岡本太郎『自分の中に毒をもて』(青春出版社,1993年)を読み終える。
若き日の12年に及ぶフランス生活の中で,岡本は左右の全体主義と闘おうとするジョルジュ・バタイユと出会い,ともに「秘密結社」に加わる経験をもつ。
だが,フランスがナチスの手に落ちる直前に日本にもどった彼は,30才をすぎて「苛烈な軍隊生活」を送らざるを得なくなる。
現代社会へのその強い批判的精神と,社会と自分を切り離そうとするかにさえ見えるある種厭世的な感覚の共存は,こうした苦難の体験によるのかもしれない。
とはいえ岡本は,芸術(自分の生き方)を語りながら,次のような話題に踏み込むことを恐れない。
「ある国では戦争中さんざん迷惑をかけ,ひどい目にあわせた所なのに,旅行団がおれ達は日本人だとばかり,全員,胸に大きな日の丸のワッペンをつけて押し歩いていた。いかにも大国づらをした無神経さだ」(187ページ)。
「政治はまことに政治屋さんの政治。経済人は利潤だけを道徳の基準にしている。そのモノポリー,両者のなれあいがすべてを堕落させ,不毛にさせる。これを根本的にひっくりかえし,『芸術』,つまり純粋な人間的存在と対決させることによって生命力・精神を生き返らせなければならない」(189ページ)。
彼のいう「芸術」とは,近代社会が生み出す疎外感との自覚的な闘いの人生そのものであるようだ。
自分の生きる社会とのそうした緊張感が,彼の生きる迫力の源であったらしい。
最近のコメント