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いまマルクスがおもしろい
第6回 共産主義ってどんな社会?
神戸女学院大学教授 石川 康宏
みなさん、こんにちは。今回は、マルクスが資本主義の次にやってくるとした「社会主義」とか「共産主義」といった社会について考えてみます。呼び名は二つありますが、マルクスのいう「社会主義」と「共産主義」はまったく同じ社会のことです。(7回連載)
共産主義社会のイメージは?
まずマルクスの『資本論』から、共産主義社会のしくみについて見てみましょう。
「共同の生産手段を使って労働し、個人個人がもつ労働力を一つの社会的労働力として自覚的に支出している自由な人々の連合体」(新日本新書版、第1分冊133ページ)
「共同の生産手段」を使って、というところがミソですね。その上で、自分たちの労働力をみんなと一緒に、みんなの生活のために、誰に強制されるのでもなく、各人の自発性に基づいて発揮する、自由な人々の「連合体」、それが共産主義の社会だというわけです。
「生産手段」というのは、工場とか建物とか原材料とか、経済活動をするときに、人間の労働力の他にどうしても必要なもののことです。資本主義ではこれが、資本家の持ち物になっており、それが「自分のもうけ」を追求する資本家の意志と競争を生み出します。
そこで経済活動の目的を「資本家のもうけ」から「みんなの生活」に転換するためには、生産手段をみんな(社会)のものにせねばなりません。その変革をマルクスは「生産手段の社会化」と呼んでいます。
そんな社会が本当にできるのだろうかと思われるでしょうが、過去の歴史を見ても、たとえば江戸時代と現代は相当大きく違っています。人間の社会は奴隷制から封建制へ、封建制から資本主義へ、そのように社会発展の段階をかえるときには、姿を大きく変えるものです。
自由時間が拡大すると
共産主義の社会では、貧富の格差や差別をなくし、経済運営の計画性も高められます。それに加えてマルクスは、共産主義が、人間発達の可能性を大きく広げることを強調しました。
「この〔必然性の〕国の彼岸において、それ自体が目的であるとされる人間の力の発達が、真の自由の国が――といっても、それはただ、自己の基礎としての右の必然性の国の上にのみ開花しうるのであるが――始まる。労働日の短縮が根本条件である」(第13分冊、1435ページ)
おしまいに出てくる「労働日」とは、1日の労働時間のことですが、「根本条件」となる労働時間の「短縮」によって、「必然性の国」(生きていくために、みんなが働かねばならない時間)の上に、「真の自由の国」(みんなが自分のために使うことのできる自由時間)が大きく広げられる、それによって共産主義は、個々人の多面的な発達の可能性を広げるというのです。
夢のような話に聞こえるかも知れませんが、ぼくはリアリティーのある話だと思っています。なぜなら、資本主義の枠の中で、すでに社会は、労働時間短縮の道を大きく進んでいるからです。たとえば20世紀初頭のフランスの労働時間は週70時間でしたが、21世紀初頭のいまは週35時間です。その変化の原動力は「人間らしい暮らし」を求めた労働者たちのたたかいでした。
いまの日本は、フランスに比べて毎日3時間も労働時間が長いのですが、これがフランスなみに3時間、さらに4時間、5時間と短縮されていった時(もちろん、それで生計が成り立つことは大前提ですよ)、みなさんは自由時間をどのように使われるでしょう。休息、家族や友人との語らい、旅行、好きなスポーツや文化に親しむなど、それだけでもみなさんのさまざまな可能性は、ずいぶんいろんな方向に開いていくのではないでしょうか。
共産主義への途中に過渡期がある
マルクスは、こういう共産主義は一度にポンとつくることはできないので、資本主義から共産主義への過渡期がいるといっています。「生産手段の社会化」にも、みんなが納得できるみんなのための経済活動づくりにも、それなりに模索や工夫の時間がかかるというわけです。そして、共産主義の社会ができあがるということの基準について、マルクスはこんな文章を残しました。
「現在の『資本と土地所有の自然諸法則の自然発生的な作用』は、新しい諸条件が発展してくる長い過程を通じてのみ、『自由な結合的労働の社会経済の諸法則の自然発生的な作用』におきかわりうる」(『フランスにおける内乱』第一草稿、『全集』第17巻518ページ)
みんなのために働く意志と力量が、みんなに十分備わって、だれに指図されるのでもなく、「自然発生的に」、みんなが経済と社会をうまく発展させられるようになったとき、それが資本主義から共産主義への運動法則の「おきかわり」の基準になるというのです。マルクスらしい、なんとも大胆な見通しです。
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みなさんは、1991年にソ連という国が崩壊したことを知っていますよね。正式な名前はソビエト社会主義共和国連邦といい、この国は長い間、わが国こそ社会主義・共産主義のお手本なのだと世界にアピールしていました。しかし、その実態は、少数の特権者が、警察力や軍事力を使って国民を支配し、東欧をはじめ周辺諸国に力で自分の意見を押しつける、まったくとんでもない国だったのです。
そのため「共産主義というのはソ連のような国のことだ」「あんな国にはなりたくない」「マルクスはあんな国をつくろうとした」という誤解が、世界に広まってしまいました。そんな事情も知った上で、若いみなさんには、マルクスらの共産主義社会論を、マルクスらの思想に沿って正しくつかまえてほしいと思います。
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