5月6日は、7時半起床の朝であった。
予定どおりの時間であるが、
今朝も就寝は、5時ちょうど。
神は、またしても、我に試練を与えられた。
早起き新参と特殊栄養ドリンクをわかちあい、
8時半には、外に出る。
相方と新参も、直後に実家にもどっていった。
コンビニを経由して、
JR「加島」から「新福島」へ、
環状線の「福島」から「西九条」へ、
桜島線で「桜島」へ、
車中「ネップの人」となって移動する。
「桜島」駅ホームでU野さんと出くわし、
いっしょに、舞洲アリーナに移動する。
今日は「9条世界会議in関西」の当日である。
空は、見事に晴れあがり、
絶好の「9条日和」となっていく。
メインアリーナ2Fに「慰安婦」問題のブースを出す。
女性陣は、着物でグイッと目立っていった。
分科会など午前の企画は、サブアリーナでおこなわれる。
その間、メインアリーナでは「うたごえ合唱」のリハーサル等。
昼が近づくにつれ、メインアリーナへの入場者が
ドンドン、ドンドン、増えてくる。
今日のブースでの作業には、
たくさんの若い世代も参加する。
午前中に就職の面接を終えた
4年ゼミのママもかけつける。
12時には、メインステージのオープニングとなる。
「用意された6000部のパンフレットは
すべてなくなりました」と報告があり、
大きな拍手がわいていく。
予想をはるかに超える人数である。
和歌山や京都の北部など、遠方から、
「バスでみんなできた」と、たくさんの人がいう。
「上からの組織的な動員」ではない、
本当に自発的な各自、各団体の取り組みである。
ロビーを歩く人たちに、
8月3日に行う「慰安婦」企画のビラを配り、
その数は、2500枚を超えていく。
学生、卒業生、他大学の学生たちなど、
たくさんの人たちとおしゃべりをする。
3時40分からは、
ステージで、ガンガン、ライブがはじまっていく。
若いメンバーがただちにブースを離れ、
むかし若かったメンバーも、「久しぶりだ」と
メインステージに飛び込んでいく。
「慰安婦」問題を解説するパネルは、
全国同時企画・京都実行委員会のものを貸してもらった。
ジッと見つめていく人も、少なくない。
書籍と物品の販売は、10万円を大きく超えた。
4時30分には、We Shall Overcome の
大合唱で、すべての企画を終了する。
知り合いのスタッフに声をかけると、
「参加は約8000人」とのことである。
莫大な熱気と力の終結であった。
後片付けを終え、
行き場をうしなった3人が、
いつものように飲み食いに出る。
JR「桜島」から、そのまままっすぐ「天満」へ。
先の事務局会議の後に入った
ホルモン「玉一」に直行する。
5時30分から8時まで、
「今日は、良かったな」という土台の上に、
山登り、学習、学者の姿勢、ハチノスなど、
それぞれの個人的高揚を重ねていく。
JR「天満」から「京橋」へ、「加島」へ、
車中「ネップの人」となって、静かに移動。
9時ちょうどの帰宅となる。
今夜は、早く、眠れるだろう。
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