以下は、総合社会福祉研究所『福祉のひろば』2009年12月号(通巻482号)、8~16ページに掲載されたものです。
リード部分は、編集部によるものです。
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◆特集◆ほんまもんの福祉 実現するために!
福祉現場では、当事者や家族、利用者の思いや願いに向き合い、その人らしい生活や人生をと願って日々、福祉実践が行われています。しかし、職員にも事業にも環境の厳しさが増しています。その原因は国が福祉への財源を増やさないところにあるといっても過言ではありません。大きな転換の時期にもう一度、この財源問題のからくりと、社会福祉に回すことの可能性を示し、福祉として何が求められているのか、ほんものの福祉とそれを実現する途を、第一五回社会福祉研究交流集会では語り合いました。記念講演
社会保障予算は本当にとれないのか
――世界の大きな変化と「構造改革」の破綻――
石川 康宏(神戸女学院大学教授)
国民生活の底抜けの貧困化
日本の全国民の家計可処分所得(月平均)は、政府の統計によれば一九八五年から九七年までは緩やかですが増えていました。つまり真面目にコツコツ働いていれば、暮らしは前の年より良くなったのです。親世代より子どもの代はおそらく良くなるという見通しが立ちました。その当たり前の姿が破壊されました。
この一〇年間で一か月あたりの国民所得は五万六〇〇〇円も減っています。今、日本で起こっているのは格差以上に、底抜けの貧困化です。戦後初めて日本の平均的な生活の水準が下がっているのです。
ピークの九七年は当時の橋本龍太郎首相が「六大構造改革」を叫んだ時期です。その一方、資本金一〇億円以上の大企業の利益は飛躍的に増大しました。九〇年のバブル期のピークを超え二〇〇〇年には一九兆円。その後、二九兆円(〇五年)、三二兆円(〇七年)。史上空前の利益です。なぜこんな飛躍が起きたのか?
国内要因として最も大きいものが、一九九九年、二〇〇三年に行われた労働者派遣法などの改悪です。非正規の拡大で浮いた人件費が企業の利益になっているのです。改悪後、企業の利益は爆発的に拡大しました。貧乏労働者をいっぱいつくり、貧乏中小業者をいっぱいつくって儲けを増やす構図です。
日本の現在の生活保護受給率は一・二%(ちなみにドイツは約九%)です。しかし日本では今、一〇軒に一軒が生活保護水準以下だと言われています。一〇%のうち生活保護を受けているのは約一%ですから、残りの九%は切り捨てられて放置されているわけです。
こんなに貧困化がすすんだのはなぜか。私たち(労働者・市民)の生活は、〔①賃金+②社会保障給付③税金④社会保険料〕で成り立っています。労働者派遣法などの改悪で賃金は引き下げられました。
最近の労働力調査によると、正規雇用の有効求人倍率は〇・二五。四人に一人しか正規雇用者になれません。一方、国の社会保障費は二二〇〇億円ずつ削られています。税控除がどんどんなくなり、保険料も年々上がっていく。①②が減り、③④が増えるのですから、国民は貧乏になっていくはずです。重要なことは、①から④はすべて政治が決定している、国会議員が決めている、ということです。
九九年の労働者派遣法改悪による対象業種原則自由化をすすめたのは誰か? 健康保険法改悪、労働基準法改悪、介護保険法の改悪は? 我々の暮らしを苦しめているのは自然現象ではありません。すべて国会議員たちの意志決定であり、そこにはこの人たちを選んだ国民の責任があります。「構造改革」で財政赤字は急拡大
小泉純一郎元首相は「日本はこのままでは財政が赤字で大変だ。国民よ、我慢してくれ」と言いました。その我慢の結果、私たちの暮らしは破壊されました。では構造改革で財政状態は良くなったのか? 実は国の借金額が一番多いのはこの一〇年ほどのことなのです。構造改革は財政赤字を拡大させたのです。
国の支出は九〇年代前半をピークに、横ばいかあるいは少し減少しています。確かに大型公共事業などに対しては一定の抑制はありました。これに税収が追いついて伸びていれば、収支はトントンになるわけです。ところが税収は伸びずに下がっている。
どういう税収が下がったのでしょう。上がったのは消費税です。五%で一〇兆円。これに対してすごい勢いで落ちたのが所得税です。皆さんの所得税ではなく、お金持ちの所得税です。また一九兆円あった法人税は、最低九兆五〇〇〇億円、半額にまで下がりました。しかしその後、伸びています。税率は変わっていないのですが利益がバカでかくなったので納税総額が増えたのです。日本経団連はここが気に入らない。もっと税率を下げろと言っています。
