8月15日の各地の催しと、靖国神社への首相・閣僚参拝をめぐる論調のいくつか。
催しの主催者には「日本会議」の文字も見える。
政治に対する遺族会の影響力低下という声もあれば、首相による年内参拝の可能性に期待を寄せる声もある。
終戦の日、各地で催し 靖国、憲法、「今」を問う(朝日新聞、8月16日)
「終戦の日」の15日、各地で平和を考える催しがあった。敗戦から62年。戦争体験だけでなく靖国参拝や憲法など「今」を問うテーマで人々は思いを語った。
靖国神社の参道での第21回戦没者追悼中央国民集会(英霊にこたえる会、日本会議主催)で、閣僚が参拝しないことに三好達・日本会議会長が「甚だ遺憾に思う」と話すと、1000人以上の参列者から拍手がおこった。
こたえる会の堀江正夫会長も、安倍首相について「(参拝を)期待していただけに、失望の念をぬぐいきれない」。そのうえで「戦後体制からの脱却と美しい日本の再生は当然のことで、首相は信条を曲げてはいけない。胸をはって靖国にお参りしてほしい」。
中曽根首相の靖国神社公式参拝に抗議して86年に結成された平和遺族会全国連絡会は、東京・一ツ橋で集会を開いた。
召集された夫がフィリピンで行方不明になり、戦後に空の遺骨箱を受け取った黒田康子(しずこ)さん(92)は「核保有国が核兵器の禁止を叫んでも、小国がひそかに核保有する時代。日本が平和憲法を持ち非戦を誓ったのは夢だったのか」と述べた。
東京の千鳥ケ淵戦没者墓苑では、労組などによる「平和フォーラム」が追悼集会を開いた。江橋崇代表は「イラク、アフガンでの戦争は泥沼化し、北朝鮮ではミサイル実験や核実験が強行されている。日本では自衛隊の海外派遣が継続され、核の研究や使用を容認する動きがあった」と危機感を示した。
東京・代々木で16日まで開かれる「平和のための戦争展」では、15日、元兵士の小山一郎さん(86)が、中国・山東省で捕虜を銃剣で刺す訓練や集落の焼き払いに参加した体験を語った。
「短期間のうちに、平気で人を殺せる鬼の心に入れ替えるような訓練をさせられた。『アジア解放』という志とは全然違う行為をしていた。侵略戦争は二度と繰り返してはならない」
東京都千代田区の日本教育会館では「8.15と日本国憲法」と題した集会があり、パネリストの作家、落合恵子さんが「平和の基本は、人権や命です」。
母親を7年間にわたって在宅介護した経験を持つ。福祉サービスを原則1割負担にした障害者自立支援法にも触れ、「国に怒りを感じていた。介護の経験で机のうえの護憲派から、生活者としての護憲派に変わった。自分に引き寄せて平和を考えるしかない」と語った。
靖国自粛の夏 閣僚、参拝1人 首相「あいまい戦術」(朝日新聞、8月16日)
靖国神社の政治風景がすっかり変わった。終戦記念日には90年代初めまで毎年10人を超す閣僚が参拝し、昨年は当時の小泉首相が自ら参拝した。ところが、参拝支持派だった安倍首相が「行くか行かないか申し上げない」と繰り返し、参拝を見送り。参院選大敗で閣内の自粛ムードにも拍車がかかり、閣僚の参拝も1人だけだった。A級戦犯の分祀(ぶんし)論など問題解決に向けた論議も下火となり、靖国をめぐる「政治熱」は急速に冷めつつある。
午前8時20分ごろ、強い日差しが照りつけるなか、黒塗りの車が靖国神社の到着殿に乗り付けた。降りたのは、モーニング姿の小泉前首相。玄関では、日本遺族会の役員が出迎えていた。
だが、安倍首相は姿をみせなかった。参拝しなかった理由を記者団に問われると、首相は「あいまい戦術」を展開した。「参拝した、しなかった、する、しない、外交問題になっている以上、このことを申し上げる考えはございません」
安倍首相はかつては、靖国参拝を続けた小泉前首相の姿勢を支持していた。だが、自民党総裁選を勝ち抜くためには日中関係改善が不可欠とみて、官房長官時代に参拝の有無を明かさない「あいまい戦術」に転換。首相就任直後の昨年10月に訪中して関係改善を果たし、「安倍外交の成果」(周辺)と自負する実績を残した。
閣内にも、そんな首相の戦略を壊すわけにはいかないとの空気が支配的だ。15日にただ一人参拝した高市少子化担当相も「不要な混乱を起こす可能性があれば、ここはこらえようと総理は思っておられる」と代弁した。
さらに、参院選惨敗で政権の求心力は低下しており、これ以上、政権の足を引っ張るようなことは避けたい思いもある。山本金融担当相は「アジアの政治的安定には悲観論が多い。(参拝で)大臣としての行動に支障を来しては残念な結果になる」と語った。
ただ、首相は支持基盤の保守層を無視するわけにもいかない。「靖国神社にとって大事なのは春と秋の例大祭」(周辺)と整理し、首相が4月の例大祭で参列の代わりに供え物を奉納する手を打ったのはそのためだ。
それでも理念重視の安倍路線への懸念は根強い。河野洋平衆院議長は全国戦没者追悼式の追悼の辞で「海外での武力行使を自ら禁じた『日本国憲法』に象徴される新しいレジームを選択して今日まで歩んできた」と語り、首相が掲げる「戦後レジームからの脱却」を牽制(けんせい)した。
