以下は、「子どもと教科書全国ネット21NEWS」第55号、2007年8月15日に掲載されたものです。
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学生たちと「慰安婦」問題に取り組んで
神戸女学院大学・石川康宏
http://walumono.typepad.jp/
『「慰安婦」と心はひとつ 女子大生はたたかう』
この6月に『「慰安婦」と心はひとつ 女子大生はたたかう』(かもがわ出版)を出版しました。ゼミの学生とつくった3冊目の本になります。ちょうどアメリカの下院外交委員会で「慰安婦」決議が可決された時期に重なり、関西では「朝日新聞」(7月7日付夕刊)が、かなり大きく取り上げてくれました。その後、「毎日新聞」からも長時間の取材がありました。
さらに「神戸新聞」からは、参院選にあたり「学生が憲法問題をどう考えているか聞かせてほしい」と連絡があり、数人を紹介したところ、公示の7月12日付紙面には、ある3年生の次の声が掲載されていました。「自民、民主ともに改憲の姿勢。核兵器を容認する発言もあり、本当にそれでいいのか、と思う。この選挙戦でもっと議論してほしい」。
この本のタイトルには「女子大生はたたかう」という言葉が入っています。実際、本をつくった現4年生たちは、すでに20ケ所近くで「慰安婦」問題の解決を訴えています。その範囲は、京都・大阪・奈良・兵庫・香川に広がっています。またつづく3年生も、8月に神戸で行われる歴史教育者協議会全国大会での短い発言を皮切りに、同じ取り組みを開始しようとしています。
「慰安婦」問題との出会い 「私たち」に何ができるか
2004年4月スタートの3年生が、私のゼミで「慰安婦」問題を学んだ第一世代です。なぜ歴史学者でも政治学者でもない私がこの問題を学ぶようになったのか。直接のきっかけは、直前2月の卒業旅行で韓国へ行き、「ナヌムの家」を訪れたという体験です。同地の日本軍『慰安婦』歴史館に学び、元「慰安婦」のおばあさんの生きた姿に接し、日本の主権者である「私の責任」を考えさせられたのです。それは教育者としての責任と役割を考える機会ともなりました。これが、2ケ月後に、学生と「慰安婦」問題を一から学ぶことへとつながりました。
この学年の学びと取り組みの成果は、『ハルモニからの宿題――日本軍「慰安婦」問題を考える』(冬弓舎、2006年)にまとめられました。「ハルモニ」というのは敬意をこめておばあさんを呼ぶ言葉です。ここでは「慰安婦」被害者のことを指しています。前期の授業で問題を学び、夏休みに「ナヌムの家」を訪問し、秋には本をつくるという年間サイクルは、この1年目につくられました。ゼミでは吉見義明さんや俵義文さん等の研究だけでなく、「新しい歴史教科書をつくる会」メンバー等の文献も検討します。何が本当のことかを、ひとつひとつ学生が主体となって調べていく。そういうゼミのやり方です。ビデオを使って「慰安婦」被害者や加害者である元兵士の証言を見聞きし、戦争の悲惨を肌で感ずる工夫もしています。その結果、通常90分のゼミは、3時間、5時間と延長されていきました。
秋に、本づくりに取り組んだのは、問題解決に向けて「私たちに何ができるか」を考えた結果です。日本軍「慰安婦」歴史館スタッフ矢嶋宰さんの文章にあった、「ナヌムの家」の訪問を「自己浄化」の手段にしてほしくないという言葉が強い刺激になりました。11月には学内報告会を行いました。「慰安婦」問題を学ぶ講義をつくってほしい、ハルモニを招いてほしいという要請を大学に対して行いました。
「慰安婦」問題解決への取り組み 広がるたたかい