つまり構造改革で財政赤字がどんどん拡大した理由は簡単です。大企業やお金持ちの税金をまけたからです。それが財政赤字をつくったもとなのです。政府のバランスシートを見ると
しかしここでもう一つ、触れておくべき問題があります。政府あるいは財務省は、私たちには「財政赤字だから我慢しろ」と言います。「ふざけるな。お前たちがつくった赤字じゃないか」と言いたい話です。これとはそもそも別の問題です。
財政学者の菊池英博氏が構造改革を批判しています。「政府には確かに粗債務の借金があるが、一方で金融資産もあるではないか。差し引きしたのが本当の借金だ」と言うわけです。
例えば私に五〇〇〇万円の借金があったとします。同僚からは「お前、一生借金漬けだね」と言われます。でも、この前お爺さんが死んだら、なんと隠し財産で山を持っていた。私は一億円の山をもらったとする。すると同僚たちは「今すぐ山を売って五〇〇〇万を返せ。それでも家一軒、楽に建つではないか」と言うわけです。要するに支出(負債)と収入(資産)の両面を見ないといけない、と菊池氏は言うわけです。
経済学者の山家悠紀夫氏も同じことを言っています。「政府は金融資産だけでなく、土地や固定資産も持っている」。財務省のホームページには日本政府のバランスシートが出ています。これを見ると確かに負債残高はいっぱいある。でも一方、政府には資産もある。資産のほうが実は大きい。国際社会では、赤字がどれくらいあるかというのはこの差額で比較します。
かつて麻生太郎氏が経済財政担当大臣だった時代に、新聞記者に「財政赤字、大変ですね」と言われ、麻生氏は「会社で言えば、金を借りるには担保というものが必要だ。純債務の話をしていただかないと、国有財産その他も含めて債権というものがあるから」と応えています。これは菊池氏や山家氏が言っていることと全く同じです。政府は国民に対しては年中「金がない」と言っていますが、かつてはこのように語っていたわけです。財務省の海外への説明は
国の借金を国債と言います。管理しているのは財務省です。三〇年の長期国債であれば三〇年後に証券を持ってきたら利息をつけてお払いします、という約束です。アメリカのある会社が日本の国債の格付けを下げたことがありました。財務省はカチンときて「何を言っているんだ。私らが発行している国債はあとで金を返すゆとりが十分あるのだ」と言って反論しました。「格付けは財政状態のみならず、広い経済全体の文脈、特に経済のファンダメンタルズを考慮し、総合的に判断されるべきである」と。
これはこういうことです。よく国家財政を家計に置き替えて説明しますがそれは大間違いです。家計は「お金が足りないから、父ちゃん、来月給料を二倍にしてきて」と言われてもできませんが、国家の財政はどうしても金が必要だったら増税することができます。この点で国家財政と家計とは違うわけです。「経済のファンダメンタルズが良い」ということは、増税に耐える能力が経済社会にあるということです。
だからこうも言っています。「マクロ的に見れば、日本は世界最大の貯蓄超過国。国債は国内で低金利で安定的に消化されている。日本は世界最大の経常黒字国で債権国。外貨準備も世界最高だ(現在は第二位)」。つまり財務省は「俺たちはいくらでも金が返せる」と言っているわけです。国民に対してはそういうふうには絶対に言いません。福祉、教育、医療をもっと充実しろと言われるからです。大企業の利益を削らないといけなくなるからです。
それでいて財政赤字が拡大したという理由で、最後は消費税増税で穴埋めをしようとしています。「消費税増税で社会保障財源を賄いましょう」という言い方をしています。
消費税を社会保障目的税にした場合、その他の財源は全部社会保障費から引き上げ、一〇〇%消費税だけでやるようになります。今の消費税収入は一〇兆円ちょっとしかありません。社会保障を賄うには二〇兆円は必要ですから半分しかありません。ということは消費税を一〇%に上げても今と同じ社会保障水準にとどまります。何もプラスがないし、我々は貧乏になるだけです。本当に有効な財政再建への道
財政再建への道は、まず第一に、現場の人間、あるいは運動をしている人たちが、必要なものは必要だとハッキリ言うことです。人間が生きていくうえで必要なものは必要。それに対して予算を持ってくるのが行政の仕事、ということです。本当にどう節約しても金が足りないということであれば増税しかありません。ただし、それは金のあるところから取る増税です。
もう一つは支出の優先順位を生活本位に変えることです。いま、政策実行優先順位において国民の生活は下に置かれています。それは何を大事に考えるかという政治の意志決定の問題です。
