以下は、日比谷公園の「年越し派遣村」にボランティアとして参加された方のレポートです。MLにご本人が流されたものです。
「転送・転載歓迎」とのことですので、お名前を伏せて転載させていただきます。
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「年越し派遣村」ボランティアリポート
12月31日から1月5日まで日比谷公園に開設された「年越し派遣村」にボランティアとして行ってきました。メールで「年越し派遣村」を知って、「年越し派遣村」って何、「ちょっと見に行ってみようかな~」なんて軽い気持ちで31日の「開村式」に望みました。主催者や政治家、各労働組合の代表からの話を聞いているとだんだん事の重大さがわかってきました。「開村式」のスピーチが終わると100人くらいいたボランティアの割り振りがされました。そこからです。私の怒涛の年末年始が始まったのは・・・
私はまず、
食事の時間にはボランティア総動員で食事作り、
「2列に並んでくださ~い」「お待たせしました~」「
日に日に食事の行列が長くなりました。4日には500人、
後から聞いた話ですが、茨城県から歩いてきた人、
倉庫番の仕事もすごいことになってきました。
テレビの報道の影響で入村者、ボランティア、メディア、
ボランティアの質も悪くなってきます。
観光客などは論外です。「今、
全国から届く支援物資、米だけで4日には4トンに達しました。
たくさんの食材をリュックにつめて持ってきてくれる老夫婦。
ミュージシャン、マジシャン、飴細工職人、マッサージ師、
「政治を変えなきゃ」と切実に訴える観光客。
入村者に中にも「村」の運営に力を貸してくれる人もいました。
「派遣村」
31日に「ちょっと様子を見てみよう」なんて思っていた自分が、
自分のことを「高杉晋作」だという下ネタ好きのホームレス、
毎日、派遣村に通って、
きらびやかなネオン、大きくてリッパな建物、
「みんなでなんとかして頑張ろうよ」っていう世界から、「
「年越し派遣村」は、村民にとっても、
これだけの短期間で私たちの要求をアピールできたことは奇跡的だ
「高杉晋作」さんが言っていました。「
派遣村での4日間、体はきつかったけど、
村民のみなさんにとっては、まだまだ、
自分もこんな正月は初めてです。一生忘れません。
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