文部科学省が,沖縄戦での に,軍による強制性があったとはいえない,という見地からの高校教科書検定を行っている。
さっそく琉球新報は,「『事実打ち消せない』教科書自決強制削除」の記事を掲載し,体験者の証言を紹介した。
その一方で,産経新聞は,軍の強制は遺族年金を得るための「偽証」にもとづくものとして,その削除を当然としている。
研究の進展によって歴史評価の変更があることは,一般論としては当然だが,ここで文科省が従来の姿勢を変更する理由にあげているのは,①「岩波裁判」で強制を否定する証言が行われたことと,②「最近の学説」との2点だとされる。
では,文科省は,軍の強制性を語る多くの証言についてはどのような評価を与え,また「最近の学説」については誰のどのような研究を重視するというのだろう。
その具体的な説明がなければ,「慰安婦」問題でこれほどまでに史実のねじまげを行おうとする政府が,疑いのまなざしをもって見つめられるのは当然のことだと思えるのだが。
『軍の強制』削除 沖縄戦・高校教科書検定(東京新聞,3月31日)
文部科学省は三十日、二〇〇八年度から使う高校用教科書(主に二年生用)の検定結果を公表した。第二次世界大戦の沖縄戦であった について、「近年の状況を踏まえると、旧日本軍が強制したかどうかは明らかではない」として従来の姿勢を変更。旧日本軍の関与に言及した日本史の教科書には、修正を求める検定意見が付いた。一方で、学習指導要領の範囲を超えて教えることを認める「発展的内容」は、初めて認められた〇三年の検定時に比べ、理科を中心に増加した。
近現代史中心の日本史A、通史を扱う同Bの計十点のうち、八点が沖縄戦の に言及。「日本軍に『 』を強いられたり」「日本軍はくばった手りゅう弾で集団自害と殺し合いをさせ」などと記述した七点に、「沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現」との意見を付けた。
いずれも、検定に合格し現在出版されている教科書と同じ記述だが、出版社側は「追いつめられて『 』した人や」「日本軍のくばった手りゅう弾で集団自害と殺しあいがおこった」などと、日本軍の強制に触れない形に修正し、合格した。
については、作家大江健三郎氏の著書「沖縄ノート」などで、「自決命令を出して多くの村民を させた」などと記述された。これについて、沖縄・座間味島の当時の日本軍守備隊長で元少佐の梅沢裕氏らが、記述は誤りで名誉を傷つけられたとして、出版元の岩波書店(東京)と大江氏を相手取り、出版差し止めと損害賠償などを求めて二〇〇五年に大阪地裁に提訴した。
同省は検定姿勢変更の理由を(1)梅沢氏が訴訟で「自決命令はない」と意見陳述した(2)最近の学説状況では、軍の命令の有無より に至った精神状態に着目して論じるものが多い-と説明。発行済みの教科書で、同様の記述をしている出版社に情報提供し、「訂正手続きが出る可能性もある」としている。
一方、「発展的内容」が全体ページ数に占める割合は、理科が4・3%(前回検定2・1%)、数学2・0%(同0・9%)と倍以上に。ただ、化学2で一番多かった教科書も9%で、分量の上限の目安とされる二割には達しなかった。
現在、学力低下批判を受けて学習指導要領の見直しが進行中。現在より教える内容が増えるとみられ、「指導要領範囲内の内容が増えれば、次の改定では『発展』の記述がなくなるかも」(出版社)との見方もある。
今回の検定に合格したのは二百二十二点。生物2の二点が不合格となった。日本史B、倫理、外国語ライティングを除き、全体的に平均ページ数は増えた。進学校向けには「発展」の記載を増やし、やさしい内容の教科書には、生徒の興味を持続させるため漫画を入れたり、丁寧な記述をしているためとみられる。
<メモ>発展的内容 教科書では学習指導要領の範囲を超える内容はマークなどを付けて本文と区別し、すべての児童生徒が一律に学ぶ必要がないことを明記する必要がある。2004年度に使用開始の高校用教科書から認められた。小中学校用は記述全体の1割以下、高校用は2割以下が目安。文部科学省は従来、指導要領の範囲を超える記述を認めなかったが、内容を大幅に削減した現行指導要領が学力低下につながるとの批判を受け、03年に指導要領を「最低基準」とし、発展的内容の記述を認めた。
【主張】沖縄戦 新検定方針を評価したい(産経新聞,3月31日)
来春から使われる高校教科書の検定結果が公表され、第二次大戦末期の沖縄戦で旧日本軍の命令で住民が を強いられたとする誤った記述に初めて検定意見がつき、修正が行われた。新たな検定方針を評価したい。
の軍命令説は、昭和25年に発刊された沖縄タイムス社の沖縄戦記『鉄の暴風』に記され、その後の刊行物に孫引きされる形で広がった。
しかし、渡嘉敷島の について作家の曽野綾子さんが、昭和40年代半ばに現地で詳しく取材し、著書『ある神話の背景』で疑問を示したのをはじめ、遺族年金を受け取るための偽証が基になったことが分かり、軍命令説は否定されている。
作家の大江健三郎氏の『沖縄ノート』などには、座間味島や渡嘉敷島での が、それぞれの島の守備隊長が命じたことにより行われたとする記述があり、元守備隊長や遺族らが、誤った記述で名誉を傷つけられたとして訴訟も起こしている。
軍命令説は、信憑(しんぴょう)性を失っているにもかかわらず、独り歩きを続け、高校だけでなく中学校の教科書にも掲載されている。今回の検定で「沖縄戦の実態について誤解するおそれがある」と検定意見がつけられたのは、むしろ遅すぎたほどだ。
沖縄戦を含め、領土、靖国問題、自衛隊イラク派遣、ジェンダー(性差)などについても、一方的な記述には検定意見がついた。検定が本来の機能を果たしつつあると思われる。
前進ではあるが、教科書にはまだまだ不確かな証言に基づく記述や信憑性の薄い数字が多いのも事実だ。
例えば南京事件の犠牲者数は誇大な数字が書かれている。最近の実証的研究で「10万~20万人虐殺」説はほとんど否定されており、検定では諸説に十分配慮するよう求めている。
その結果、「数万人」説を書き加えた教科書もあるが、相変わらず「30万人」という中国側が宣伝している数字を記述している教科書はある。
子供たちが使う教科書に、不確かな記述や数字を載せるのは有害でしかない。教科書執筆者、出版社には、歴史を楽しく学び、好きになれる教科書づくりはむろんだが、なによりも実証に基づく正確な記述を求めたい。(2007/03/31 05:03)
コメント