大阪民主新報社「大阪民主新報」2012年1月1・8日(4175号)に掲載されたものです。
鼎談のお相手は、森裕之さん(立命館大学教授)、藤永延代さん(大阪市民ネットワーク代表)でした。
以下には、見出しと、石川の発言のみをアップします。
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新春鼎談
この国の政治、自治体のあり方を問う
大震災・原発事故後の日本、ダブル選を振り返って(上)
ダブル選とその後、閉塞感打開の真の道は
■ダブル選結果が問いかけるもの
「民意」をたてに議論を完全封殺
石川 市長選での「橋下支持」は、若い世代ほど多かったですね。
選挙で現職の平松邦夫市長を熱心に応援した内田樹さん(神戸女学院大学名誉教授)には、「お前のような持てる者に、貧困な若者の気持ちが分かってたまるか」という批判がツイッターなどでたくさんあったそうです。〝持てる者・既得権益者(平松氏)と持たざる者・現状改革者(橋下氏)とのたたかい〟という理解に基づく攻撃ですが、そうしたとらえ方はかなり広がっていたと思います。
出口調査によると、投票した人が基準としたのは圧倒的に「大阪再生」です。背景には大阪の高い失業率、特に若い世代の生活困難がありました。橋下市長や維新の会の選挙戦術は、現状に強い不安を持つこれらの若者に働き掛けることを最初から重視するものでした。政治や社会の現状に期待が持てずにいる人を、自分の味方にする。その現状転換の道が「大阪再生」という言葉で表現されたものでした。
いまの現状をぶち壊してほしい
同時に、橋下・維新の会は、教員を含む公務員を労働組合で守られた既得権益者と描き出し、それを〝食えない若者〟が怒りを集中させるべき〝敵〟だとイメージさせていった。それが、そんな〝強い敵〟がいるなら、「独裁的手法」も構わないという判断に結び付いていきました。自分を「持たざる者、組織を持たない庶民の代表、特に若者の味方」と演出していった選挙戦術の巧みさが、橋下氏らにはありました。
■関西財界が最大支持団体の橋下氏
「大阪都構想」は財界が望む政策
石川 しかし、それは彼らの根本的な弱点でもあると思います。何より「大阪再生」の鍵とされた「大阪都構想」は、中央・関西財界が求める政策です。〝持たざる者の味方〟と売り出して選挙には勝利したが、実際には〝最も富める者〟の政策を実行していかずにおれないのが、橋下・維新の会の方針です。ここを説得力をもって暴露していくことが大切です。
選挙直後に維新の会のホームページに真っ先に上がったのは、「経済人・大阪維新の会」の忘年会の案内でした。関西財界人による祝勝会ということであり、新市長・知事への財界からの期待の場でもあるのでしょう。この会の更家悠介会長(サラヤ社長)と、平岡龍人顧問(学校法人清風明育社理事長)は、関西経済同友会の幹部です。彼らこそがダブル選で維新の会を応援した中心的な部分でした。橋下氏は自身を“組織を持たない市民の代表”と描きましたが、実際には関西最大の巨大な既得権益団体を最大の支持団体としていたわけです。
橋下氏は「大阪都」を道州制への通過点だとしています。道州制というのは、現在の都道府県をやめて全国を10程度の巨大道州のみに再編し、それぞれに集約された地方予算を1つの「司令塔」の判断で、地域の大企業に集中投下しようというものです。橋下氏は知事就任の08年に、「地方分権改革ビジョン素案」を出しましたが、そこで語られた「関西州のイメージ(夢)」は当時の御手洗富士夫・日本経団連会長が語った道州制論とうり二つでした。
09年1月には「地域主権型道州制国民協議会」(江口克彦会長・みんなの党参院議員)が結成されますが、橋下市長は河村たかし氏、中田宏氏らと共にこれに名前を連ねます。そして、その関西本部が10年10月に設置された時に、橋下氏は4月に結成したばかりの維新の会の議員や11年のいっせい地方選の候補者約40名を集結させます。
維新の会という地域政党の政策的核心が道州制の推進にあることは明らかで、民主と自民の2大政党制が行き詰まる中で、財界は道州制推進への新たなはずみを求め、橋下維新の会はこれに呼応する1つの動きとなっています。橋下市長はダブル選挙後の記者会見で、「次の総選挙は道州制選挙」だと語りましたが、財界の願望の代弁といっていいでしょう。
石川 橋下市長が強い権力欲を満たすことができるのは、財界が求める政策を掲げる限りでのことだと思います。現在のような政治権力の枠組みでは、財界という経済権力の支持なしに、高い地位を得ることはできません。
橋下知事時代の大阪府のホームページには、「大阪都」と関西広域連合を合流させて関西州(道州制)へという図式が示されましたが、10年末につくられた関西広域連合も--それを提案したのは関西財界だという自慢話が関西経済連合会のホームページにありますが--、日本経団連が「道州制への導入につながる」と位置付けてきた制度です。
あ然とした知事の「都構想」説明
■大阪再生には何が必要か
石川 現在の政治や社会のままでは自分たちの生活が立ち行かない、そういう切実な願いが、今回の選挙では橋下・維新の会の勝利につながった。そうであれば流れを変えるには、何より市民の立場からの「大阪再生ビジョン」が必要です。その内容を維新の会に期待をかけた人たちと、しっかり話し合っていくことが必要です。「大阪再生」の否定でなく、「大阪再生」の内容をめぐる議論です。
