8月26日は、8時ちょうどの起床であった。
6時、7時に目が覚める、
「残念ながら」の睡眠であった。
ノロノロと動き、9時すぎには外に出る。
JR「加島」から「尼崎」へ、「新大阪」へ、「東京」へ。
車中「予習の人」となっての移動である。
1時前には、目的の日本教育会館に到着となる。
先日、文科省の審査をうけにやってきたのと
まったく同じ会場である。
審査は、ちっとも楽しくなかったが、
結局、申請事業はパスしたので、
印象が悪いわけではないらしい。
第53回日本母親大会主催のみなさんと、あいさつをかわし、
控室で、ただちに弁当をいただいていく。
そして、ただちに書類にサインをし、
ただちに書籍サインセールの席につき、
ただちに、サインを開始していく。
20分ほど書いて、
「むむ、そろそろ時間ではないのか」と思ったところで、
「さあ、舞台袖へ」とお迎えがある。
時間の無駄なく、こちらは、右へ、左へ、
誘導されるがままの人生である。
見事なプロの演奏を聞かせていただき、
ようやくここでホッと一息。
奏者の息づかいが聞こえるほどの距離である。
人間の姿が見える、生の演奏は、とても気持ちのいいものである。
2時20分から、90分間の講演となる。
テーマは「安倍内閣が描く『美しい日本』と女性」であった。
じつは、「美しい日本」は、
日本会議・安倍晋三流の「美しい国」の書き間違いであった。
しかし、その後、男女共同参画社会基本法の廃棄をめざす、
「美しい日本をつくる会」(靖国派)の存在を知り、
見事、結果オーライとなったものである。
3時50分を、少しまわったところで、講演終了。
随所に笑いもとり、
関西人講師としての役割は、十分に果たせたようである。
4ケ所で同時に行われている問題別集会の
ここは「女性の権利・労働」の会場であった。
900人近くの参加があったようで、
4ケ所合計だと、これが5000人以上であったらしい。
全国の女性たちの、恐ろしいほどのパワーである。
ただちに、サインセールの席に連れ戻されて、
6種類ほど販売していただい我が本たちに、
30分間、サインをしっぱなし。
「京都です、秋田です、愛媛です、兵庫です、大阪です、岡山です……」。
それぞれ、どこかですれちがってきたみなさんに、
声をかけていただきながら、書いていく。
「フウ~」と大きなため息をついて、
4時30分には、会場を出る。
『「慰安婦」と心はひとつ 女子大生はたたかう』でお世話になった、
かもがわ出版のM竹さんに、
「一番近い」地下鉄の駅まで送っていただく。、
「もう今日のブログが見えてきますね」
「東京でこきつかわれたと」。
「問題は、それを今夜、書く力が残っているかどうかですね」。
5時すぎには「東京」を出て、「新大阪」へ、「尼崎」へ、「加島」へ、
車中「ウトウトおよび戦後右翼の人」となっての移動となる。
8時すぎには家にもどり、
風呂あがりの新参と少し遊び、パクパク夕食をとっていく。
結局、ビール1缶でバッタリと倒れ、
ブログを書く力の回復には、
3時間もの深い睡眠が必要であった。
さて、いまはこうして書いているが、
このあと、再びうまく眠れるだろうか。
そして、明日の新参の健康状態はいかに。
怒濤の週末のとりあえずの終了である。
コメント