森原公敏「ブッシュ政権の世界戦略 その継続と変化」(『前衛』2006年7月)を興味深く読む。
ネオコンが支配力をふるったブッシュ第1期政権から,中国を「建設的パートナー」と位置づけるにいたった今日までの,アメリカの外交戦略の継続と変化が凝縮されて示されている。
当面の原稿づくりの必要にそって,いくつかの論点を要約しておく。
①「米国は,冷戦の初期にわが国が直面したのとよく似た長期間の闘争の初期にある」「いま新たな全体主義イデオロギーが迫っている」「一つの誇り高い宗教の歪曲にもとづくイデオロギーである」。ただし,今日では「大国がすべて,テロリストに反対するという同じ側に立っている」「この状況は……20世紀のイデオロギー闘争とは,大きく異なっている」(06年3月「06国家安全保障戦略」,以下06NSS)。
※テロへの反対では一致ても,誰が本当のテロリストかをめぐる大国の一致はおそらくない。それはイラク開戦に際しての世界の反応を見てもわかること。自己中心主義的世界観ゆえの「誤解」か,あるいは意図的な世論の操作か。
②第1期の「ブッシュ・ドクトリン」(「02国家安全保障戦略」)は先制攻撃・単独行動戦略を,「対テロ世界戦争」をつうじた大中東地域などの体制変更の手段と位置付けたところに特徴をもった。
しかし,ネオコンの中心的理論家と目されたフランシス・フクヤマが,「ブッシュ・ドクトリンはいまや壊滅状況にある」「第二期政権において政府が……国家安全保障戦略文書を書き直していることは,なんら驚くべきことではない」と,ネオコン終焉宣言を行なったように,その大きな転換が行なわれている。
※単独(有志連合)での軍事行動はすでにアメリカ政府が望む「成果」をあげる力をうしなっている。そのことが明らかになったのがイラク戦争の現実。ネオコンの退場とそれにともなう戦略転換は,アメリカのしたたかさを示すではあるが,同時にひとつの行き詰まりへの余儀なくされた対応策であることを見ておくべき。
③第二期政権も先制攻撃・単独行動主義を確認しているが,強調点は,1)①のいう「長期間の闘争」にアメリカの軍事力だけでは勝利できないとの状況認識,2)同盟国・パートナー国との協力の必要性,3)大国や重要な国々の戦略的岐路に決定的な影響力を行使するとの決意にある。
「米国は,長期戦争および大量破壊兵器対抗のための同盟の能力の強化に努める。米国は,他の同盟諸国と協力して,各同盟国だけがもつ能力や特性を最大限にひきだすために,各国の軍事貢献を調整する目的を促進し,単なる総和よりも大きな統一的とりくみを達成する」(06年2月「4年ごとの国防計画見直し」,以下06QDR)。
※今後の有志連合などに共同する同盟諸国の能力を引き上げながら,あわせて大国への影響力を行使しようとする。だが,その大国や重要な国がいつでもアメリカの思惑にそった路線選択をしていく保障はない。
※アメリカいいなりの典型は日本だが,今日の日米同盟強化はこのようなアメリカの世界戦略に位置づけられるものであり,在日米軍基地の再編・強化も,そのようなもの。ここは具体的に検討してみる必要がある。
④「主要な,また台頭しつつある強国が将来,敵対的な道を選択する可能性に備える必要がある」「ヨーロッパやアジア太平洋地域の外では,中東,中央アジア,ラテンアメリカが流動的であり,新しい地政学的岐路の典型となっている。米国は,これらの地域の諸国の選択だけでなく,これら地域に利害や野心をもつ地域外の諸国の選択にたいしても影響力を行使するよう努める」(06QDR)。
「既存の機構(地域的また国際的機構--石川)が,新たな課題に対処できるように改革することが可能な場合には,パートナーとともにそれを改革しなければならない。適切な機構が存在しない場合,パートナーとともに,それを創設しなければならない」「他国にたいし,彼らが決める選択に指図をするつもりはないが,それらの選択の基礎となる想定にたいする影響力の行使は追求する」(06NSS)。
※「台頭しつつある強国」には中国やインドなどが含まれようし,それが「敵対的な道」に進まぬための影響力の行使が追求される。他方で,諸機構の改革・創設による活用の方針は,05年の東アジアサミットや「東アジア共同体」推進に際しての態度変更にも反映されたと見ておそらく良い。
