読売ウィークリー(1月21日号)が,労働法制改悪に吠えている。
ホワイトカラー・エグゼンプション(残業ただ働き制度)や解雇の金銭解決(お金で簡単クビ制度),さらには労働条件変更を就業規則変更で行うことができるとする労働法制改悪の批判である。
「雇われの身とはいえ,こんな理不尽な制度改革を黙って受け入れていいものか」。
「給料が上がらないまま,仕事量ばかりが一方的に増えていく……これが日本の『好景気』の本質だ」。
「社員1人当たり『年114万円(労働総研試算)」の残業代を会社に奪われることになる」。
「これによって,すべての『違法』が『合法』に変わる。いくらなんでも虫が良すぎやしないか」。
「社員から残業代と健康を奪うことで成り立つ『競争力』とは,いったい,いかなるものだろうか」。
なかなか良くできた記事だと思う。
もう一声欲しいとすれば,それは,どういう政党がこれを押し進め,どういう政党がこれを食い止めようとしているかの紹介である。
選挙をつうじて,その政党間の力関係を変えねば,これら「経営者に優しい改革」を止めることはできなのだから。
サラリーマン受難の07年
「社員いじめ」撃退法
2007年は会社員たちにとって激変の年になりそうだ。「労働ビッグバン」の名の下に、国や経営側が画策するのは「ホワイトカラー・エグゼンプション」と「解雇の金銭解決」の導入。平たく言えば、「残業ただ働き制度」と「お金で簡単クビ制度」。つまりは経営者に優しい改変の目白押しなのだ。雇われの身とはいえ、こんな理不尽な制度改変を黙って受け入れていいものか。(本誌 梅崎正直 秋本 宏/イラスト 成田輝昭)
人材派遣会社に勤務するマサオさん(仮名・32)は、企業に各種研修の講師を派遣する業務を担当している。
大手企業の顧客も多く、会社としては利益をあげているが、クライアントからの注文に振り回されることが多い。講師のほうで注文に応えたがらない場合もあり、マサオさんが板挟みとなって調整に走り回ることになる。
自ずと就業は不規則になり、月のサービス残業も50時間を超える。企業と派遣講師のフォローに費やす時間、接待などを含めた陰の努力はいくらしても評価されないし、残業代もつかないのだ。給与そのものも頭打ち。心身ともに限界を感じている。
仕事は増えるが収入は減り
マサオさんのような、会社の屋台骨を支える中堅サラリーマンが今、疲弊している。仕事が増えても、人員は増えず、一人一人の社員に対するノルマばかりが膨れ上がる。長時間勤務、サービス労働も多くなる。そうした状況は、あなたの職場でも見られるのではないだろうか。
本誌が30歳から49歳までの会社員213人に対して行ったネットアンケート(調査協力・Yahoo!リサーチ)でも、「この一年で仕事量・ノルマが増えた」という人は55・9%に上っている。「減った」はわずかに6・1%。
その一方、「この一年で給与収入が増えた」と答えた人は28・6%にとどまった。約半数は「変わらない」としているが、「減った」と答えた人も21・1%いた。給料が上がらないまま、仕事量ばかりが一方的に増えていく職場の過酷な現実がくっきりとここに表れている。これが戦後最長(いざなぎ景気=57か月)を2か月連続で更新したという、日本の「好景気」の本質だ。
サラリーマン受難の時代。これに追い打ちをかける「改革」が今年、政府や経営者たちによって実現されようとしている。
連合の長谷川裕子総合労働局長が話す。
「ここ10年近く、政府は労働の規制緩和を目指してきた。そして今年はその総仕上げを狙っている。とくに影響が重大なのは、政府が導入を目指す『ホワイトカラー・エグゼンプション』と、『解雇の金銭解決』の問題でしょう。いずれも、連合は全面的に反対の立場です」
最近、耳目に触れる機会が増えた「ホワイトカラー・エグゼンプション」。一定以上の地位にあるホワイトカラー社員の労働時間管理をなくし、労働時間ではなく「成果」によって賃金を決める制度だ。厚生労働省は今年、この制度を改正労働基準法に盛り込もうとしている。
現行の裁量労働制がこれに似るが、対象者は管理職や専門職、「企画業務」にあたる社員などに限られていた。それを新制度では、年収400万円以上(経団連案)のホワイトカラー一般に拡大する。実現するとどうなるのか。
