3月18日(金)は、9時起床の朝であった。
青汁コーヒーで、パソコン前へ。
夕べのツィートへの返信に教えられ、
卒業生周辺被災地の状況を
電話で防衛省に伝えていく。
担当の方も、相当、疲れておられる様子。
全国から、ひっきりなしに
こうした連絡があるのだろう。
ゾゾゾとうどんを食べて、
1時前には、外に出る。
梅田のリッツカールトンに直行である。
今日は、学科の卒業パーティ(謝恩会)。
今年は、圧倒的に着物姿。
冒頭、司会の学生たちが、「今年度卒業生一同として、
赤十字に募金をしよう」と呼びかけていく。
学長が乾杯の発声をされていくが、
あわせて、被災地の学生に対する
大学としての支援の検討が紹介される。
詳細は、大学のHPに後日掲載。
こちらは、U田先生とI田先生。
ゴクラク、合気道、能楽という三重の強い接点をお持ちのお二人。
食べ始め、飲み始めれば、学生たちは
いつものように元気である。
わがゼミの委員長は、最後まで、
冷静に、時をすごしていた。
料理は、バイキングでとりにいくスタイル。
だが、真っ先にとってきたのがデザートのケーキ。
キミたち、「食」の順番は、それでいいのか。
ゼミ生に限らず、
たくさんの学生といっしょに写真をとり、
あれやこれやのおしゃべりをする。
就職して東京へ向かう学生、
遠い実家にもどる学生、
旅立つ先はそれぞれである。
久々に出た「手酌の女」あらため「グラスの女」。
「ああ、センセイ、もう酔ったわ、アタシ」
「見たらわかるって」。
パーティ運営のゼミ委員は、Aやであった。
途中、壇上で、学生たちから3つの質問を受ける。
①学生時代はどんなでしたか、②影響を受けた本はなんですか、
③20代のうちにしておいたらいいことは。
回答①、学生運動、貧乏、病気、鬱病・・・。
回答②、マルクスかなあ、社会にあわせて生きるだけでなく、
みんなで世の中をつくり変えていく姿勢を学んだ。
回答③、不本意な退職、病気、離婚・・・
人生には予期せぬことがいろいろある。
それを受け入れることのできる心のゆとりを育てること。
最後の花束贈呈も、なぜかこちらの「赤い顔の娘」。
九州のオカアサン、こんな時には、まったく格別元気ですよ。
U田先生が「ボクも卒業ですから」と最後のスピーチを。
「卒業するみなさんのためにも、
師は、生涯、師であることを貫かなければならない」。
U田先生のみならず、
大学に残るわれわれのハードルもあげられた。
こちらが、卒業するゼミのメンバーである。
そして、こちらは「裏・石川ゼミ」のメンバーたち。
1年生の時のゼミのつながりが、
4年の今日までずっとつづいているという。
大阪城公園の「ピース大阪」を見学し、
「南大阪ツアー」で、新世界を歩いたことがなつかしい。
4時になったところで、おひらきである。
たくさんのいただきものがあったので、
両手にかかえて、「加島」に直行。
ゼミ生たちからは、心のこもったアルバム、
そして、兵庫県内の5種類の酒と、
焼酎のお湯割りがにあうグラスをもらう。
みんな、ありがとう。
それぞれの場所で、一歩ずつ前にすすんでほしい。
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