5月24日は、9時前起床の朝であった。
カーテンをあけると、まだ外は雨ではない。
確実に、大学での仕事があるということである。
特殊栄養ドリンクをクピリと飲んで、
10時ちょうどには、外に出る。
JR「加島」から「尼崎」へ、「西宮」へ、
いつもよりずっと軽いリュックを背中に、
車中「『教育』原稿の人」となって移動する。
ちょうど大学に着いたところで、
空からサーッと雨が落ちてくる。
今日は、年に1度の学院「愛校バザー」の日なのである。
10時50分から、正門で受付の仕事を行っていく。
同窓生を中心に、たくさんの方が来校される。
11時40分には、昼食休憩の時間をもらう。
模擬店で弁当を1つ買い、
傘を片手に、中庭に移動。
ここで、M平先生に、かつて本学の奉安殿があった
場所を教えていただく。
戦時中に、昭和天皇の御真影と教育勅語がおさめられた建物である。
庭の一角には、その壁の破片が
まるで無造作に残されていた。
本学にも、そういう歴史があるのである。
研究室で、おしゃべりをつづけながら弁当を食べ、
こちらは再び正門前へ。
今年卒業したゼミ生とも顔をあわせる。
Aぱんは、勤務先が大阪になったとのこと。
そして、社長も「なんとかはたらいています」。
さて、夏の同窓会では、どんな話が聞けるのだろう。
2時30分には、お役御免となっていく。
JR「西宮」から「尼崎」へ、
ここで改札を出て、ミドリ電化に直行する。
先日、新参と塚口の公園に遊びにいったとき、
突然デジカメがガクリと生涯を終えたのである。
相方がいうには、寿命は2~3年とのことである。
なるほどピタリの使用期間であった。
そして、確かに、良く使いもした。
とはいえ、もうすこし長持ちするものが
つくれないものか。
これまでと、使い勝手が
あまり変わらないものを選んでいく。
3時30分の帰宅であった。
しばらく修理ノートをいじっていくが、
急にカラダの力が抜けてくる。
雨にふられた結果だろうか。
夕方以降は、さえない人生となっていく。
あれもしなければ、これもしなければ。
でも、あれもしたくない、これもしたくない。
床に寝ころんで、ジタバタしたい気分である。
適当な夕食をシャシャッとつくって、
夜もやはり、仕事の本丸に迫らぬ人生をすごしていく。
まあ、そんなこともあるわな。
なんだか、そういう日が増えてきている気がするが、
疲れがあるということか。
もう寝よ。
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