」は、ただちに武力にもとづく変革を意味するものではありません。
先に、資本主義の根本矛盾について、資本主義の枠内で自身の制限を越えようとする運動を行いながら、結局は、自己自身の克服を課題とする他なくなっていくという――その展開の一般的な道程を紹介しましたが、より具体的にいえば、この資本主義の克服は、それを「脱ぎすて」、「転覆」させる意思をもった人間の活動をふくんで展開します。つまり根本矛盾は、労働者階級を柱とする国民の闘争を推進力に展開するのであり、資本の運動といった純経済的な要素だけで展開していくものではないのです。
その闘いの担い手と成長については、マルクスが『資本論』で次のように述べている点が重要です。
①「“大洪水よ、わが亡きあとに来たれ!”これがすべての資本家およびすべての資本家国民のスローガンである。それゆえ、資本は、社会によって強制されるのでなければ、労働者の健康と寿命にたいし、なんらの顧慮も払わない」(『資本論』新書判②464ページ、上製版Ⅰa、463ページ)。
②「工場立法、すなわち社会が、その生産過程の自然成長的姿態に与えたこの最初の意識的かつ計画的な反作用は、すでに見たように、綿糸や自動精紡機や電信機と同じく、大工業の必然的産物である」(新書版③828ページ、上製版Ⅰb、825ページ)。
③「工場立法の一般化は、生産過程の物質的諸条件および社会的結合とともに、生産過程の資本主義的形態の諸矛盾と諸敵対とを、それゆえ同時に、新しい社会の形成要素と古い社会の変革契機とを成熟させる」(新書版③864ページ、上製版Ⅰb、860ページ)。
これは、かみ砕いてみると、①資本は剰余価値の生産を最優先し、「労働者」たちの健康や生命にさえ何らの顧慮も払わない、②しかし、資本のそうした振る舞いが、むき出しの資本の論理に対する強い「反作用」を広く社会の側に生み、その社会による資本への「強制」を「必然的」なものとする、③そして、成長する「社会」が与える規制の「一般化」は、それをつうじて資本主義的生産を発展させながら、他方に、社会主義社会の形成要素と資本主義から社会主義への変革を求める主体的な契機を成熟させる、ということです。
ここには社会主義的な変革の取り組みをすすめる労働者たちが、資本主義の枠内で、「大洪水よ、わが亡きあとに来たれ」をスローガンとするむき出しの資本の論理と闘い、それをつうじて鍛えられるということが語られています。こうしたマルクスの深い解明は、今日、日本の科学的社会主義がもっている、制度の面でも、人的能力の面でも、資本主義の民主的改革――ルールある経済社会の形成――を徹底することで、社会主義的変革に向けた道が客観的に開かれるという展望に太くつらなるものとなっています。この改革を通じて資本主義は、「社会により管理された資本主義」としての度合いを次第に深めていくことになるわけです。
4・資本主義の歴史的運動法則の解明を
〈改革をつうじて「資本主義の限界」をあぶりだす〉
--資本主義の枠内での改革から社会主義的な変革への転換は、具体的にはどのような要求を推進力に行われるでしょう。また、今日のお話の角度から現代世界を見たときに、どのようなことが見えてくるでしょう。
資本主義を乗り越えていく変革が、どういう具体的な要求の達成をめざして行われるかは、現時点ではわかりません。それは民主的改革の取り組みが、資本主義のもつ懐の広さを十分活用していく過程で、次第にあぶり出されてくるものだからです。
現代の世界には、貧困と格差の拡大、くりかえされる不況と慢性的な大量失業、マネー経済の不健全な拡大と破綻、地球環境問題の深刻化、旧植民地諸国の経済発展の停滞など、資本主義の矛盾が様々な形で現われています。これに対して、ドイツやイギリス等の地球温暖化問題での意欲的な取り組み、スウェーデンなど北欧諸国における福祉社会の形成、フランスの最近の積極的な少子化対策など、資本の利潤第一主義を抑制し、これへの制御を深める改革が、各地で様々に行なわれています。EU全体での途上国支援の拡充や、女性差別撤廃条約をきっかけに進む世界的な男女平等への取り組み、国連憲章の実現を柱に戦争のない世界を目指す取り組み等もあるわけです。しかし、こうした要求や改革目標のどこまでが資本主義の枠内で達成され、どのような課題がその先に残されることになるのかは、人類の今後の実践が明らかにしていくことです。
なお、これまで述べてきたような資本主義の発展観あるいは改革観に立てば、資本主義の成熟をなにを基準に評価するかという点にも、新しく見えてくるものがあると思います。生産力や内政・外交両面での民主主義、平和を実現しようとする力の成熟など、社会発展の度合いをはかる基準は様々に設定できますが――そして、もちろん生産力については、どれだけの生産物をつくることができるかという単純な量的指標によってではなく、地球環境の維持を可能とする生産力であるかという質的な評価が不可欠ですが――、これらはいずれも、むきだしの資本の論理を、社会全体の安心や安定、平和や豊かさを求めるその国の労働者・国民がどこまで制御し、管理することに成功しているかという問題に帰着します。つまり、資本主義の歴史的発展の度合いをもっとも骨太くはかる尺度は、国民による資本主義の民主的な管理がどこまで達成されているかという点におかれるように思うのです。
この点にかかわって、私は「アメリカは、いまだ〈植民地なき独占資本主義〉への進化を遂げることができない、遅れた資本主義の『帝国』」だと書いたことがありますが(「自立と平等の『東アジア共同体』に向けた日本の役割」、日本共産党『前衛』2005年9月号168ページ、補筆して『覇権なき世界を求めて』新日本出版社2008年89ページ)、戦争や植民地政策以外の分野を見ても、京都議定書を拒否した地球環境問題への対応や、むきだしの資本の論理を「新自由主義」の名で世界に拡げようとした行動など、アメリカが北欧やEUの指導的諸国に対して、総体として「遅れた資本主義」になっていることは明らかなように思います。その遅れの主な要因が、資本を規制する「社会」の未熟にあり、それが日本の資本主義に共通している点は、大変に残念なことですが。
〈理論的探究のチャンスの時期〉
最後に、こういうテーマを語ってきて思い出されるのは、1980年代半ばに行われた「資本主義の全般的危機」論の克服をめぐる議論です。ブハーリンやスターリンに始まる「全般的危機」論は、資本主義の発展を危機的情勢の一路深化の過程ととらえ、また資本主義発展のある段階に資本主義の解体期がくると考えるなど、図式的、非弁証法的な性格を色濃くもったものでした。当時、そのような「理論」の弱点が、それがなぜ大きな理論的影響力をもつにいたったのかという歴史の解明もふくめて、深く分析されたのは大変に重要なことだったと思います。
しかし、その後ただちに、これにとってかわる理論がまとまった形で現われたわけではありません――もちろん、様々な研究は重ねられてきましたが。そうした経過をふりかえってみると、マスコミが「資本主義の限界」を語り、マルクスやマルクス主義への注目が新たに広がりつつある現在は、生成から死滅にいたる資本主義の運動法則の解明に、あらためて研究の力をそそぐ新しいチャンスの時期といっていいのかも知れません。その際には、多くのマルクス研究や『資本論』研究、資本主義の民主的改革を求める具体的な実践の積み上げとその理論的な総括などが、重要な探究の土台として活用されねばならないでしょう。
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