年収が400万円以上の社員は、いくら遅くまで働いても残業代はもらえなくなる。働く時間は自分で決めていいのが建前だから、「残業」という概念自体が存在しないのだ。そして、給料は労働時間とは無関係に「成果」に基づいて決められる。
廃止確実からの“奇跡”
公営のばんえい競馬は、戦後間もない1946年にスタートした。53年から帯広、旭川、岩見沢、北見の4市開催となり、各市の財政を潤わせてきた。ピークの91年度には馬券の発売額は約323億円、入場者も約84万人に達した。
しかし、不況の波は、ばんえいをものみ込み、98年度以降は単年度収支の赤字が続いた。2005年度までの累積赤字は約31億3600万円に達し、これまでに4市に配分された収益の総額を上回ってしまった。
そのため、05年度からは、開催日数を増やすことなどを柱にした再建計画に取り組んだ。ばんえいを舞台にした映画「雪に願うこと」がヒットする追い風も吹いたが、経営の改善には至らず、今年度も約8億円の赤字が見込まれている。
瀬戸際に追い込まれた4市は今後のあり方について話し合ったが、業績の不振はいかんともしがたく、一時は廃止することが確実となった。
だが、IT企業の雄、ソフトバンクの系列企業「ソフトバンク・プレイヤーズ」が支援を名乗り出たことで、事態は急転した。存続を願う有志が集めた4500人以上の署名や、馬主協会などからの1億円を超える寄付の申し出も後押しとなり、来年度は、帯広市の単独開催で行われる運びになった。
帯広市は、ソフトバンク側に馬券の販売や払い戻し業務などを委託し、ソフトバンク側は、100%出資の子会社を今年度中に設立し、インターネットを生かした宣伝や経営効率化を図る。両者は来春のゴールデンウイークからの開幕を目指す。
企業が狙う「定額働かせ放題」
経営側は「自律的労働時間」というが、総人件費抑制が大きな目的であることは疑いない。労働運動総合研究所の試算では、年収400万円以上にホワイトカラー・エグゼンプションが適用された場合、違法な不払い残業をも含めた11・6兆円に及ぶ総残業代が、そっくりそのまま、社員の財布から企業の懐へ移ることになるのだ。
労働経済アナリストの鍋田周一さんは、
「企業にとっては、とてもメリットの大きな新制度です。制度が実現すれば、おそらく多くの企業が自社に導入するでしょう。なにしろ、いくら働かせても残業代は払わなくていい、携帯電話なら『定額かけ放題』のような制度ですから」
と、企業側のメリットの大きさを説明する。その結果、社員1人当たり「年114万円(前出の試算)」の残業代を会社に奪われることになるのだ。あなたは、こんな話を許せるだろうか。
ところが現在でも、似たような状況にあるホワイトカラーは少なくない。
某大手損保では2004年、営業や損害調査を担当する社員に「事業場外みなし労働時間制」を取り入れた。これは営業等で時間管理ができない社員に適用できる裁量労働制に似た制度だ。始業、終業時間は自分で決められるかわり、一日中働いても残業代はつかない。
ところが、同社では「残業代」について、奇妙な規定が設けられた。労組幹部が言う。
「一日に一回でも外回りに出れば残業代は出なくなるが、一日一度も外に出なければ、その日は残業代がつくのです」
なぜ、そうなったのか。そもそも事業場外みなし労働時間制は「時間管理ができない社員」に適用するもの。しかし同社では、営業職の出社時間は決まっているし、出先がどこかも会社に報告している。つまり時間管理はできているから、本来は適用対象ではない。適用対象でないものに無理やり適用したために、制度を繕う必要が生じてしまったのだ。
「それでも、これによって、営業職の給料は、年収500万円前後の社員で月2万~5万円程度は減った。会社の狙い通り、人件費は削減されました」(同幹部)
しかし、これで社内に「違法状態」を抱えるようにもなった。
こうした無理が高じたためだろう。一昨年からサービス残業の摘発が相次いでいる。大企業や銀行、基幹病院など。こうした違法状態と社員の忍従があるから、日本経済の今の「好景気」があるといえなくもない。
そして今、経営側はさらにホワイトカラー・エグゼンプションという国のお墨付きを得ようとしている。これによって、すべての「違法」が「合法」に変わる。いくらなんでも虫が良すぎやしないか。
お金さえ払えば解雇できる?
