6月27日、靖国の境内を出て、
4時すぎには、「しょうけい館」に移動する。
こちらは、戦傷病者の戦後の苦労を記録する資料館。
戦傷病者の平均年齢も、すでに88才になっており、
この資料館も、ご本人にお会いしての
記録を最優先としているとのことである。
解説は、学芸課長のK龍さんがしてくださる。
ここの展示は、徴兵検査にはじまり、戦後亡くなるまでという、
戦傷病者の人生を時間の軸でたどるものとなっている。
徴兵検査で体格が立派だった場合には、当人と母親に
「感謝状」が送られていた。
その「感謝状」の現物などがならんでいる。
軍に入ることを、陸軍では入営といい、
海軍では入団という。
各人の軍歴は、陸軍の場合には「軍隊手帳」から、
海軍の場合には「履歴表」から知ることができた。
出征は「遺書」を書いてからのことで、
腐らないツメや髪の毛をいれる場合もあった。
たとえば片腕を失えば、カラダのバランスがとれなくなる。
水木しげるさんも、左肩にカバンをかけて、
左右のバランスをとっていたらしい。
障害が重いほど軍人恩給は高かったが、
米軍占領下で7年のブランクができ、
その間の戦傷病者の生活は大変だった。
こちらは、野戦病院のジオラマだが、
リアルにつくるために、役者さんをつかって、
浮き上がった筋肉の「型」などもとったという。
義手、義足、義眼、仕事につけない苦労、
子どもが抱けない悲しさ、家族の大変さ。
1銭5厘(はがき代)で戦地に送られ、
命懸けで闘うことを余儀なくされた兵士たち。
侵略の軍隊の一員ではあったが、
その兵士たちの苦労もまた、
戦争を構成する確かな事実のひとつである。
5時には、見学終了となる。
「5時から展示のいれかえ作業があって」とのこと。
どうも、今回の東京ツアーは、
みなさんの忙しい時ばかりに
おじゃましてしまったようである。
5時半には、H川さんから、
「若い世代への平和のバトンタッチ」という
まとめのお話をいただいて、今年の学習ツアーの終了とする。
「女たちの戦争と平和資料館」「靖国神社・遊就館」「しょうけい館」と、
まるで視点のことなる3つの資料館を見学し、
学生たちは、何を感じ、何を考えたのか。
残されたたくさんのメモの「整理と消化」は、
次回以降のゼミでのこととなっていく。
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