以下は、総合社会福祉研究所『福祉のひろば』2011年10月号、139号(通巻504号)、2011年10月1日発行、9~12ページに掲載されたものです。
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インタビュー「復興の方針の根底にある『資本の論理』をしっかり見抜いて」
■「復興の基本方針」は出たけれど
七月二九日、政府の復興対策本部が「復興の基本方針」を発表しました。被災地のみなさんにも、全国の市民にとっても大いに期待をかけたいところです。しかし、残念ながら、その内容は〈被災者の生活再建をめざす〉のではなく、むしろこれを機会に〈大企業に都合のよい東北と日本をめざす〉ものになっています。
その基本にすえられているのは「大企業が潤えば、いまに国民も潤う」という「構造改革」の考え方です。「構造改革」のもとで、国民生活はどんどん貧しくなっていますから、その考え方の誤りは明らかです。それにもかかわらず、今度は「大企業が潤えば、いつか被災者も潤う」を付け加えようというわけです。
「方針」の具体的な内容をいくつか紹介してみましょう。
■大企業のもうけのための「復興特区」
まず、全国にはない、さまざまな特例がゆるされる地域をつくろうといっています。その考え方自体は、おかしなものではありません。問題はそこでゆるされる特例の中身です。
強調されていることの一つは、これまで地元の漁協等が優先的に保有してきた漁業権を、今後は大企業も買い取れるようにするというものです。それによって、大企業が自由に漁業ができるようにする。ねらいは、家族経営の漁師を漁業労働者として雇用して、大企業が漁業でももうけられるようにするということです。これにはいま、全国の漁師たちが大反対の声をあげています。
もう一つは、土地利用の再編を簡単にするというものです。大規模な開発事業をやりやすくし、また大企業が農業労働者を雇い、大規模農地をつかって大農業経営をつくろうというものです。
さらに福島県に医療産業を集めるということもいっています。住民の放射能被害があるからではありません。それにはまったくふれず、健康保険の効かない高額な「高度医療」を全国に広め、大企業が医療でもうけられる拠点にしようというものです。
本来なら、被災地の東北には医療や教育を無料にする「生活福祉特区」をつくろうといった構想が出てもよさそうなものですが、その種の発想はどこにも見られません。
■TPPは「一石三鳥」の金もうけ策
漁業や農業の問題に関連して重要なことは、「引き続き自由貿易体制を推進し、日本企業及び日本産品の平等な競争機会の確保に努める」ことが強調されていることです。これは昨年秋から農漁民の大反対を受けてきたTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への日本の加入を、予定どおり進めていくということです。
TPPに加わるということは、貿易に一切の税金をかけてはいけなくなるということです。海外から「安い」農林水産物がたくさん入り、農水省の試算でも、食糧自給率は四〇%から一三%まで下がるとされています。
なぜそんなことをするかというと、食料品輸入のかわりに、自動車や電子機器や鉄鋼などの大企業の商品が、何の制約もなしに輸出できるようになるからです。工業製品輸出のために、農林漁業を犠牲にするということです。
そして、食料品が安くなれば、全国の労働者に支払う賃金をもっと低く抑えることができる。さらに、そんな危機にさらされたくなければ、高い国際競争力をめざし、東北の農漁民は大企業経営の傘下に入りなさいということです。大企業には「一石三鳥」の政策です。こんなものをよくも「復興の基本方針」などといったものです。
■ついでに消費税もあげてしまえ
復興財源についても、ひどいことがいわれています。一つめには、この四月からの法人税五%減税を、しっかりやり抜くとしています。その一方で、二つめには、復興財源は「今を生きる世代全体で連帯し負担を分かち合うことを基本とする」としています。これは消費税増税ということです。
被災者をふくむ全国民の税金を増やしながら、大企業の法人税は減らしていく──法人税は企業の利益にかかる税ですから、利益の少ない(あるいはまったくない)中小企業にはほとんど支援になりません。大企業は「負担を分かち合う」ための「連帯」の枠から、特権的にはずされるというわけです。
実際には、資本金一〇億円以上の大企業の内部留保──溜め込み資産──は、いま総額二四四兆円にもなっています。国家予算のほぼ三年分に近い額です。日銀の白川総裁が、手元資金が六四兆円余っており、使いみちがなくてこまっていると国会で証言するほどです。
そのお金をただで出せとはいいません。しかし「被災者の生活再建のために、一〇兆円、二〇兆円を国に無利子でお貸しします」「返済は復興の後で結構ですから」と、なぜそれくらいのことがいえないのでしょう。情けない大企業だと思います。
■原発政策も変更なし
原発問題については、東京電力の賠償責任にまったくふれていません。それどころか、国として原発を減らすということもどこにも書いていません。再生可能エネルギーの拠点をつくるといっていますが、原発を電力供給の中心にすえるという従来の方針は変わりません。全国には五四基の原発がありますが、それらの事故の可能性を取り除く姿勢はまったくないということです。
■根本は「人間の復興か、資本の論理か」
復興の内容として何より大切なのは、被災者の生活を再建するということです。大企業の利益の復興や「構造改革・東北版」の推進などではありません。この方向を大きく転換することが必要です。
日本社会の最高のルールである日本国憲法は、国民による幸福追求の権利を、国政は最大限に尊重しなければならないとしています(第一三条)。このルールを政府や大企業に守らせることができるかどうかが問われています。「震災の時はたいへんだったけど、その後もがんばって生きてきてよかったね」と、被災者が心からいえる未来をつくる条件整備をしていくこと。それが政治の責任であり、その実行を政府に迫るのが私たち国民の役割です。
■しっかり学び、「賢い日本」をつくっていこう
原発から自然エネルギーへのエネルギー政策の転換もふくめて、こうした課題を達成するには、国民一人ひとりが、政府やマスコミにコントロールされることのない、自立した主権者に成長せねばなりません。「テレビや新聞はああいうけど、私はホントはこうだと思う」。堂々とそう主張することのできる人間にならねばならないということです。
そういう判断の芯をつくるには、「社会」の仕組みを学問として学ぶ必要があると思います。「社会科学」を学ぶということです。
私たちが暮らす資本主義の経済は、大企業の利潤追求を原動力としています。しかし、だからといって資本主義はどれも同じではありません。日本と違い、社会保障が充実した北欧やEU諸国も資本主義です。それらの国の多くは自然エネルギーの開発にも熱心です。大企業が自分からそれを行ったわけではありません。国民の強い要求が、政府と大企業にそれを行わせてきたのです。日本にもそういう力が必要であり、そのためには知性の充実が必要です。
言い足りないことはたくさんありますが、今日のお話の詳細は、『人間の復興か、資本の論理か 3・11後の日本』(自治体研究社)に書きましたので、どこかで手にとってみて下さい。いっしょに「賢い日本」をつくりましょう。
「東日本大震災からの復興の基本方針」
http://www.reconstruction.go.jp/topics/doc/20110729houshin.pdf
(八月一日取材。聞き手 申 佳弥)
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