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いまマルクスがおもしろい
第4回 資本主義っていったい何だろう
神戸女学院大学教授 石川 康宏
みなさん、こんにちは。今回は、ぼくたちが生きている「資本主義」についてのマルクスの考え方を紹介します。その中心は「経済学」と呼ばれる問題ですね。(7回連載)
「経済学」のイメージは?
今回は、エンゲルスが書いた『反デューリング論』という本からです。
「さまざまな人間社会が生産し交換し、またそれに応じてそのときどきに生産物を分配してきた。その諸条件と諸形態とについての科学としての経済学――こういう広義の経済学は、これからはじめてつくりだされなければならない。今日までわれわれが持っている経済科学は、ほとんどもっぱら、資本主義的生産様式の発生と発展とに限られている」(古典選書版〔上巻〕211~212ページ)
「経済学」というと、お金もうけのための学問とか、現実離れした「机上の設計図」なんて思っている人もいるかも知れません。確かに、世の中には、そういう経済学の本も出回っていますからね。でもマルクスの経済学は、現にある人間社会のありのままの姿を、明らかにしようとするものなんです。もうけるためにどうするかというハウツーの経済学でもなければ、頭で考えた理想の経済像を現実に押し付ける観念論の経済学でもありません。前回見た唯物論の見方に立った経済学です。
人間社会には、政治や文化などいろんな要素がありますが、その中から、人間が生きていくために必要なもの、食べ物や、着るものなどがどのようにつくられ、それがどうやって社会のすみずみにゆきわたり、それによって人間の生活はどのように維持されているのか、その実際のしくみを明らかにするのがマルクスの経済学です。
マルクスは、この経済の解明が、人間社会全体の解明のいちばんの基礎になると考えて、そこにグッと力を入れていきました。
資本主義の「運動法則」を見つけていく
先ほどの文章でエンゲルスは、人間の社会には歴史のいろんな段階があり、それに応じていろんな経済のしくみがあった、しかし、その全体をとらえる経済学はまだつくられていない、今のところ研究が進んでいるのは資本主義についてだけだ、こう書いていましたね。
その資本主義についての研究の主な到達点は、マルクスの『資本論』第一部だったのですが、この本の目的を、マルクスはこんなふうに書いています。
「近代社会の経済的運動法則を暴露することがこの著作の最終目的である」(新日本新書版、第1分冊12ページ)
エンゲルスも資本主義の「発生と発展」と言っていましたが、マルクスも「運動法則」と書いています。これはマルクスたちの経済学が、資本主義の経済がどのように生まれ、発展し、終わっていくのか、その変化の「過程」を明らかにするものだ、ということを意味しています。ここは前回見た弁証法の見方と結びついたところです。
資本主義が終わるというのは、人類が滅びてしまうとか、社会が大混乱に陥るということではありません。未来の人間たちが、資本主義よりましな、もっと暮らしやすい、次の段階の社会に進んでいきますよ、ということです。
マルクスの経済学には、価値論とか剰余価値論とか、独創的な成果がたくさんありますが、肝心なことは、それらが積み重なったことで明らかになる資本主義の「運動法則」をとらえることです。そのためには『資本論』の少なくとも第一部を、最後まで読み通すことが必要です。みなさん、ぜひ挑戦してみてください。
資本主義の良いところと、困ったところ
資本主義の中身の話に入りましょう。資本主義というのは、雇う資本家と雇われる労働者の結び付きを、人間関係の基本にする経済の社会です。その経済活動の推進力は、資本家がもうけるということになっています。こういう経済は、16世紀のヨーロッパに「発生」し、19世紀前半のイギリスに「産業革命」を経て、初めて確立しました。
資本主義の「運動」について、マルクスは次のように書いています。
「資本主義的生産の真の制限は、資本そのものである。というのは、資本とその自己増殖とが、生産の出発点および目的として、現われる、ということである。生産は資本のためのものにすぎないということ、そして、その逆ではないこと」(『資本論』、新日本新書版、第9分冊426ページ)
人が生きるのに必要な「生産」が、資本主義では資本のもうけ(自己増殖)のために行なわれるが、じつは、それが資本主義には乗り越えられない壁をつくるものになっている、とマルクスはいうのです。
生産でも、流通でも、販売でも、それを受けもつ資本は、もうけのために、これらの仕事をやっています。そして、そのもうけのためにたくさんの工夫をくり返し、新しいモノやサービスがつくられていく、そういう変化や発展へのたくさんの元気が資本主義にはある。
ところが、もうけを目的にすることで、反対に社会に迷惑をもたらすところもあるわけです。労働者を、低賃金とか、「過労死」するほどの長時間・過密労働とか、不安定な非正規雇用に追い込んでしまう傾向があり、もうけのために不良品を売るとか、福祉や医療や教育を「金もうけ」の手段にするとか、さらには地球環境を壊してしまうとか、そういう困ったところがあるわけです。長時間労働で、賃金が安ければ、自分の自由な時間を楽しむこともできません。
つまり資本主義は経済をすごく発展させるのだけれど、多くの人を、暮らしづらい状態に追い込んでもいく。そこで資本主義のもとに暮らす人間は、資本主義の良いところを引き継ぎながら、社会に問題をもたらす面を乗り越えていかずにおれなくなる。そんなふうにマルクスは人びとの未来を見通しました。
これから就職する学生のみなさんは「雇われる労働者」のたまごですね。すでに社会に出ているけれど、仕事が見つからずに苦労しているみなさんは、こうした資本の問題点の被害者です。
どうです、マルクスって、ものごとをとらえるスケールが、いつもものすごく大きいでしょ。どんな問題でも、その全体を手のひらにのせ、そして歴史の中にとらえようとする。そのスケールの大きさが、ぼくにとってはマルクスの大きな魅力の一つになっています。では、次回からは、この資本主義をつくりかえるおもしろさに進みましょう。
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