○この数日,原稿書き中心の日々を送り,ようやく昨日,できあがった下書きを編集部に送信してみる。
さて,どのような反応があるものやら「人口問題」。
○東海林さだお『ショージ君のALWAYS』(集英社インターナショナル,2006年)を読み終える。
こちらよりちょうど20才年長の東海林氏が,「昔こんなものあったよな」の「あった,あった」問題や,「昔こんな人がいたよな」の「いた,いた」問題をふりかえるもの。
「そういえばこんな『装置』があそこの家にあったな」とか,「これはうちにもあったかも知れない」というものが次々見つかる。
「のり巻きやいなり寿司」が定番だった運動会の昼食弁当風景もなつかしい。
「あれっ」と思ったのは「こたつや火鉢の文化」。
わが昭和の札幌は「ストーブ文化」の国だったからなあ。
まあ,こればっかりは仕方がない。
○5月26日(金)には,すんなり終わった文学部教授会の後,N江先生に問われた「フリーター・ニート」問題についてのメールを書く。
失業増や就職率低下など,客観的な社会変化を紹介しながら,「フリーター・ニート」論には,社会問題を個人問題にすりかえる意図がこめられたものが目につくといった意見をお伝えする。
そのメールを書いている最中に,M平先生がやってくる。
「例の天皇問題だけど」と,本を一冊わざわざ持ってきてくれた。末尾には座談会もあり,ど素人のこちらにも,どうにか読めそうな本である。
こういう異文化(異学問)交流が気持ち良くできるところは,本当にありがたい。
○5月27日(土)は大学の「愛校バザー」であった。「人手不足だ」というので,急遽,正門でのチケットもぎりの担当時間を延ばしてもらう。
本2冊と傘1本,ペットボトル1つを手にしていったが,これらはすべて重しとして活躍。
雨は落ちなかったが風が強く,受付テーブルのあれこれを飛ばさない工夫が必要だったのである。
後半はテーブルにはりついて,チケットの数を数え,お金の整理などをしていたが,目の前でもぎりをやってくれるY田・K中先生に「何かの元締めだね」と笑われる。
終了後,Y田先生と「いまの世の中は」「いや意見表明の仕方を」という話しをしながら,阪急「阪神国道」までご一緒する。
○韮沢忠雄『教育勅語と軍人勅諭』(新日本出版社,2002年)を読み終える。
副題は「こうしてぼくらは戦争にひきこまれた」。
教育勅語を暗唱し,御真影への敬礼を繰り返す。
この繰り返しの力が大きな威力をもったという。
いかにして天皇に対する庶民の直接的従属の意識がつくられたか。
あわせて自由や民主主義を求める動きに,どのような厳しい弾圧があったか。
軍隊内部の対立と無責任,退廃,また軍や政府に対する庶民のつつましい抵抗の姿も描かれる。
「きのう召された(招集された)タコ八が
弾にあたって名誉の戦死
タコの遺骨はいつ帰る
骨がないから 帰れない
ほんにタコ八かわいそう」
「湖畔の宿」の替え歌だという。
自分は大切な歴史を知らないなあと,つくづく思う。
○そういえば,朝,ベランダから淡路島がびっくりするほどくっきり見えた。
それは,強い風のせいだったのか。
最近のコメント