2005年4月からの第二世代は、先輩たちの『ハルモニからの宿題』を学ぶことからはじめています。ゼミは最初から5時間です。毎週月曜の午後3時から8時まで、軽食休憩をはさんでの「スパルタ」ゼミが定着します。この年の成果は、『「慰安婦」と出会った女子大生たち』(新日本出版社、2006年)にまとめてあります。冒頭30ページがやさしい絵本になっているのは、中学生・高校生にこそ、この問題を学んでほしいという学生たちの願いによるものです。
毎年の韓国訪問は、9月上旬の月曜から木曜まで、三泊四日で行われています。初日は夕方ソウルに入り、食事をとって自由時間。二日目には「ナヌムの家」に移動。日本軍「慰安婦」歴史館に学び、ハルモニの証言をうかがって交流します。三日目にはソウルの日本大使館前で行われる「水曜集会」に参加して、夜は自由。そして四日目の昼には帰国といったスケジュールです。
『「慰安婦」と出会った女子大生たち』の帯には、ある学生の言葉が使われています。「つないだ手が、すごいちっちゃかった。その瞬間、この人がされたこと、どんな屈辱やったんやろって……」。それは「水曜集会」での発言の一部です。振り返って彼女はこういいます。「ナヌムの家」で証言してくれたハルモニを、生活の場まで送ろうと手をつないだ。その時、ハルモニの手の小ささ、カラダの小ささにあらためて気づいた。「だから、私、集会ではそのことをそのままいった。私よりもちっちゃいハルモニの上に、おっきい軍人さんが何人ものっかっていったのかなって思うと、すごいイヤな気持ち、ほんま胸が痛みますって……」。この年の12月、女性学インスティチュートを中心に、学内でハルモニの証言を聞く集いが実行されます。
つづく2006年4月からの第三世代が、今年の『「慰安婦」と心はひとつ 女子大生はたたかう』をつくった学年です。この学年が新たに拓いたのは、たくさんの市民に「慰安婦」問題の解決をよびかける取り組みです。学外から講演や発言の依頼があるのは、先輩たちが出した2冊の本の成果です。しかし、その依頼に応えて時間をつくり、自分たちが学び感じたことを、熱意をこめて語っているのはこの学年です。
大阪と兵庫の3つの高校でも話をしました。時に涙を浮かべる高校生の真摯な態度や感想が、学生たちに新しい行動のエネルギーを与えます。兵庫の歴史教育者協議会の先生たちには、「学校の先生が本当の歴史をちゃんと教えるべきだ」と訴えました。あちこちで聞かれる「若いのにえらいね」といった声には、「えらくなんかない」「普通の学生だ」と反発し、かさねて「みなさんも行動を起こしてほしい」と呼びかけます。
若い世代と手をとりあって
この4月から、さらに第四世代の学びが始まっています。学びの対象は、侵略戦争、敗戦と占領、50年代の改憲の動きと安保闘争、そして今日の改憲論議へと広がります。6月1~2日には、前年につづいて「女たちの戦争と平和資料館」と「靖国神社・遊就館」に学び、さらに今年は初めて「傷痍軍人」の戦後の労苦を記録する「しょうけい館」も訪れました。もはや週5時間でも学びきれない分量です。学びの不足を感じる学生たちは、「夏休み」に自発的に集まる機会を相談しています。また「9条世界会議関西集会」「8/6平和学習プログラム」「在日朝鮮人ドキュメンタリー映画」など、学外のたくさんの取り組みの情報をネットをつかって交流し、互いに高めあい、育ちあうことを楽しんでいるかのように見えます。
『「慰安婦」と心はひとつ 女子大生はたたかう』の「はじめに」に、私は次のように書きました。「全国の若いみなさんに、大学教育に奮闘されている同僚のみなさんに、そして平和や歴史問題の解決を願いながら、若い世代との接触に苦労されている大人のみなさんに、じっくり読んでいただきたいと思います。今後のみなさん方の行動のヒントになるところがひとつでもあれば、これ以上の喜びはありません」。
みなさんにも、同じ言葉をお届けしたいと思います。ぜひ、読んでみてください。
(2007年7月15日)
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