第二に、低くし過ぎた法人税率を上げるべきです。日本の大企業はバブル時の二倍の内部留保があり、バブルの時の一・五倍以上の年間利益があります。なのに税率はバブル時より下がっています。所得税の最高税率も引き上げるべきです。それらのしわ寄せが庶民に転嫁されているのですから。
もう一方は支出の削減です。日本の軍事費は年間五兆円です。世界で一番軍事費が多い国はアメリカで、年間約五〇兆円です。次に多いのがイギリス、フランス、中国、ロシアと共に、日本が第二位を争っています。世界には一九二の国がありますが、平和憲法を持っている日本が世界二番目の軍事費を争っているのです。現在の五兆円から三兆円に減らしても世界のベストテンに入ります。二兆円浮けば、それだけで社会保障費削減額二二〇〇億円の一〇倍のお金が毎年確保できるのです。
第三に重要なのは景気を回復させることです。GDPが大きくなることは税負担能力が上がるということです。財政赤字を減らすのは借金を返すことだけではないのです。景気を良くして経済の規模に対する借金の比率を小さくしていくこと、経済を活性化させていくということも非常に有効な策なのです。
それに必要なのが国内の消費力です。日本国内のGDPの五五%を消費しているのは個人消費ですから、個人の生活を激励することです。それは個人の暮らしを良くするだけではなく、景気の回復にもつながります。景気の回復は国の税収増にもつながるわけです。これが本当にとるべき財政再建への道だろうと思います。財界による政治支配の仕組み
最後に財界による政治支配の仕組みをお話しします。日本の政治家、政府の閣僚たちはどう見てもあまり賢そうに見えません。なのに過去一〇年間、なぜ着々と構造改革の道をすすめることができたのか。それは財界団体がそのように支持したからです。
財界団体とは顔の見える組織です。例えば総選挙告示に対して御手洗富士夫日本経済団体連合会会長は「最も必要なことは、税・財政・社会保障の一体化、道州制導入、新たな成長基盤の確立だ」と言っています。国民生活はどこにも出てこない。この組織が文書を政府に渡すわけです。「構造改革を不退転の決意で推進せよ」「法人税は見直せ」「その分、消費税を抜本改革せよ」。つまり「俺は払いたくないから、下々に払わせろ」というわけです。
この政策を実行するために政党支援をするのが公式方針です。日本はG7のなかで政党に無制限に献金していい唯一の国です。アメリカでさえ企業から選挙資金を受けることはできませんが、日本は企業・団体献金は完全に合法です。
日本経団連が、このルールにのっとって「金が欲しい人」と呼びかけた時、手を挙げたのが自民党と民主党です。自民党はいいなりです。民主党は不足があります。だけど自民党は人気がない。だから民主党にも早いうちから金を渡しておこう、と二〇〇三年からずっと渡して政策を支持してきたわけです。
民主導の政治改革、持続可能な社会保障制度、細く長くですが、その分消費税を増やして、雇用・就労の多様化の促進、憲法改正、といった具合です。だからどんな政治家でも政治ができるのです。家業を継ぐかのように二世・三世議員が出てきます。能力や意欲は無関係。子どもに八百屋を継がせたいというのと同じ発想です。
政治による意志決定の転換を今の日本の政治で、社会保障の充実、社会保障予算を確保していこうとした時、大切なのは政治の意志決定の転換です。その意志決定の最大のバックボーンが財界です。財界・大企業から献金を受け取っている連中が、財界に対して「非正規切りはいけないよ」「法人税増税するよ」と言えるわけがありません。財界・大企業から金を受け取らないまっとうな政治をつくる必要があるわけです。
そこに掲げられるべき本当のルールは、『日本国憲法』です。この二五条には皆さんご存知の通り「すべて国民は」と書いてあります。権利を守るのは「国」と書いてあります。増進に努めなければならない、というのは努力ではなく義務です。義務規定です。これが邪魔で仕方がないから、自民党も民主党も憲法「改正」を言うわけです。彼らの改正案には二五条の「改正」が含まれています。
こういう世の中をなんとか変えていこうとした時に、皆さんは職場や現場で社会保障の水準を維持し引き上げようと努力するだけでなく、本当に人に優しい社会をつくるためにはどういう政治が必要かということを具体的に語れる力を身につけなければなりません。協力し合って、ぜひその力を大いに育てていただきたいと思います。(※本稿は二〇〇九年八月二九日開催の第一五回社会福祉研究交流集会での記念講演の一部を編集部でまとめたものです。当日の講演ではパワーポイントが使われました。)。
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