以下は、昨日の記者会見でも紹介させてもらった、
兵庫県教育委員会が提案する
公立高校普通科学区拡大に対する見解です。
私が文案をまとめ、ご覧のみなさんとともに
「私たちの見解」として発表したものです。
なお、以下の文書作成後に、
県教育委員会は学区拡大の実施年度を
当初計画の2014年から、
2015年に変更しました。
学区拡大という基本方向は変えていませんが、
県内の大きな「反対」の声におされてのことでしょう。
下の「見解」の縮小版にもとづいて、
「『学区拡大』ストップ! アピール署名をすすめる会」が
すでに動き出しています。
ある程度の数が集まったところで、
兵庫県議会への「請願」を行っていく予定です。
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普通科高校の学区拡大問題に対する私たちの見解
すべての高校生に真に豊かな学力を
――兵庫県教育委員会での学区再編の動きを考える――
2012年1月23日
石川康宏(神戸女学院大学)
田中孝彦(武庫川女子大学教授)
土屋基規(神戸大学名誉教授)
二宮厚美(神戸大学教授)
船寄俊雄(神戸大学教授)
和田進(神戸大学教授)
(1)
2011年11月28日、「兵庫県高等学校普通科の通学区域の在り方について(報告)」(以下、「報告」)という文書が、兵庫県教育委員会に提出されました。みなさんは、ご存じだったでしょうか? ①現在16にわかれている兵庫県の高校普通科の学区を5学区に再編する、②2014年の入試からこれを実施したいというものです。
これは、2014年以後に高校入学を迎える子どもたちの学校生活と、保護者のみなさんの家庭生活に、大きな影響を与える問題です。こういう大切な問題については、県民みんなでよく話しあい、お互いに納得できる形で話しを進めることが必要でしょう。
現在、教育委員会で議論されている学区再編案は、次のようです。
①新設する神戸・芦屋・淡路学区(19校)に、現在の神戸第一・芦屋(4校)、神戸第二(5校)、神戸第三(7校)、淡路(3校)の4つの学区をまとめる。
②阪神・丹波学区(29校)に、尼崎(6校)、西宮(6校)、伊丹(7校)、宝塚(4校)、丹有(6校)の5つの学区をまとめる。
③播磨東学区(20校)に、明石(5校)、加印(7校)、北播(8校)の3つの学区をまとめる。
④播磨西学区(20校)に、姫路・福崎(12校)、西播(8校)の2つの学区をまとめる。
⑤但馬学区(7校)に、北但(4校)、南但(3校)の2つの学区をまとめる。
(2)
「報告」は「県下7カ所での報告(素案)説明会」「パブリック・コメント」「県下3カ所の検討委員による説明会」「市町ごとのPTA対象の説明会等」を行い、「広く県民の方々や教育関係者から意見を聴取した」と述べています。
こうした意見聴取の取り組みは大切ですが、重要なことは、そこで多くの県民から今回の提案に対する不安や疑問が出されていることに、県教育委員会が十分に目と心を配っていないということです。
「報告」とあわせて発表された「提出された意見等の概要とこれに対する考え方」(以下「考え方」)には、県民からのパブリック・コメント(2362人、4180件)の整理がふくまれていますが、そこに述べられた意見は、多い順に次のようになっています。
①遠距離通学が増え、交通費などの負担増を招くのでは(1076件)。
②受験競走がはげしくなり、しわよせが学力の低い生徒に集中する(427件)、学力の低い生徒は希望する高校に入れなくなる(247件)、成績のよい一部の生徒の選択肢が広がるだけでは(211件)。
③郡部での高校の統廃合がすすみ、それにともない過疎化が進む(318件)。
④但馬で実施されている連携校方式は継続してほしい(196件)。
⑤学びたい高校の選択肢が広がる(174件)。
⑥メリットは特にないのではないか(174件)。
⑦特定の高校に志望が集中し、他方に定員割の高校が出てくる(162件)。
⑧地域の子どもはその地域で育てるべきではないか(126件)。
⑨郡部の小規模学校の活性化が必要である(100件)。
合計100件以上の意見は上のとおりです。提案への積極的な賛成は⑤の174件だけで、⑨を条件付き賛成ととらえても合計は274件にしかなりません。それは家庭の経済的負担の増加(①1076件)、子どもたちの受験競走の激化(②885件)、高校の統廃合や郡部の過疎化(③⑦480件)を心配する声に、遠く及びません。
県教育委員会は、こうした県民の声を正面から深く受け止めるべきです。
(3)
さらに県下41市町のうち24の議会で、再編に反対する「意見書」が決議されていることは重要です。また「神戸新聞」が行った教育長へのアンケートでは、反対が賛成を上回るという結果も出ています。
決議が行われた20市町は次のとおりです(1月2日現在、順不同)。加西市・川西市・三木市・明石市・福崎町・豊岡市・養父市・香美町・新温泉町・相生市・たつの市・赤穂市・朝来市・加東市・多可町・佐用町・芦屋市・西脇市・姫路市・上郡町・猪名川町・市川町・篠山市・三田市。
