ブッシュ大統領のシンガポールでの演説(11/16)から。①われわれの利益はアジアの自由化と深くかかわっているといいながらも,②アメリカはアジアの「良きパートナー」となる,③「自由と民主主義」の強調の低下など,力を基調としたアジア政策の交代が見られる。APEC加盟国によるFTAを主張するが「検討に値する」との表現の限り。
中国は全貿易相手国・地域の1/4にあたる27ケ国・地域とすでにFTA交渉を行っており,いよいよインドとの交渉も開始の見込み。21世紀半ばには世界第一と第三となっている経済大国同士のFTA。中国は世界経済の新たな秩序をつくる重要な推進力となっている。中国とインドの領土紛争が解決に向かうきっかけとなったのは05年の東アジアサミットに向けた取り組みだったが,その後の両国交流の変化は早い。
さらに胡・ブッシュ中米首脳会談が行われた(11/19)。今年3度目,電話会談は4回,書簡の交換は何度も。両国間には密接な意見の交換と調整が日常化している。1~7月のアメリカによる対中輸出は35%増加し,また12月には両国の戦略的経済対話が開始される。このことに両国首脳は満足を表明している。
前回にひきつづき社会主義の思想と体制の歴史について。①市場の存在は資本主義の固有の特徴ではない,②日本で貨幣が本格的に必要になったのは室町時代,③社会主義は資本主義を批判するユートピアとして誕生,④資本主義の内部に社会主義への移行の必然性があるとしたのはマルクス,⑤レーニンがはじめて体制としての社会主義の建設に挑戦し,統制経済から市場を活用した社会主義経済づくりの道へとたどりつく。
⑥レーニン死後権力闘争に勝ち残ったスターリンは,1930年代には強制的な農業の集団化を行い,これへの反抗者を強制収容所へ送り,彼らを奴隷的な囚人労働力として急速な工業建設の土台とした。これがソ連の急速な工業化の秘密でもある。戦後日本の兵士のソ連抑留も同様の囚人労働。
⑦対外的にはコミンテルン,コミンフォルム,ワルシャワ条約機構を使い,ソ連いいなり型の共産党と政府をつくっていく。1957年のハンガリー,68年のチェコスロバキアへの侵入はこれを表立っての力で強制したもの。金と力がその手段で,イタリア,フランスなど西側の有力共産党にも長年に資金が渡されつづけた。「社会主義」の看板をかかげつつも,内的には命令・統制の政治経済,対外的には覇権主義を特徴とする社会となった。東欧諸国の政治構造も基本的に同じ。
⑧89年にベルリンの壁,91年にはソ連が崩壊する。自称「社会主義」政権の崩壊で,ブレジンスキー『共産主義の終焉』に代表される,社会主義崩壊論・資本主義万歳論が横行した。ただし実態としてのソ連社会とマルクス主義の思想との関係を問う作業はほとんど行われず,以後「ソ連崩壊」を理由として社会主義思想を古いとする短絡的な主張もつづいた。
⑨今日,中国・ベトナム・キューバが社会主義を目指す政権として存在する。中国は78年の「改革・開放」から,ベトナムは86年のドイモイから,それぞれ市場経済の活用の道をたどる。民間経営を承認し,外資の導入にも道をひらく。そのもとで今日の高度成長がつづいている。キューバは市場活用の道は通らず,中南米諸国との経済交流によってソ連崩壊とアメリカ等の経済封鎖を乗り越えている。中国・ベトナムはレーニンの道を研究しているが,一度統制経済に入ったのちにあらためて市場を導入するというのは,レーニンの予想を越える事例である。
⑩中国については資本の原理が社会や政治の全体を貫く中心となっていない点で資本主義とはいえない。他方,資本主義を乗り越える社会に遠く及ばぬ側面をもつ点で社会主義ともいえない。かつてのソ連のような統制・覇権主義の国ともいえない。テキストはこれを原始的資本主義から成熟した資本主義への過程というが,少なくとも今日の政治経済路線の根本的な転換がなければ,資本の論理につらぬかれた社会体制にはなりそうもない。部分をもって全体とする安易な規程は避けるべきであり,様々な方向への可能性をはらむからこそ,「社会主義をめざす」とする政治指導者の方向性を重視すべき。
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