⑤国防総省の議会報告「米国の世界規模の国防態勢の強化」(2004年9月)は,固定的な配備地点の防衛から頻繁な遠征作戦への作戦パターンの変化に応じた世界的規模での米軍の再編を明らかにした。
「同盟国の役割を拡大し,新たなパートナーシップを構築し,同盟国の軍隊の能力とともにより広範な世界規模の役割と責任を引き受ける能力の変革をうながすことをめざす」。
※すでに日本政府は先の「2プラス2最終合意」で,日米安保の世界規模化に合意している。ただし,それが基地のおかれる各自治体に受け入れられるかどうは別問題だが。
「過去には,特定地域への脅威に計画の焦点を当て,それらの地域にあわせて米国の軍事プレゼンスを調整した。今日のより広範な調整は,部隊を世界規模で管理し,いわゆる『継ぎ目の国々』(主要国の周辺)を越えて投射する能力とともに,われわれの地域計画に連動する世界規模の戦略と行動を必要としている」。
※在日米軍がイラクへ飛んでいるように,在日米軍基地は「日本防衛」などではなく,アメリカの世界的規模での軍事力展開の拠点であることをますます明確にする。
⑥「依然として米国の国力の根本である強固な核抑止力を維持する」「迅速な全地球規模の打撃(グローバル・ストライク)のために」「核兵器は,現代的な抑止の必要性を満たす正確で,アンゼンデ,信頼でき,個々の状況に適合したものとなる」。その中心にたつのが02年10月に戦略空軍と宇宙軍を統合して新設された「戦略軍」。「米戦略軍司令部は,全地球規模の打撃,全地球規模のミサイル防衛の統合,宇宙での作戦,指揮・管制・通信・諜報の統合,大量破壊兵器との戦いなど,一連の新たな任務を割り当てられてきている」(06QDR)。
※在日米軍基地における核兵器の「通過」はますます重大問題に。
⑦中国に対しては,02NSSは「あなどりがたい資源基盤をもつ軍事競争者がこの地域〔アジア〕に出現する可能性が存在している」と述べたが,今日では「責任ある利害共有者(ステイクホルダー)」へ向けた改革の対象に変化している。
「中国は世界的な役割を果たす国となれば,責任ある利害共有者として行動し,中国の成功を可能にした国際システムを前進させるため米国やその他の国とともに努力しなければならない。それは,中国を一世紀にもわたる経済的窮乏から抜け出すのを手助けした国際ルールの強化,そのルールのシステムを支持する経済的・政治的な基準の採用,国際的な安定と安全保障への米国や他の大国との共同の貢献である」
「中国の指導者は,古い考え方にしがみつき,世界や地域全体に懸念を増幅させる行動を取りつつ,この平和的な道を続けることはできないことを認識しなければならない」。
「われわれの戦略は,中国が自国民のために正しい戦略を選択することを促す一方で,他の可能性にたいする防衛策をとっておくことである」(以上,06NSS)。
※「自国民のために正しい戦略」などの言葉は,かつての日米構造協議を思わせる。いずれにせよ,一方では中国をアメリカン・グローバリゼーションの枠内に取り込んでいくこと,他方では軍事的対応の準備を忘れないとされている。
⑧「中国は,米軍と軍事的に競合し,また米国の対抗戦略がない限りいずれ米国の従来型軍事優位を相殺しかねない妨害型の軍事技術を導入できる,最大の潜在力をもっている。米国の政策は,中国がアジア太平洋地域で建設的で平和的な役割を果たし……パートナーとして役割を果たすように働きかけることを重点にしている」「米国の目標は,中国が経済的パートナーであり続け,責任ある利害共有者となり,世界のためになる勢力になるようにすることである」。
※「世界のためになる勢力」=アメリカの同盟者である勢力。
「中国の軍事増強はすでに地域の軍事バランスを危険にさらしている」「アジア戦域の巨大な空間,中国の大陸の広大さ,この地域への途上,あるいは地域内での米国の基地使用の困難さから,遠隔地にある敵対的地域で持続的な作戦をおこなう能力をもつ戦略が重要になる」(以上,06QDR)。
