10月3日、こちらは3時半に立ち上がる。
パソコン前で、あれこれ小仕事。
4時をまわったところで、新参も起き上がる。
しかし、まだ眠いらしく、
ご機嫌ナナメの状態である。
まあまあと、なだめすかして、
気持ちに動きをつくっていく。
5時には、3人で外に出る。
相方と新参は実家にもどり、
こちらは、研究会へ出かけていく。
JR「加島」から「尼崎」へ、「新大阪」へ、
車中「BRICsの人」となって移動する。
いつもの会場で現代唯物論研究会。
今日のテーマは「マルクスの変革の哲学」。
報告者は、阪南大学の牧野先生。
このタイトルは、マルクスは若い時期に
「哲学の外に出たのだ」という主張への
批判の意味をもっている。
①フォイエルバッハについてのテーゼ、
②『経済学批判』「序言」、
③『資本論』中の「経済学者の哲学」の個所と、
マルクスの「哲学」の内容と意味が
読み込まれていく。
マルクスとエンゲルスとの哲学的素養のかなりの相違と、
そうした独自の個性をもった2人の協力。
「序言」が「階級/階級闘争」を、
それとは違った言葉で、しっかり語っていること。
「序言」が「人間的社会」の「前史」を語る場合の
「人間的社会」は未来社会のことであるなど。
報告と質疑を通じて、多くのことを教えていただく。
若い頃のマルクスの哲学的素養については、
数少ない解説書とともに、
『聖家族』中の「フランス唯物論に対する批判的戦闘」
の項目が参考になるとも。
8時半には、会場を出る。
JR「新大阪」から「尼崎」へ、「加島」へ、
車中「雑談の人」となって移動する。
コンビニによって、9時すぎ帰宅の夜となった。
マレーシア・ラーメンに
野菜を放り込んでゾゾゾゾゾ。
あわせて、NHK『一週間de「資本論」』の第3・4回」をながめていく。
第3回で、恐慌をふくむ資本主義の景気循環を、
もっぱら労働者の賃金の高低から説明するのは
『資本論』の解説としてはあまりに一面的。
それでも、現在の資本主義がこのような状況だから、
ゲスト(浜矩子氏)との話もそれなりにまとまっている。
しかし、未来社会を論ずる第4回は、
資本主義の発展の論理が
正面から解説されないことがイタかった。
生産の社会化が「一国一資本」「世界で一資本」
への接近といった内容だけでは。
あわせて、生きた労働者の成長や役割が語られない。
くわえて、ゲストの田中直樹氏が、
「中心・周辺」「中枢・縁辺」など、
『資本論』には書かれていないことを
あたかもマルクスの言葉のように持ち出してくる。
残念ながら、この回は、もはや『資本論』
の議論ではなくなっていた。
とはいえ、全4回をふりかえるなら、
あれこれの弱点があったとしても、
「ふ~ん、『資本論』というのは、
そんなことをテーマにしているのか」
「マルクスって、そんなことを考えていたのか」と、
はじめて、これに接する人をつくる上では、
大いに役割があったと思う。
これ以上に、正確で詳細なマルクスを
わかりやすく伝えることは、
何よりマルクス主義者の仕事だろう。
明日は、5時間ゼミのあいだに出版問題の方向を定め、
あわせて、ゼミを抜けるあいだに会議を1つまわしていかねば。
ゼミ生諸君よ、抜けるあいだは、頼んだぞ。
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