7月29日(土)は、6時起床の朝であった。
お茶とヨーグルトで、
本日の人生を立ち上げていく。
7時には、シャトルバスでホテルを出で、
20分ほどで、関空へ。
ただちに、WiFiのルーターを借り、
台湾元への両替をして、
8時すぎには、全員集合。
あれこれの手続きをして、
9時20分には、すばやく機内に入る。
10時前には、空に飛び、
機内食をパクパク食べて、
現地時間で12時前には、台湾桃園空港に着陸する。
(時差はマイナス1時間)。
最後は、かなり揺れていた。
機内「日台史、沖台史の人」。
1時前には、こちらのバスに乗り込んでいく。
まずは、ガイドの谷さんから、
「今年は、民国106年です」など
台湾の基本情報を教えてもらう。
台北市内の有名な建物の解説には、
「日本時代」という言葉が頻出した。
2時前には、228和平公園へ。
228(国家)記念館に入っていく。
清国の一部だった台湾は、
日本の植民地支配を受け、
ようやく迎えた「光復節」以後、
今度は中華民国の一部となっていく。
しかし、その統治に人々に多くの不満を抱いていた。
1947年2月27日の小さな事件が、
28日のラジオ放送で全土に知らされ、
それが、民主主義や公正を求める
大きな闘いにつながっていく。
きっかけとなった事件の場所も、
地図で詳しく教えていただく。
この228事件は、1949年から87年までの
38年におよぶ戒厳令につながった。
戦後台湾における最大の事件の1つとされている。
外には雨が落ちており、
みんなで傘を広げていく。
15分ほどの「添乗員行方不明」事件をへて、
バスは、「慰安婦」問題を記録した
「アマーの家」に向かっていく。
3時半すぎには、「アマーの家」へ。
アマーとは「自分のおばあさん」のことである。
(人のおばあさんをアマーとは呼ばない)。
当時、日本軍が使っていたコンドームと
性病予防に使われたクスリの現物。
若いスタッフが、
「慰安婦」1人1人の人生に焦点を当てた解説を。
アマーの家」の開館(2016年12月)
に至る取り組みもうかがっていく。
館長の康淑華さんによる
そもそも論の解説も得て、
最後にみんなで記念写真。
1Fのコーヒーショップの売り上げも、
一部は、運営の財源になっている。
5時40分には、「家」を出る。
6時すぎには、ようやく
ホテルにチェックイン。
そして、6時半には、再びバスへ。
「欣葉」という立派なお店に移動して、
おいしいゴハンを、パクパクパク。
わがテーブルのにぎやか3人組は、
メイドカフェ、新歓のウェーイ男
で盛り上がっていく。
8時半には、店を出て、
雨の中を、ホテルにもどる。
外は、どえらい雨であり、
傘が裏返りそうな風だった。
台風は、台湾南部に上陸している。
(台湾の面積は九州と同じくらい)。
明日の天気は、どうだろう。
本日の万歩計は、7565歩。
明日は、基隆、金爪石といった予定だが。
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