http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201008230099.html
今、再びマルクスに光 入門・解説書や新訳、相次ぎ刊行
写真:硬軟さまざまな形で、マルクスの仕事に再び光が当てられている。関連書籍の好調な売れ行きは、出版関係者を驚かせている
写真:カール・マルクス。人間社会の包括的な探究に挑み、経済から哲学、歴史、宗教まで幅広い分野に著作を残した
冷戦終結とともに葬り去られたはずのカール・マルクス(1818~83)が、このところ相次ぐ入門書や解説書、新訳の刊行で、再び注目されている。現実政治への影響力は薄れたが、経済のグローバル化や環境問題、個人の生き方など、21世紀の課題に向き合う思想として新たな光を放ちつつある。
■現代の課題に向き合う
「強靱(きょうじん)な論理でぐいぐい読者を引っぱりながら、瞬間的な目くらましで跳躍する。作家・マルクスのドライブ感あふれる文体について、書きたいと思っていた」
内田樹(たつる)・神戸女学院大教授(フランス現代思想)が熱を帯びた口調で語る。
同僚の石川康宏教授(経済理論)との共著『若者よ、マルクスを読もう』(かもがわ出版)を6月に出した。『共産党宣言』『経済学・哲学草稿』などマルクス青年期の著作を往復書簡の形で解説。今後も『資本論』など続編を発表していくという。
「座標軸をなくした日本社会には、一本筋の通った左翼の存在が必要だと思う。今の若者は左翼アレルギーが強いが、ブルジョアジー出身のマルクスが弱者への友愛から連帯の思想を紡いでいったように、本来の左翼的知性とは熱くて柔軟なものだ」
とはいえ、礼賛だけの本ではない。「マルクスにどっぷりつかってきた」という石川教授と、違いを認め合いつつ進める対話は、左翼につきものだった党派対立をこえる実践の書としても読める。
マルクスを呼び戻そうとする思潮は欧州でも目を引く。近著『ポストモダンの共産主義』(ちくま新書)が話題を集めるスロベニア生まれの思想家ジジェクは、現代社会は環境破壊や遺伝子工学による倫理破壊などによって「世界の終わり」に達していると警告。それはマルクスの指摘した「実質なき主体性」に帰すものだとみる。
6月に新訳『共産党宣言』(作品社)を発表した的場昭弘・神奈川大教授(経済思想)も確信を込めて言う。「千年、二千年単位で構想されたマルクスの世界観にとって、ソ連・東欧の失敗は序曲にすぎない。共産主義を求める波は今後も繰り返し訪れる」
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新訳は、一文ごとの詳細な解説を含んだ付録資料が400ページに及ぶ。マルクスの著作は実はきちんと読まれてこなかった、と的場教授は考えるからだ。たとえばブルジョアジーが競争と自由をもたらしたことを評価した点。疎外された労働も一方で人々をつなぐ喜びの源だとした点。「マルクスの魅力は、矛盾をはらんだ二重性の豊かさにあるのです」
「豊かさ」は、6月に『経済学・哲学草稿』の新訳を光文社古典新訳文庫から発表した哲学者、長谷川宏さんが力を込める点でもある。学生運動のあと40年間、私塾で子どもたちに教えるかたわら研究を続けてきた。主著『資本論』よりも、『経済学・哲学草稿』が問題提起する人間と自然、社会との信頼関係のほうが、きわめて今日的なテーマとして身に迫ってきているという。
「政治解決できる問題など実際には少ない世の中で、一人ひとりがどう生きたらいいのか? マルクスが、人が地べたで生きていること自体に可能性と希望を見た意味は、深いと思う」
■思想見極め選ぶ時代に
左翼政党の後退は著しい。なのにマルクスが読み直される状況について、近く現代書館から『労働者の味方マルクス』(仮題)を出す橋爪大三郎・東工大教授(社会学)は「アナーキーでクレージーな思想家も安全に受け入れられる時代になった」と話す。
「政権交代が起きたのが象徴的だが、労働者が革命を起こす前提が日本では完全に消滅した。マルクスも、社会改善のヒントを提供する一人になったということだ」
橋爪教授は、それをある意味での「進歩」と呼ぶ。思想の側に無理やり人々があわせるのではなく、信頼と納得ができる思想かどうかを人々が見極め選ぶ時代がやってきたというのだ。
「牙を抜かれたマルクスから、また新しい思想が生まれていくと思う」(藤生京子)
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