■「分祀」論議も停滞気味
安倍政権では、小泉前政権下で活発だった「靖国論」も停滞している。
「戦没者の英霊をまつるわが国唯一の追悼施設は靖国神社だ。だからこそ、すべての国民が心静かにお参りできる施設であってほしい」。15日朝、靖国神社の社頭で参拝を済ませた日本遺族会会長の古賀誠・元自民党幹事長は、記者団にこう語った。
古賀氏は昨年5月、靖国神社に合祀(ごうし)されたA級戦犯の分祀論を提唱した。昨年は麻生外相が靖国神社を非宗教法人化して国立追悼施設とする私案を発表するなど、自民党総裁選を意識した靖国論争が熱を帯びていた。
ただ、遺族会では職業軍人の遺族を中心に分祀論に抵抗もあり、古賀氏の提案を受けた議論はなかなか進まない。安倍政権で日中関係が改善に向かっていることも靖国問題先送りの機運を広げている。国立追悼施設建設が持論の公明党から「もう少し論議を深める作業をやり直していかないといけない」(太田代表)との声が出るほどだ。
「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の会長を務める島村宜伸・元文相は15日、集団参拝を終えた記者会見で、閣僚が相次いで靖国参拝を見送る現状を「頼りない。堂々と参拝なさるべきだ」と批判した。ただ、閣僚参拝が1人にとどまった背景には、首相や閣僚の靖国参拝を強く望む遺族会の影響力低下もうかがえる。国のために戦った人たちの慰霊に国がどう向き合うかという根源的な議論は、宙に浮きかねない状況だ。
安倍首相は同日、国立追悼施設の建設について記者団に問われ、「ご遺族の方々のご意見もあると思う。十分慎重に検討しなければならない」と語るだけだった。
色あせる「安倍らしさ」 首相、終戦記念日の靖国参拝見送り(産経新聞、8月16日)
安倍晋三首相は、官房長官だった昨年と同様、靖国神社に姿を見せなかった。官房副長官、自民党幹事長時代には毎年、この日に参拝していただけに、党内外には「安倍さんらしくない」(島村宜伸元農水相)との失望感が広がる。参院選惨敗による求心力の低下と、中国をにらんだ「あいまい戦術」…。参拝した閣僚も1人だけと、すっかり様変わりした感がある今年の終戦記念日は、安倍カラーの色あせぶりを印象づけた。(阿比留瑠比)
「国のために戦い、倒れられた方々に対する尊崇の念、思いは持ち続けなければならない。参拝するしないは、外交問題になっている以上、申し上げる考えはない」
首相は15日、記者団に、在任中は参拝の有無を明言しない考えを改めて強調した。首相周辺によると、首相は昨年9月の就任時に、靖国問題と対中外交のあり方について、次のような原則を決めたという。
靖国参拝に関しては(1)中国などに中止を要求され「参拝しない」とは絶対に言わない(2)靖国にはいつでも行けるというフリーハンドを持ち続け、政府としても「参拝しない」との言質を与えない-の2点だ。それを前提に、拉致問題をはじめとする対北朝鮮外交で中国の協力を得るため、当面はあいまい戦術を取るという戦略だ。
政府高官は「現に、中国は拉致問題に関するかなり詳細な情報を日本側に伝えてきている。北朝鮮の核をめぐる6カ国協議でも、中国は北朝鮮に拉致問題の解決を相当強く要求するようになった」と、一定の成果が上がっていると指摘する。
安倍首相には、靖国問題の主導権はむしろ日本側が握っており、中国と連携し北朝鮮を追いつめなければいけない、との思いがあるのだろう。
しかし、実際には、北朝鮮が拉致問題で大きな譲歩を示す場面はなかった。国民の目からは、首相の15日の参拝見送りは、参院選の敗北で政権基盤が弱体化した首相が、年来の主張を引っ込め弱気に振る舞っているように映るにちがいない。安倍内閣の閣僚16人のうち、参拝したのが高市早苗少子化担当相だけだったことも、そうした印象を強めている。
首相はこの日、秘書官が用意した全国戦没者追悼式での式辞に自ら手を入れた。小泉純一郎前首相の言葉を踏襲した「戦争によって心ならずも命を落とした方々」との表現を、「かけがえのない命を」に改め読み上げた。「心ならずも」の部分に、保守系文化人や議員から「自ら命をささげた戦死者に失礼だ」との批判があったことに考慮したものだ。
ただ、こうした工夫は、玄人受けはしても、大向こうをうならす分かりやすさはない。
「安倍首相には、生まれ変わって強力な指導力と実行力を発揮してもらわないといけない。信念を実行するための原点は、胸を張ってまず靖国神社にお参りすることだ」
靖国神社境内で15日に開催された戦没者追悼集会で、英霊にこたえる会の堀江正夫会長がこう語ると、大きな拍手がわき起こった。
首相は周辺に「年内の靖国参拝を断念したのではない」と漏らしているが、なぜ参拝しなかったのか、国民が納得する説明とともに、「安倍らしさ」を失うことなく体現することを求めたい。
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