各地の「意見書」は、多くがパブリック・コメントの内容と重なるものになっています。
〇「受験競走がさらに激化するだけでなく、生徒たちは地元高校への進学が難しくなり、遠距離通学を余儀なくされてきます。生徒・保護者の精神的・経済的負担は間違いなく増大し、さらに時間的な余裕もなくなり、部活動や生徒会活動など、人格形成上大切な自主活動も制限されることになります」(養父市議会)。
〇「『学校間格差』が今以上に顕著になり、『学校選択の自由』を建前に『競争の教育』によりいっそうの拍車がかかるのではないか」(西脇市議会)。
〇「義務教育のみならず高校も地域住民の財産であり、地域の子どもたちの教育を保障する場でもあるため、『地域の子は地域で育てる』『子どもは地域社会全体で育てる』という理念が尊重されるべき」(姫路市議会)。
〇「『競争の教育』がさらに進み、中学校での教育がゆがめられるおそれがあります」(相生市議会・赤穂市議会)。
〇「高等学校の統廃合が行われ、郡部の人口流出がさらに進み、地域活性化という大きな国家的課題までもが阻害されることになります」(上郡町議会)。
また、41市町の教育長に対する「神戸新聞」のアンケートでは、今回の再編に「反対」「どちらかというと反対」の合計32%が、「賛成」「どちらかというと賛成」の合計20%を上回りました。
「反対」の理由としては「遠距離通学が生じる懸念がある」「特定の人気校に集中し、統廃合の懸念が出てくる」が上位をしめており、特に「遠距離通学」の問題については、再編に「賛成」「どちらとも言えない」とする教育長からも懸念の声があがっています。
さらに学区再編を2014年度から実施することについては「早すぎる」39%が、「妥当」22%を大きく上回っています。
県民からも、県下各地の議会からも、教育長からも、反対、不安、懸念の声がこれほどたくさん出されているのですから、県教育委員会や兵庫県は今回の提案を無理強いするのではなく、むしろ、これを機会に教育に対する県民の期待と要望をより深く汲み取る姿勢をもつべきです。
(4)
議論をさらに深めるためには、本来、教育とはどういうものであり、それは子どもたちの育ちにどのようにかかわるべきものなか、この根本に立ち返ることが必要ではないかと思います。特に重視されるべきは、おそらく「競争の教育」をめぐる問題です。
国連は、1998年の「勧告」以後、日本の教育制度はあまりに「競争」的であり、それによって「子どもの身体と精神の健康に悪影響が生まれている」と繰り返し指摘を行っています。
実際、欧米諸国には、もっぱらテストの点数で進学先を決めてしまう日本のような「高校受験」はほとんどありません。「競争こそ学力を伸ばす最善の方法」という考え方は、世界的には、すでに時代後れだとされているのです。
学力世界一として注目をあびるフィンランドにも、テストの点数や偏差値で高校の間に序列をつくるしくみはありません。また学校の中にも能力別の学級編成はありません。それとはまったく反対に、異なる能力や興味をもつ子どもたちが、互いに学び会い、教え合うことで、個性と能力の豊かな子どもが育てることが追求されています。
じつは、この日本にも「選抜」のための高校入試はやめるべきだという方針が、かつてありました。「新制高等学校は、入学者の選抜はそれ自体望ましいものであるという考えをいつまでももっていてはならない。・・・経済が復興して新制高等学校で学びたい者に適当な施設を用意することができるようになれば、ただちになくすべきものである」(文部省学校教育局、49年)。
戦後の「復興」がすすみ、高校を十分つくることができるようになった時には、「選抜」はやめるべきだという方針です。すべての子どもたちに豊かな教育を行うことが、豊かな国づくりをめざす教育行政の使命と考えられてのことでした。
しかし、残念ながらこの方針は「高度経済成長」の時期に、あたかも経済競争の論理が教育の論理にしみこむかのように、逆転させられてしまいます。
いま、日本社会では子どもたちの「学力低下」が大きな問題になっていますが、それは子どもたち同士の競争が不十分だから起こっていることではありません。反対に、競争の教育のつらさに耐えられず、学ぶこと本来の楽しさを味わうことができないために、「大多数の子どもが高校受験が近づくにつれて、ますます『学び』から逃走」せずにおれなくなっている(佐藤学『「学び」から逃走する子どもたち』)。専門家たちはそこに問題の核心を見ています。
兵庫県の学区再編問題を考える時にも、こうしたそもそも論に立ち返る必要があると思います。私たちは、多くの県民や議会がすでに指摘しているのと同じように、「競争の教育」をさらに押し進める結果となる今回の再編提案には反対です。県教育委員会や兵庫県のみなさんには、以上の点をよく検討していただきたいと思いますし、県民のみなさんには、これを機会に県内すべての高校生に真に豊かな学びを保障する学校づくり、教育づくりを考えることを、心から呼びかけたいと思います。
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