9月22日は、8時起床の朝であった。
いきなり小筋トレに精を出し、
特殊栄養ドリンクをクピクピとやる。
メールをチェックし、
9時30分には外に出る。
プラゴミを出し、JR「加島」から「西宮」へ、
車中「だったらの人」となり、
10時からの科別教授会にすべりこむ。
パソコンを開き、
いくつかのスケジュールを
ウェブカレンダーに放り込む。
途中、「それ便利だよね」と
隣のU田先生から声がかかる。
11時すぎには終了となり、
国際関係論でインドがご専門のK川先生と
しばし雑談。
う~む、マジメだ。
数人で弁当を食べていく。
「リーマンブラザーズが」「世界恐慌か」
「投資信託で」「軽薄な日本の政治」と
話題は金融・政治に集中していく。
12時からは、別の全体教授会。
K沢先生、長野へは、
毎冬ごとに行きますから。
時には、野沢に顔を出してください。
1時には研究室にもどり、
大机の上を片づけていく。
これがまったく大仕事。
学生たちの「本づくり」の残骸も多い。
これでも、かなり片づけたあと。
つづけて授業の準備もやっていく。
しかし、ネットをながめてみると、
書き込んだはずのシラバスから
いくつかの科目がとんでいる。
「なぜだ」といっても仕方がない。
ともかくサクサク埋めていく。
総務課で保険証を交換し、
経理課で3年ゼミ生たちへのゼミ費を受け取り、
再び研究室にもどってくる。
研究棟の上の空も、ようやく秋の気配である。
キャリアデザイン方面の小仕事をするあいだに、
4年ゼミのMマ・Eへぃコンビがやってくる。
そして、何事かをした後、
ホワイトボードに「ヤバイです、soturon」と書いて
帰って行った。
「ヤバイ」のは、もちろん「卒論」である。
大きな紙袋2つにビッシリの
この夏の郵便物をひらいていく。
ほとんどは、そのままごみ箱に直行となる。
掲載誌があり、絵はがきがあり、
各種研究会・学習会の案内があり、
「うちの会に入れ」との案内がある。
やはり『女性白書08』は、こちらに届いていたか。
絵はがきは、いずれも卒業生のガンジスから。
バリバリはたらきながら、
あいかわらず内外にとびまわり
そこらじゅうのものを食っている。
「これを見てから講演に来てくれ」
と、兵庫の医療団体からはDVDが届いていた。
こんな注文は、はじめてである。
3年ゼミの東京ツアーを
若者向けの新聞で読んだ方から、
「『「慰安婦」と出会った女子大生たち』もさっそく読んだ」
「みなさんの取り組みに衝撃を受けた」と手紙が届く。
和歌山の25才の女性であった。
7時になったところで、大学を出る。
JR「西宮」から「尼崎」へ、「加島」へ、
車中「だったらの人」となり、
7時40分には家に着く。
4年ゼミの北陸旅行で買った
「鯖のへしこ」をかるく炙り、
ネギやしめじ、タマゴを放り込んだ
鍋焼きうどんをつくっていく。
家でも郵便物をながめ、
いくつかの新聞記事にうなずいてみる。
ふりかえって、今日の夕方あたりは、
気分転換に、場所をかえる工夫
をしても良かったようだ。
本日の万歩計は、4733歩。
大学と家の往復だけでは、
この程度にしかならないということである。
明日は堺。
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