「米国の立場は,中国を差し迫る脅威,あるいはソ連型の軍事的脅威とみなすものとはほど遠い。しかし,ブッシュ政権は,長期的『保険戦略〔ヘッジ・ストラテジー=本質的には,中国が敵対的になった場合の安全確保の手だて〕』と呼ぶ政策をすすめている」「米国の『保険』戦略は,インドからモンゴル,さらにオーストラリアまで,アジア全体の同盟の強化を呼びかけている。しかし,これまでのところ最大の努力は日本でのもので,ブッシュ政権は昨年来,日本がみずからの軍事能力を拡大し,米軍とより直接的に協力するよう求めてきた」(ウォールストリート・ジャーナル06年4月20日「中国の軍事費増大で米軍は『保険』戦略)。
※自衛隊は,アメリカに必要なこの「保険」戦略の最大の担保ということである。9条「改正」への強い圧力も,この戦略にそってのこととなる。
⑨「私は,『変革の外交』の目標を次のように規定したい。すなわち,自国民の要求にこたえ,国際システムの中で責任をもって行動する民主的でよく統治された国家を建設し維持するために世界中の多くのパートナーと連携すること」「『変革の外交』は……パートナーシップに基礎を置く--他国の国民のために,ではなく,彼らとともに行動する」(06年1月18日,ライス国務長官のジョージタウン大学での演説)。
これを国務省は次のように解説する。1)世界中の外交要員の大規模な再配置を開始する,2)国境で限定されない地域的協力を基礎とする,3)外交官に国家の再建や軍の活動に対するアドバイスの権限をあたえる。
「変革の外交」は,アメリカの対外援助のいっそうの政治目的化をすすめ,開発・人道援助と政治・軍事援助の境界をますます曖昧にする。すでに多国間援助にしめる国際機関・計画への支出は減少しており,開発援助もGDP比0.16%とOECD22ケ国中21位となっている。
※軍事・外交・開発の統合の推進だが,パートナーというソフトな言葉をつかいながらも,それは相手国の意志をアメリカの意図にそって変更させるということであり,そのためにあらゆる力を統合的に発揮するということである。その目的に貢献しない国際機関への支出や人道援助は削られていく。
⑩先のフランシス・フクヤマは結論づけている。「いまやネオコン運動は過ぎ去り,米国はその外交政策をいくつかの根本的方向に定義し直すことを必要としている。それは何よりも,われわれが対テロ世界戦争とよんでいるものを非軍事化し,他の種類の政策手段に移行することだ」。
ただし,本論文の執筆者(森原氏)は,上の米軍再編,外交・軍事・開発の統合の加速化をあげ,「米国の世界戦略の『軍事化』は,他の政策手段に移行することをきわめて困難にするほどに,自己肥大を遂げている」「米戦略の抱える本質的矛盾と非現実性は,世界の地域と各国の自立した動きによっていっそう明らかにされる」とまとめている。
※フクヤマのいう「非軍事化」の実態は,むきだしの軍事戦略ではなく,軍事戦略の一層狡猾な展開と成果の獲得にむけ,そこに外交と開発を重ね合わせ,同盟国やパートナー諸国を抱き込んでいくというものか。
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①むきだしの軍事力行使一辺倒では,世界はアメリカの思うようには変わらない。そのことを自覚させ,実際に外交戦略を転換させるだけの力を,その他の世界の抵抗力がもっている。アメリカの思い通りの変化の結果としての戦略転換出なく,1つの行き詰まりによって余儀なくされた戦略転換であることを見ておくことが大切。
②上のような新戦略の内容は,その上でのあらたなしたたかさの発揮と位置づけられる。
③アメリカの対日戦略については,おそらく,1)忠実な軍事的協力者としての貴重な手下(基地再編・憲法「改正」),2)中国をステイクホルダーへと誘導する対話においては役に立たない厄介者(靖国問題・ポスト小泉),3)「構造改革」をつうじてますます深まる経済的な支配の対象。この3つの角度からの把握が必要か。
・在日米軍基地再編強化の実態。
・日本のODAの内容変化とアメリカの援助戦略とのかかわり。
・これらアメリカの外交・軍事戦略の転換に対する日本の政財界の理解と対応。
とりあえずはこれらの諸点に注目してみるか。
他方,アメリカの対アジア経済戦略についても総括的な資料がほしいところである。
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