投票翌日のNHK「クローズアップ現代」に出演した松井知事は、「『大阪都』ができるとなぜ経済が再生するのか」という質問に、「外資を含む大企業にとって投資価値の高い大阪ができる」という答えしかできませんでした。特に港湾整備が強調されていましたが、その手の大型公共事業であり、すでにシャープなどに行っている莫大な補助金などの大企業支援の路線だけです。
破たん済みの構造改革そのもの
そこには“持たざる者”への直接的な支援はありません。それは「大企業が潤えば、いつか大阪都民も潤う」という、破たん済みの小泉「構造改革」路線そのままです。それこそがこの国と大阪に“持たざる者”を急速に増やしてきた政策であったにもかかわらずです。
そこの転換を訴えていかねばなりません。
まず誰を「再生」することが本当の「大阪再生」につながるのかということです。大阪は中小企業の町、商人の町、そこで働くたくさんの労働者の町です。庶民が元気になるから、大企業も含めて大阪は本当に元気になる。それに必要な政策は、非正規雇用の削減、最低賃金の引き上げ、公契約条例、地元重視の公共事業、中小企業への支援、社会保障、医療などすでに明らかになっている。
課題は、それを分かりやすいイメージとして打ち出す工夫ではないかと思います。それらの実施に「独裁」などは不要です。
期待に応えられない橋下・維新
石川 「構造改革」で国民生活関連予算は削られ、その一方で大企業や高額所得者の税が引き下げられ、予算はますます大企業支援に集中されるようになってきた。同時に、社会保障や教育は地方がやればいいと、国の責任放棄が進められました。
道州制はそれを超えて、「構造改革」路線を地方予算にも本格的に及ぼし、自治体を大企業支援の機関に完全に変質させようという企みです。だから「究極の構造改革」といわれることもあるわけです。
橋下・維新の会に押し進められるのは、そうした政策でしかありません。しばらくは、マスコミを利用したごまかしができても、それで“持たざる者”の期待に応えることはできません。しかし、気付きが遅れれば、それだけ被害は拡大しますから、できるだけ速やかに、説得的に「大阪再生」の内容を論じていかねばなりません。「大企業が潤えば」ではなく「まず庶民が潤ってこそ」に「再生」路線を転換していく必要がある。それを一生懸命やらないといけないと思います。
■子ども追い詰める「教育基本条例」
市場でたたかうために学ぶのか
人間の間に競争を通じて序列が
石川 そもそも戦後の教育は、全国民に高い教養をいきわたらせ、それによって理想の高い憲法を現実のものにしていくという位置付けを持ちました。憲法と教育基本法はそういう意味で連動しており、だから義務教育はできるだけ速やかに高校教育まで拡げていくとされていました。
ところがその教育が、競争を通じて人間の間に序列をつくる手段にねじ曲げられている。その点でも、教育とは何か、なぜ行政が国民に教育を保障するのかという、根本からの議論が必要になっていると思います。
■復興に見える資本主義の本質
国家が国家の体をなしていない
国民の〝命綱〟となる地方自治体
石川 これまでも「構造改革」路線や竹中平蔵氏の検討を通じて、「財界言いなり」政治を批判してきたつもりでしたが、「3・11」以後の政治はその深刻さへの理解を一段と深めさせるものになりました。財界は大震災の直後から、「復興」を財界本位の東北改革の絶好のチャンスと位置付け、さらにそれを日本全体の「再生」の入口にしようとしています。
「復興」の名目で東北から道州制をスタートする。漁業権や農地を大企業が手に入れて、アメリカ型の大型農漁業につくりかえる。“被災した農漁民よ、大企業の傘下に入り、わが低賃金労働者になれ”ということです。TPPの推進もこれとセットです。
こんな諸政策が震災の直後から出てくるのです。資本の原理、利潤第一主義とはこういうものかと、あらためて恐ろしくさえ感じさせられました。原発利益共同体もそうですが、震災復興のあり方や原発災害の問題は、資本主義という経済社会の本質に直結しています。
その中で、たくさんの人がボランティアに立ち上がり、「原発ゼロ」の運動も広まっています。特に新たな希望に思えるのは、無力で無策な政府の背後に経済権力があるということに、多くの人が気付き始めているということです。
利潤第一ではなく人間第一の復興を
利潤第一でなく、人間第一で復興を進め、エネルギー政策の転換を遂げるには、大企業の制御が不可欠であり、そのために市民は政治を財界から、自分たちの手に取り戻さなければなりません。そう考えると、いまの時代は政策の適切さに加えて、人間の社会はどうあるべきか、地域や教育はどうあるべきかといった根本問題に答えを与える「社会の思想」を必要としています。
場当たり的な判断でなく、マスコミの世論操作に踊らされることもない社会についての大きな理想や思想です。大阪の再生も、東北の復興も、日本のエネルギー政策の転換も、これと密接に結び付いていると思います。
(次号に続く)
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