今年の改変で、経営側が狙うのは、それだけではない。会社がお金を払うことで、社員をクビにできる新制度の導入も画策されている。それが、制定されようとしている「労働契約法」論議で争点となっている「解雇の金銭解決」だ。
どういうことかというと、従来は、解雇を不服とした社員側が裁判を起こし、「解雇無効」の判決を勝ち取った場合、会社はこの社員を原職に復帰させなければならなかった。
それを、新設の労働契約法では、社員勝訴の場合でも、会社が一定の金銭を社員に払えば雇用関係を解消、つまりクビにできる道を用意するという。これによって、「気に食わないヤツはクビ」が、お金さえあれば合法となるわけで、安易で一方的な解雇が増えることも予想される。労働側の反発は大きい。
そして、労働契約法の議論では、もう一つ大問題がある。賃金規定等の労働条件を、「就業規則の変更」で一方的に切り下げることができる、トンデモナイ案が出ているのだ。
従来、労働条件の変更には本人の同意が必要で、労働組合がある会社では労働協約がそれに代わる。今回提案されているのは、労組のない会社が就業規則を変更することで、一方的に労働条件を切り下げられるようにしよう、というもの。就業規則は会社が独自に作ることができるから、本人の同意は不要になる。つまり、油断していると、「来月から給料半分で、退職金は廃止……」なんていうことにもなりかねないのだ。
失われた10年に始まり、リストラ時代から成果主義へ――その間、会社と社員の力関係は大きく崩れた。そして今、力を増すのは雇う側ばかりだ。
関東地方のある精密機械メーカーでは、昨年、社員全員にある書類を提出させた。
「運転記録証明書」を取得するための委任状で、その証明書には、過去の違反、事故を含む運転歴が掲載されている。それさえ見れば、会社は社員一人一人が起こした違反や事故をたちどころに把握できるわけだ。社員の一人が言う。
「飲酒運転が社会問題になった直後です。社員のほとんどがマイカー通勤しているので、もし事故が起きたら会社のイメージダウンになると思ったのでしょう。プライバシーの侵害だと抵抗した人もいましたが、会社は『委任状を出さない社員には、駐車場を使わせない』と」
今後も一年に一度、委任状を提出しなければいけなくなった。
このように、会社が社員の個人情報の提供を強引に求めるケースが増えている。「顧客情報漏えいを防ぐため」として、社員の自宅メールアドレスを提出させるなど。前出・連合の長谷川局長は、
「人権侵害にあたる」
としているが、その意識は会社側には希薄だ。一方で、社員の個人情報が流出する事件も起きている。
これは企業のドーピングだ!
では、最大のトピックであるホワイトカラー・エグゼンプションを、さらに詳しく見ていこう。
残業代がなくなると、直接、家計に響くのは必至だが、問題はそれだけではない。この制度が成果主義と同時に導入されると、「歯止めなき長時間労働」につながりかねない懸念がある。
適用対象となる管理職未満の中堅社員は、出世できるかどうかの岐路にある。ホワイトカラー・エグゼンプションの適用には本人の同意が必要だが、これを拒否すれば出世をあきらめることになり、いわば「踏み絵」となりかねない。
そして、成果によって評価されるとなれば、成果が出るまで「自分の意思で」働き続けることになる。ただでさえ、仕事量が増え続ける職場環境のなかで、長時間労働の激化をもたらすことは間違いないだろう。
大手自動車販売店に勤務するコウジさん(仮名・37)には、残業代は貴重な収入源だ。慣れない仕事ばかり押し付けられて、成果が上がらず、基本給が上がらないからだ。心労から、うつ傾向となり、カウンセリングも受けている。
「カウンセラーにサービス残業をしないこと、能力以上のことをしないことなどのアドバイスを受け、少しずつ回復してきたところです」
彼にホワイトカラー・エグゼンプションが適用されれば、状況は一変する。残業代なしで生活費にも困り、無理でも長時間労働=出世競争に参加するか、副業に走るしかなくなっていく。再びうつ状態に陥る心配もある。
「家のローンや高校入試を控えた息子の学費など、背負っているものが大きいんです。残業代がカットされれば深刻です」
労働科学研究所の鈴木安名主任研究員は、ホワイトカラー・エグゼンプションの副作用について、
「昇進昇格のために長時間労働を続け、その結果、過労死やうつに陥る人が増える。一方で、やる気をなくす人も増え、そのなかには不正を働く人物もいるでしょう。個人の成果ばかりを問うなかで、職場の結束はなくなっていく。社員のモチベーション、モラル、メンタルの低下をもたらすのは間違いない」
と予測する。そして、こう言い切る。
「ホワイトカラー・エグゼンプションは、日本企業にとって『ドーピング』のようなものです」
人件費を大幅カットすることで、短期的な業績向上には効果が大きい。だが、長期的には会社の組織をむしばんでいく劇薬なのだ。
安倍政権が打ち出す「労働ビッグバン」の狙いは「国際競争力強化」。社員から残業代と健康を奪うことで成り立つ「競争力」とは、いったい、いかなるものだろうか。
(読売ウイークリー2007年1月21日号より)
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